第4話
「じゃあ……まぁ、これぐらいは代わりにやっといてやるか。おい、トウマ! ちょっと来てくれ!」
イリスが完全に天敵であるイルメリナの射程距離に居るのを嫌がってしまい、その代わりを多少務めてくれる事になったらしいヴィクトルが、リビングの端で読書をしている男へと声を掛ける。
先程まで、リビングの入口とリビングの端というかなりの距離でも多少気になる所ではあったが……こちらへ近付くに連れ、見上げなければ、多少身長のあるノアですらもその全貌が視界に収まらない。
イリスやイルメリナとは違って研究よりも戦闘に傾いた人物なのか、その両腰には彼の身長よりも長い野太刀が携えられており、頭の上には控えめな赤い角が黒髪でよく映えている。
瞳の色も帝国では非常に珍しい黒色で、恐らくは他国から流れてきたか。又は、血縁者に極東の方が居るのだろう。アルドリック同様に渋く貫禄を感じさせる見た目にしては、動きは洗練されていて決して、彼のように老骨などという言葉や退役なんて言葉はあまりにも似合わない。
先のイルメリナと同様に、こちらは袴……だったか。和服ではあるが、多少動き易そうなその服装と衰えを感じさせない伸びた背中の力強さはとてつもない。
「どうした、ヴィク坊。なんぞおもろい物でも……あぁ。彼が例の?」
「そ、イリスが連れてきたんだ。」
「私と同じ暗務局の子なんだって!」
「ほう……。あそこの。あぁ、失礼。俺はトウマ。研究畑の他の特務官達とは違うてな、何方かと言えば戦闘に特化した特務官や。生憎……あんま難しい事は分からんでな。まぁしかし、暗務局の出身っちゅー事は君も戦える人やろう。気ぃ向いた時で構わん、たまには相手してくれると寂しくなくて、えぇ。」
「はいっ! ノア・アルヴェルトと申します、これから宜しくお願いします!」
「……………………彼はほんまに暗務局の人間か?」
「俺がアルドリックから共有受けてる分だとそうだな。」
「びっくりする程毒気ないでしょ?」
「……おぅ。」
皆さんにとって、暗務局ってどんなイメージなんだ……?
ノアの元出身部署、帝国暗務局は確かに暗殺機関だ。必要とあらば隠密機動として、反逆者や脱走兵の追跡の後に処分、死体処理まで一貫して行う組織でもあるが、その反面でその異様さが異様だと理解出来るように。又は、その異様な感性が理由で潜入任務などで敵に怪しまれないようにする事を強く求められる。
その水準を高く保つ為に専用の講義や試練なども設けられる程で、そもそもあれをクリアしなければ任務になんて就かせてはもらえない。それぐらい、暗務局の感性調律は徹底している。
「あの……ジルバータール先輩、聞いても良いですか?」
「イルメリナで良いよ。見ての通り、特務局は原則上下関係を容認しない。皆、ある意味家族であり、兄妹であり、そして共に命を預けて戦場を駆け回る事の出来る戦友だからね!」
「誰よりも単騎での戦闘が多い奴がよく言うよ。」
「そうさな。特務局のお嬢様方は我が道が太くいらっしゃる。」
「つーか、まだイリスの方がマシだろ。その点で言えばよぉ。」
「うむ。あの子はよう周りを見ちょる。」
「悪かったわね、殲滅型で……! それで、ノア君。どうしたの?」
の、ノア君……。
「はい。ヴィクトル先輩とトウマ先輩が引っかかってらっしゃった、俺の暗務局らしさのなさって……多分、そんなに血に飢えてないとか。宗教っぽくないとかそういう事だと思うんですけど……。」
「うん、多分そうだと思う。」
「やっぱりよく見てんな。そうだ、イルメリナもそうだが、お前ら雰囲気が一般人過ぎるんだよ。」
「洗練された技を感じちょる。」
「……多分それ、暗務局だと必修科目なんです。そのー……。……周囲に溶け込むとか、一般人として生活していても異色のないように振る舞うのが……。まず、出来ないと1歩も宿舎から出られないので。最初、暗務局に着任してその課題をクリアするまでは強制寮暮らしですから。」
「おい、イルメリナ。お前、前に自分だけが特別とか言ってなかったか。」
「私だってたまには褒めてほしいんだもんっ!!」
「……むしろ、何でそこまでしねぇと褒める所がねぇと思ってんのか聞かせてほしいぐらいなんだが。」
「1つの戦場をたった1人で制圧する事は褒められる事ではないんか……?」
やっぱり、特務局は常識という足枷が悉く崩落しているらしい。




