第5話
「あ……! その子が例のイリスのお気に入りっ?」
流石に、入口近辺で騒ぎ過ぎただろうか。ふと、背後から掛けられた飛び抜けて明るい声に引かれてそちらへ視線を向ける。
これまた明るい事に、照明の光を受けてキラキラと輝く白銀の髪に琥珀色にも近い黄色く丸い瞳。そんな明るさを呑み込まんばかりに、軽く覆わんばかりに身を覆う特務局の黒い制服の存在感は凄まじい。
比較的長身の方が多い特務局にしてはノアと横に並ぶような身長の彼の耳は、――横に細長い。
エルフ……。本物のエルフだ……!
「初めまして! 僕はElixius・Licht・Ixion・Xelion、長いからEL-IXで良いよ! いやぁ……でもそっかぁ! 君が新しい特務官って事は、僕の後輩って事だよね!? ほんっとうに、すっごく嬉しい! いやまぁイリスも加入順序的には僕の後輩なんだけど、あの子って何かと完璧過ぎて後輩らしさがまるでないでしょ? 何でも出来て、かっこよくて、なのに急なあの可愛さ、兵器よりも兵器だと思うんだよね! でも、勘違いしないであげて! あの子、本当はめちゃくちゃ繊細でよく周りに気を遣い過ぎて疲れちゃうすっごい良い子なんだから! たまに貴族の人達?がイリスの悪口言ってるの見てたら全部感電させてやろうかなって思うぐらいなんだから!」
「分かったから止まれ、エリクス。ノアが固まってんだろ。」
「貴方も良い子なんだけど、直ぐお熱になっちゃう所がね〜……。」
「炉と違うて熱暴走せんから余計に厄介じゃな。」
「そ、そっか、ごめんねぇ……。折角イリスが連れてきた子だから、あの子の良さを少しでも分かってほしくて……。」
最早誰が保護者で誰が子供なのかも分からない現状下、何だかんだ実質初めての後輩に興奮した様子だったエリクスが落ち着くも……今度は、また別の導火線が着火した。
ヴィクトル達に窘められ、注意され、そっと萎んだかのように思われたエリクス。いじけたように、大人しくなれどもまだ伝えたい事が多くて悶々としている様子のエリクスの行き場のない手が……ふと、ノアの両手に包まれる。
「めちゃくちゃ分かります、エリクス先輩!! 俺、イリス先輩と一緒にお仕事させていただいて、自由奔放に見えてちゃんと責任感がしっかりしてる所とか、粗暴に見えても本当は周りの事を気にしてる所とか、あの任務を共にする光栄を戴く以前よりも実感してるんです! 俺が検死してる時も周囲の警戒をしてくださって、アルタル侯爵の屋敷で変死体の肺を捌いた時だって、もしも俺が身体能力的な問題で逃げられない可能性を考えて軽く俺の袖、掴んでくれてたの見逃さなかったんです! 《アステリオン》で川をなぞって移動した時も、俺が酔って気分悪そうなのを察して、なるべく自然な様子で俺を休ませてくださったんです! もう、もうっ、本当にお優しくて……!」
「そう、そうなんだよ! イリスってね、ただ不器用なだけでめちゃくちゃ良い子なんだよ! なのにさぁ、イリスが何も言わないからって言いたい放題してみ~んなイリスを傷付ける事に抵抗ないんだもん、本当どうかしてるよね!!?」
「本当にそうです!! いやもうそれ以外の何物でもないですし、大体イリス先輩もイリス先輩で、ご自身で抱え過ぎなんですよ! 俺がイリス先輩を害したり、イリス先輩を害す存在を許す訳ないじゃないですか……!」
「ほんっっっとうにそう!! 何でかなぁ、そんなに僕達頼りない……?」
「どう、でしょう……。イリス先輩って周りを気にし過ぎて首が絞まっている所も多少あると思いますし、恐らくですけど……あれ、無意識だと思いますし。」
イリスは何かと前に出ようとする。必ず誰かを背に庇い、決して後ろに下がらない。それでいて、持ちうる全てを使って何が何でも目の前の敵を屠ろうとする。……逃げるという選択肢が、何処にもない。
