第2話
……この店は白だな。
先程の店員が置いていったメニューにある物は本当に一般的な物ばかり。確かに、この店の個性なのかオリジナルと思われるメニューもある物の、何かしらの隠語があるという訳ではなさそうだ。
向かい側に座っているノアは相変わらず楽しそうにメニューを眺めており、少しでも油断すると直ぐに彼らが暗務局の人間とはまるで思えない。
「……ここの店員と顔見知りだったみたいだな。」
「はいっ! 実は、俺が幼少期からよく通ってるお店なんですよ。店長さんとかともよく喋るんですけど、兄がその……機動隊でお仕事させていただいてるので、時々ここで情報収集を。」
「情報収集。」
「ここ、3階から上は夜になるとバーになるんです。それで、そこのマスターとこのパスタ屋さんの店長が同一人物で、時々色んなお客さんから話を聞いては兄に情報を流してくれたりするんですよ。因みに、さっきの店員さんは店長さんの娘さんですよ。」
ここの情報が何処まで使えるかによってはノアの兄が何処まで優秀なのか、そしてどらぐらいの地位の人間なのかも決まってくるだろう。とはいえ、生憎と今のイリス達に寄り道をしている余裕はない。
試してみるか。
「アルヴェルト。お前の設定だが、私が何処ぞの街からやってきた探偵という体はどれほど自然だ?」
「十分通用すると思います。やってみます?」
「あぁ。」
「すみませ~ん! 注文お願いしま~す!」
「はぁ~い! どれにされますか?」
「俺、これで! ヴェルカーさんはどうします?」
「……これで。」
「はい、承りました! ご注文は以上ですか?」
「あ、そうだ。実はこの人、兄さんの仕事関係の人でもあって、ちょっと兄さんが担当してる案件が難航し始めたからわざわざ来てもらったんですよ。どんな些細な事でも良いんで、最近の良い感じの噂……あったりしません?」
「噂、かぁ……。」
「実は……国家反逆に該当するかもしれない案件とは聞いているんですが、忙しいみたいで直接お話を聞けなくて。幸い、彼の弟さんが代わりに付き合ってくれる事になりましてね。街案内がてら、色々聞いて回っていまして。」
「成程、そういう事だったですね! だったら……あ、こういうのはどうです? まだ噂段階ではあるんですけど、最近変なお医者さんが目撃されるようになったんですよ。」
「変なお医者さん?」
「なんでも、“新しい貴方になりませんか”って聞いてくるんですって。確か……帝都の西側、だったかな。あの辺りでよく人攫いも起きてるみたいで、関係があるんじゃないか~って思ってる人も多いみたいですよ?」
これもあまり外に出ない弊害か、それともこのノアという男が想定していた数倍以上に優秀なのか。本日は何かと驚きも多ければ収穫もかなり良い。そうなってくると、必然的にノアの兄とやらもさぞ優秀な事だろう。
更に面白い事に、主任室でアルドリックがわざと見易いように机に拡げていたであろう資料の中には帝都西部にて複数件誘拐が発生している事。違法種族転化による失敗作だと予想される死体が複数体確認された事も記載されていた。
確か、あの資料の中には容疑者として挙げられているリストの中に貴族や科学者、医者なども複数名記載されていた。決して無関係ではないだろう。
良い釣り場が見つかったな、これは。
「成程……。ありがとう、参考になりそうだ。早速調べてみる事にするよ。」
「どう致しまして! では少々お待ちください!」
「……使えそうですか?」
「かなり。目的地変更だ、食事が終わり次第帝都西部へ」
ぴぴ。ぴぴ。
「……。」
「どうぞ、俺が誤魔化しときます。」
「……いや、良い。」
これだけ騒がしければ大丈夫だろう。
「はい。」
≪お疲れ、イリス。≫
「ヨハンか、お疲れ。」
≪聞いたぜ、何かま~たやばいの押し付けられたって。≫
「随伴者もな。」
≪え……え!? あのイリスに随伴者!? それも、特務官以外で!?≫
「あぁ。」
相変わらず耳が早いのか遅いのか分からないヨハンだが、もうイリスがそれなりに重い内容の任務で私室を空けている事は広まっているらしい。もしかするとアルドリックが平然と広めた可能性も捨てきれない。
しかし、これは良いチャンスだ。日頃から何処で見て、何処で察しているのかは知らないがふとした拍子にヨハンから連絡が来る時は、大抵あると助かると思い始めている頃が多い。
お前なら頑張ってくれるだろう?
「ヨハン、少し調べてもらいたい物がある。」
≪え、良いけど……イリスから言ってくるなんて随分珍しいな。そんなにやばい山なのか?≫
「いいや、これはただの興味だ。」
≪お前のそういうよく分かんねぇ興味が一番やべぇんだけど……まぁ良いや。うん、何。何調べりゃ良い?≫
普段であれば周りを気にせず口頭で伝える所ではあるが、今回は傍にノアが居る。幸いにも周りの喧騒のお陰で一般人に聞き取られるような事はないだろうが、先程からノアの到底一般人とは思えないような逸脱した技量や能力は警戒に足ると判断した。
念には念をと机の下で死角になるように特務官全員に配られているヨハン特製の特殊なスマホを取り出し、個人チャットに幾つか入力していく。殆どメモ書きのような箇条書きだが、ヨハンなら分かるだろう。
≪……そいつか。その傍に居る変な奴、敏感なんだな?≫
「それなりに。それで、頼めるか。」
≪余裕。あぁでも、1個だけ今答えられるかもしんねぇのがあるわ。≫
「と言うと?」
≪そこの変な奴の兄貴、アルヴェルトって確か機動隊の隊長も同じアルヴェルトだ。まぁ~……機動隊に他にもアルヴェルトが居るかもしんねぇからまだ断言は出来ねぇけど、結構可能性は高いと思うぞ。≫
機動隊隊長の兄に、暗務局の弟。これまた随分と異色の兄弟がこの世に居たらしい。それでいうと特務局内にも似たような境遇の者は居るが、裏を返せば2組目でもある。
「裏取りも含めて頼む。」
≪りょーかい、任せとけ。≫
律儀な事に、ノアは大人しくイリスがヨハンとの通信を追えるまでしっかり時間を稼いでいたらしい。イリスが通信を終えたのを確認するなり、ぱっと手を挙げればついさっきまで応対してくれていた女性店員が料理を運んできて、いつの間にか追加注文していたらしいアイスコーヒーの類まで着いてくる。
本当に、何処までもよく見ている男だ。
「……随分と融通の利く店だな。」
「実はここの店長さん、元帝国軍の中将さんだったんですよ。実際、夜は店員さんみ~んな軍人の仮装をして接客してくれるんですよ?」
どうやら釣り場も普通の釣り場ではなかったようだ。




