第12話
「……随分と信頼されているようだ。」
「どう……ですかね。イリス先輩はあんまり、人を信じるっていう感性はかなり薄いと思います。その一方で、他者に対する評価は恐ろしい程に的を射ているので外さないんじゃないかと。」
「大した観察眼だ。さて……そうだね。まずは深く、感謝を。君は俺が少しイリスの傍を離れる間、戦闘を前提とした警戒をしていたね。俺としても、まさかイリスがあの場に残るとは思っていなかったけれど……それでも、君はちゃんとイリスを護る側の人間のようだ。」
「当然です。……俺にとって、イリス先輩は憧れなので。」
「憧れ……ね。」
ノアの勘が正しければ、恐らくはヴィルヘルムはノアを勘違いしている。そして、イリスがノアをどう見ているのかも、ノアがイリスをどう見ているのかも、全てがズレている。
かと言って、それを素直に言語化してしまった暁にはこれまでヴィルヘルムが大人として、先輩として、貴族として……そして。……敢えて、押し黙っていた物に一気に火が点いてその手はノアの身体能力よりも遥かによく回る。
それだけは避けて……言葉を選んで伝えれば、きっと。
「……もう1つ、感謝を。俺は君とずっと話したかったんだ、朝会ったあの時からね。」
「光栄です。」
「謙遜しないでくれ、俺の立つ瀬がないだろう。」
「いえ、むしろ……足りないくらいかと。」
「……そう。ではアルヴェルト君、少し話を。」
「はい、お願いします。」
「――君は、パズルは好きかい?」
「パズル……ですか。好きとも……嫌いとも。ただ、時と場合や状況……そして、形状によっては好きかもしれません。」
「結構。」
「ローゼン卿はパズル……お好きですか?」
「俺はパズルが嫌いだ。」
「お嫌いですか。」
「あぁ、酷く。とてつもなく。君が特務局を、俺達を見てどれだけその本質が見えているのか知らないが……整ったパーツは世界を知らなさ過ぎて面白くない。」
「……。」
「特務局のように、皆が歪だからこそ描けるキャンパスの方がより芸術性を感じる。自分にしか描けない世界を、自分にしか出せない色を、自分だけが知る価値観で走らせる筆は何物にも代えがたく、何者にも描かれるまで予想も予測も出来ない未知の塊。あの美学は、万人に見世物などで終わって良いような安価でも平凡でもない。……だから普通であろうとする君が、俺は歪に見える。」
「……。」
「――……ねぇ、君は本当にイリスが選ぶ程に歪なピースなのかい? それとも、イリスという素晴らしくも美しい完成された芸術家にナイフを突き立てるような愚者なのかい? ……俺は君の事が、君の事を少しでも知りたくてたまらないんだ。」
やはり、やっぱりヴィルヘルムはノアを誤解している。最初は何となくだったそれが、今のヴィルヘルムの態度で答えを描き出している。
こちらを値踏みするような、明らかに下に見ているような、でも確かに敵対視している紅色の獲物を捉える目。その鋭さと胸の内をご自身で抉り出している影響か、多少ほくそ笑んでこのままノアをどう料理しようか、と言わんばかりのそのシニカルな表情が。
……ローゼン卿。やっぱり貴方は俺達を誤認してます。
「……。」
「そんな彼女を、俺にとって妹分以上の価値のある彼女を手に掛けるつもりなら骨すら残らないと思うんだね、小僧。――その首に組み付いてミイラにしてやるのが楽しみだ。」
「それであれば問題ありません、ローゼン卿。……俺はイリス先輩の為に命を懸けられる人間です。貴方と同様に、又はそれ以上にイリス先輩を少しでも傷付ける存在は一切の迷いもなく皆殺しにします。幸い、俺も皇帝陛下より特務官としての特権を賜った身。今、俺が持ちうる全てを刃にも盾にも換えてイリス先輩に手を出さんとする屑を血祭りに挙げてご覧に入れます。」
これは、決して比喩じゃない。ノアにとって、イリスとはそれぐらいの存在だ。ノアは本当に何者かがイリスを害そうとする存在が居るのであれば、家族を護る時と同様にその身を戦場に投げるだろう。
可能な限り、イリス先輩との約束を……。イリス先輩とバディを組んで数日以内には死にませんけどね。
「……へぇ、これは驚いた。俺の本音を聞いてここまで噛み付いてくる奴は初めてだ。…………良い、実に良い。少し気が変わった、君の事は警戒対象から観察対象へ切り替えよう。せいぜい今、君が言い放ったその言葉に見限られないように努力する事だね。俺は見ているよ。……いつ、何処からでも、常に君を。その息遣いも、心臓の脈動すらも……全てを。」
「望む所です。改めて宜しくお願いします、ローゼン卿。」
「名前で呼ぶ事を許そう、ノア。少し、イリスが君を選んだ理由が掴めた気がする。……改めて、仲良くしようじゃないか。同じ特務官だろう?」
「はい、ヴィルヘルム先輩。……その狂った期待、しっかり正しく裏切ってやるんで。」
「素晴らしい。特務官である以上、狂気には狂気で牙を剥いてくれなければ俺の矜持に反するのでね。……せいぜいよく囀ってのたうち回って死に物狂いに踊り狂ってくれ。俺が少しでも愉しめるように。」
やっぱり、あの誤認は指摘しといた方が良いかなぁ……。でもなぁ……うーん……。