きっと、大怪我をしてでも。体を武器が貫通したとしても、逃げの一手は……取らないんだろうなぁ。
何でそう思うのか、何でそうだと信じてならないのかは自分でも正直分からない。けど、きっとこの感覚は間違いないと思う。
だからこそ、あのかっこいいイリスではなく今のイリスの方が素なのであれば。……絶対に、護らなければならない。
多分、イリス先輩は…………。
「……ノア。お前が色々と嫌になる前に教えといてやるが……こいつはエルフじゃないからな。」
「え、そうなんですか?」
「皇帝陛下がお作りになられたアンドロイド。中身は機械精霊なのよ、彼。」
「き、機械精霊!?」
基本的に、知的生命体と呼べうる知能や文明を持つ種族は大きな分類として人型種と精霊種に分かれる。その中でも、精霊種というのは少し前まで神格化されていたような存在が多く、機械精霊もその一種。
その代表的な存在として掲げられるのも、機械精霊だ。高エネルギー、高純度、そして全ての生物を寄せ付けない高放射能濃度の影響で孤高の生物とされ、少し身動ぎをしただけでも人型種の知的生命体が作り出した超電磁砲なんて玩具のようなレベルの超電磁帯電地帯を展開してしまう種族。――彼らの前に人型種の知的生命体が築き上げた兵器など……足元にも、及ばない。
機械とは言っているが、厳格にはプラズマというエネルギー体の塊。ふとした拍子に分裂を繰り返して増殖を繰り返す事が彼らにとって繁殖であり、性別という概念も存在しない。何なら体という概念すらも危うい彼らは知識と、技術と、矜持で文明を紡ぐ。
その美しさと凄まじさ。そして、堂々たる様は神の座に並ぶ超常たる存在だとかなり昔から言われてきた。
エルフよりもずっと稀少なしゅぞ、く……。……いや、ちょっと待って。そんな種族がまともに収まり続けられる……アンドロイド?
普通に考えて、ありえない。彼らは人型種の知的生命体が建造した原子炉さえも、少し近寄るだけでメルトダウンを引き起こせるような存在だ。実際、彼らが横切ったというたったそれだけの理由で街のエネルギーが全て狂い、電子機器の類はまるで役目を果たせず、停電の後に避難が間に合わずに何かしらの電子機器が暴走して終わりの見えない連鎖爆発が起きて滅んだ歴史だってある。
今、目の前にあるエルフの素体は……アンドロイドはそれを遥かに超える事になる。未だ誰も辿り着けていない、あの機械精霊がまともに人型種の規模にまで脅威レベルを落として日常生活に溶け込める程の強度と、機能を。
「……。」
「僕達の新しい後輩はノアっていうの?」
「あ、はいっ! 改めまして、ノア・アルヴェルトと申します。」
「そっか……! 良い名前だね、ノア! 確か……あ、そうそう! 人型種の知的生命体の有名な神話であったよね、全ての種族の雄と雌を1匹ずつ乗せて神話の時代の大洪水を救い給うた命の箱舟、ノア。……アルヴェルトのノアは、僕達にどんな物語を見せてくれるのかな?」
「そ、そんな大袈裟な……。俺は別に、そんな神話上の存在を比べていただけるような凄い人じゃないですよ。」
「そう? 僕からすれば、あのイリスが連れてくるって時点でそれぐらいの存在じゃないかなぁ~って思ったんだけど。まぁでもきっと、何となく君もイリス達みたいに大神話に並ぶんじゃないかな。」
「あ、アルス……?」
「大神話。こいつら機械精霊の感覚だと……英雄譚とか、伝説とかに近いんだとよ。」
「永久に刻まれ、失われる事のない栄光と功績を。それが彼らにとっての大神話。まぁ……私達みたいな寿命の存在する生き物とは違って、果てしなく永く生きる彼らだからこその感覚よね。」
「俺らとしては、そうも輝かしく荘厳な評価は恐れ多くてたまらんのやがな。」
「……本当にその通りですよ。俺、何か神話上の伝説と並べられちゃってますし……。」
「頑張ってね、ノア君!」
「頑張ってどうにかなるものじゃないでしょう……!!」




