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『帝国魔導特務録』  作者: 夜櫻 雅織
~アルヴェルト特務官と新人研修~

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第1話

「――い、――ろ、――おい。そろそろ起きろ、イリス。起きろって言ってるだろうが。」

「……?」

「ったく、この眠り姫が。放っておいたら直ぐにこうなりやがる。」

「……ゔぃ、く……?」

「おう。おはよう、イリス。」

「お、おはようございます、イリス先輩。」

「……の、あ。…………おはよう。」

「……ヴィ、ヴィクトル先輩。やっぱり良くないですって。」

「もう起こした。」

「それはそうですけど……!」


 ……?


「…………なに?」

「何じゃねぇ、今日はノアに“黒棺(ブラックボックス)”を案内するって話だっただろうが。……ほら、とりあえずリビング行くぞ。お前が何かしらの理由で食事を抜く度にうるせぇ奴が多いんだよ。」

「……ん。」

「ほら。」


 未だ強い睡魔に包み込まれ、ベッドに布団を埋めるイリスへ口では悪態を吐きながらも非常に面倒見の良いヴィクトルの大きな手が差し出される。まるでダンスにでも誘うようなその手にイリスの手が乗れば、そっとイリスの手を捉えて引っ張られる。

 一般的にはここでこのまま、この腕だけを支えに体を引き起こす人の方が多いだろう。しかし、ヴィクトルに至ってはそれで済まさない。

 腕を引いてイリスの体を引き起こしつつ、ある程度ベッドから浮き上がったら引いている手とは反対側に位置する右肩にも手を添え、自身の懐へ身を委ねさせるようにイリスの体を起こさせる。……体を起こすだけで、少し目眩や本当に少しだけ浅い息切れを起こすイリスに休憩を設けさせるように。


「……ほら、一旦深呼吸しろ。歩き出すのはそれからで良い。」

「……ん。」

「……起立性調節障害。」

「やっぱ分かんのか。」

「それも、体位性頻脈症候群の。」

「……そこまで見ただけで分かる奴は初めてだな。やっぱイリスが連れてきたってからには優秀なんだな。」

「い、いえ。別に俺は……。」

「謙遜すんな、こいつのこれは俺らが気付くまでに。イリス自身も、これが病気だって知るまでに半年かかったんだよ。……ったく、特務官になる前はどんな生活してたんだか。」

「…………症状、かなり重いんですね。」

「……おう。何度も宮廷医師やら友好国の口が堅い医者とかを連れてきて診せはしたんだが、元々イリスが暗殺者なのもあって薬物耐性が高くてな。薬物療法も効かねぇし、そもそも起立性調節障害ってのはまだ絶対的な治療法ってのが確立されてないらしい。」

「はい。……如何せん、まだ心臓や脳、神経、精神に関する医学の進歩は何処の国も発展途上です。それなのに患者は膨れ上がりますから……とりあえず、今出来る事。分かっている事。これまでの研究や事例で少なくとも効果のあった物を治療法と呼んでるだけです。」

「そうだ。普段は底抜けの強さと余裕を見せる癖に、日常生活では色々と補助が必要なレベルでボロボロなんだよ、こいつは。だからこそやたらバディを就けようとしたり、ヨハンが気持ち悪いぐらい気にしてんだよ。……特務官(俺ら)の中で一番臆病な癖にな。」

「……。」

「…………ん。」

「……無理っぽいな。ったく、世話の焼ける……。ノア、扉開けてくれ。」

「つ、連れ出す……んですか?」

「こいつ、食事抜き過ぎて多方面から怒られてんだよ。せめて食ってから寝てもらう。……イリス、大人しくしてろよ。」


 イリスの睡魔は拭えるどころか深くなっているようで、どうやら体を起こしただけで疲れてしまったらしい。ヴィクトルの懐で身を預けつつ、僅かに開いている目もいつ閉じてしまうのかは時間の問題だろう。

 改めて支え直し、イリスの体が持ち上がるも……今は、人の姿をしていない。

 黒煙の中から顔を出したような角は2本その頭の上に鎮座し、体が持ち上げられた事でずるり……と布団の中に隠れていた、赤い筋を黒い鱗の縫い目に沿って刻む混沌か終幕を連れ立って歩いていそうな尾が顔を出す。

 しかし、そのどちらもイリス自身が起きていないのもあってその威厳はかなり薄い。尾に至っては、イリスの身長よりも少し長いがヴィクトルの身長には勝らない、ギリギリ床に触れない程度の高さまで垂れたそれをそっと掬い上げてヴィクトルの肩に掛けてもその長さは雄弁だ。


「ったく、無駄に長い尾しやがって……。何で今日はこっちで寝てるんだよ。」

「……イリス先輩、やっぱり竜人形態と人間形態を自由に切り替えれるんですね。」

「俺も前にこいつから聞いた話でしか知らねぇが、一応制約はあるらしいぞ。何だったか……確か、体内の魔力量が一定以下に下回った場合や眠りが深い時はどうしても人間フォルムを維持出来ないらしい。」

「じゃあ、今回は後者なんですね。……なら、ちょっと安心です。」

「……そうだな。こいつはよく無茶しやがるから。」

「……ヴィクトル先輩。」

「何だ。」

「……俺、イリス先輩との初任務の2日目……朝からだったんですよ。一緒に外でご飯も食べたんですけど……。……俺、イリス先輩に無理させちゃったんでしょうか。」

「……そういや前にヨハンがイリス起こしに行ってやらなきゃとか言ってやがったな、それか。」

「じゃ、じゃあ」

「ノア。これからここで長く過ごす事になるお前に1つ、良い事を教えてやる。」

「は、はいっ。」

「こいつは不要だと断捨離出来る事には何があろうと我を曲げない。……お前との約束を果たす為にこいつが起きる努力をしたんなら、それはこいつにとって自身の体質に鞭を打ってでも完遂したかった価値のある事になる。だからあんま卑下すんな、その方がこいつは怒るぞ。」

「……! ……はい。ありがとうございます、ヴィクトル先輩。」

「別に。俺は俺が言いたい事を言っただけだ、別に何もしてねぇ。」

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