第7話
「おい、こら。そろそろ起きろ、紅目組。いつまで経っても朝食に出来ねぇだろうが。」
「…………んん。」
「……もう、ちょっと……。」
「……壁にぶん投げてやろうか、てめぇら。」
「ヴィル~? そこの弟妹分、起こしたいからお兄さんしてくれなぁ~い?」
「…………ん”……?」
「お~き~てってば。シュタール主任に起こされるのと私達に起こされるの、どっちがいーの?」
どんよりと、ゆったりと重さを抱えたままヴィルヘルムの左瞼だけがそっと持ち上がる。そこから覗く赤い瞳はイリスの紅色の瞳よりも、ヨハンの赤目よりも遥かに深く濃く、そのまま何か狂気的な物が溢れ出しそうな毒々しさを持っている。
それでも、未だ睡魔に強く意識を引かれた様子のヴィルヘルムはスタイルを崩さず、体勢を崩さないまま、イルメリナの言葉を聞き届けて……動く。
「……どれぐらい?」
「大体20分程やな。そろそろシュタール卿が顔を出してきてもおかしゅうない。」
「……起きよう。……ほら。イリス、ヨハン。起きてくれ。こんな事でアルドリックに怒られたくはないだろう?」
「…………や。」
「……うぅん…………。」
その見た目と風格に対し、意外にも効率厨らしい。徐にイリスの額に、ヨハンの右肩にヴィルヘルムの手が伸びて……バチッ、と黒い雷が掌から小さく弾ける。ぱっと見る限りでは静電気程度のそれだが……2人を起こすのには十分だったようだ。
イリスもヨハンも電流を流されたようにびくっ、と少し震えた後、気だるそうに身を起こす。その様子は少なくともイリスの私室で見たような寝惚け具合はなく、一般的な健常者が起きた時のそれと全く相違ない。
「……ヴィル、酷い。」
「いってぇ……。神経に直接電流流す事ねぇだろ、ヴィルヘルム。」
「君達が起きてくれないと俺はいつまで経っても動けないからさ。あまり悠長にされては困るんだよ。」
「お前も寝てた癖に……。」
「……他にもやりよう、あったと思う。」
「これが一番はや……? ……君は? 初めて見る顔のようだが。」
「は、はいっ! 先日特務官になりました、ノア・アルヴェルトと申します!」
「ノア・アルヴェルト……?」
「……ほら、イリスが気に入ったって言う新人だよ。」
「あぁ、君が。俺はヴィルヘルム・ローゼン。どちらかと言えば……そうだな。性格的にも、研究分野的にもイリスと似る所は多いかな。君と直接関わる事が何度あるかは分からないけれど、まぁその機会があれば良い感じに頼むよ。」
「はい、宜しくお願いします!」
警戒心か、それともまるで興味がないのか。一見柔らかに見える微笑みも、余裕があるように見えて若干のアウェイな口ぶりがしかと主張するヴィルヘルムは……あまり、ノアの事をよく思っていないらしい。
だからと言って波風を立てるようなつもりもないらしく、ノアよりも先に手を差し出して握手を求める様は一見すると社交的には見える。……その瞳は、決して笑っていないけれど。
警戒……いや、値踏み? けど、急に皆さんの輪に俺が土足で踏み込んでるような物だし……体裁だけでも合わせてくださるだけありがたい、か。
結局、イリスの時と同じだ。むしろ、ノア的には最初から友好的である方が相手の考えが読みにくく、腹の底に飼っている本音を読み違え易いので返って此方の方が都合が良い。……これが、何処までヴィルヘルムの掌の上なのかさえ分かれば。
少なくとも値踏みをしてくれるだけ、良い。まだヴィルヘルムにとってノアは味方未満、他人以上。完全に興味を失わず、まだ経過観察をしてくれるだけ事態は遥かに良い。
この人の前ではうっかり飾らないようにしないと。多分、嘘被ると剥がす為に抉りに来るタイプだ。
「……ヨハン。ヨハン・リヒター。…………俺、あんまりお前の事好きじゃないから。」
「え。」
「おいおい、初めからそれはようないやろう。」
「そうよ、ヨハンの方が先輩なんだからそういう事言わないの。ど~せイリス絡みでしょ?」
「私……?」
「そうだよっ!! 悪いか!!」
「「「「悪い。」」」」
「…………全会一致で責めなくても良いじゃん。」
「俺は何も言ってないけどね。」
「……うん。私も……別に。」
「……? ねぇ、トウマ。イリスって何で自分の事なのに無関心なの?」
「イリス嬢はそういう性格なんや。エリクスもそろそろ慣れい。」
「だって難しいんだもん、人型知的生命体の思考回路と感情の個体差って。個性……だっけ。個体差激し過ぎて比較が難しいんだよね~……。データ収集もあんまり上手くいかないし。」
「まずはその何もかもをデータにする所から辞めるべきだと思うけどね~……私は。」
「もっと難しぃよぅ……。」
「悪いな、ノア。色々と急なのもあって、ヨハンにはまだ心の準備が出来てなかったらしい。」
「い、いえ、乱入してるのはこっちですから。気にしないでください。」
「……。」
やっぱりヴィルヘルム、観察してきてるんだよなぁ……。
「……ねぇ、ヴィル。」
「ん? なぁに、イリス。」
「今日、ヴィルのお祖母ちゃんのお店、行きたい。ノアにあの街、教えときたいから。」
「彼を……? ……まぁ、イリスの頼みなら。丁度俺も買い出しに行く予定だったし、ついででね。」
「ん、ついで。」
……イリス先輩とは仲良いんだ。




