第22話
「……《アイテール》、《エレボス》、ごめんね。折角起きてもらったけど出番ないかもしんない。後で久々にめちゃくちゃ綺麗に整備してあげるね。」
「い、イリスさん。イリスさん? 非戦闘員が黒幕だって分かった途端に仕事スイッチオフらないでください。まだお仕事中です、帰ってきてください!?」
「どうしよっかなぁ~……。流石に弟妹は増やしてあげられないから、《アステリオン》みたいに音声機能システムでも搭載しようかな。《アイテール》は……名前の響きが女の子だから女性の声にしよっか。じゃあ《エレボス》は男性ボイスだね。低い声が多かったから、テノールぐらいにしようかな。もうちょっとサーペントフォルムの時のレパートリーも増やして、生物としても愛でられるように改良しようか。私、蛇好きなんだよね。」
「イリスさんっ!! イリス・ヴォルカ特務官!! 帰ってきてください……!!」
これは、あまりにもナンセンス。不遜と不敬と不条理が過ぎる。何が悲しくて《アステリオン》に《アイテール》、《エレボス》まで引っ張り出してきてさぁ魂が揮える程の戦闘をと思っていたのに、その先に待つのがまるで戦闘も出来ない少量の知識を頭に詰め込んでるだけの有機物保存ハードなんて誰が思うだろうか。あまりにもくだらな過ぎてなるべく惨たらしく殺したい。
それなのに、ちょっと《アステリオン》で鋼鉄扉をぶっ飛ばしただけで腰を抜かし、座り込んで震えながらこっちに拳銃を向けてくる馬鹿なんてあっけなさ過ぎて頭痛すら感じる。この痴れ者め。
あぁやだ、やだやだやだやだ……! こんな面白くない展開、こんなつまんない幕引き大っ嫌い!
「……。」
「……い、イリスさん?」
「……アルヴェルト、後は一任する。私は帰る。」
「だ、駄目駄目、絶対駄目ですっ!! イリスさんが居ないとそもそも俺、捜査権ないです!! この任務、特務官が1名以上就かないとそもそも捜査すらしちゃ駄目なんですってば!!」
「……あ、リックー? 全部めんどくさくなったからあいつに任せていーい? うん、分かった~。じゃあ任せて今から帰るね~?」
「ここ、魔力水の水槽の中だから外と連絡取れないって言ってましたよね!? 俺、ちゃんと憶えてますからね!!? 後、あの人の性格的に絶対許可しませんよね!!?」
クソが、これだから頭の回転が良い奴は。
「…………あれが黒幕で良いんだよな。」
「は、はい。……恐らくは。」
「く、来るなっ……!!」
「……お前の中で見ると来るは同じな訳? そんなんだから負けが込むんだよ。言葉の意味ぐらい辞書で引いてから使え、低能が。」
件の黒幕はあまりのつまらなさにイリスが大幅に壊れたとしても、それで恐怖が緩和されないぐらいにイリス達を恐れているらしい。その程度なら、初めから何もしなければ良い物を。
それでも何かしらの矜持があるのか、それとも意地か。無様にも地面に座り込み、壁を背にし、当たりっこない震えて照準の合わない銃口をイリスに向けている。両手を添えていても震える銃なんて、しかもただの拳銃なんてイリスの前では玩具にすらなり得ない。
一応、見てくれだけは研究者のその男だがその手に握られている拳銃は……恐らく護身用だろう。最早まるでやる気のないイリスは床にしゃがみこんだまま、街中で時々見る事も……なくはないような、黒幕に背中を向けながらも後ろを振り返るような態度の悪さだ。
時間経過と共に段々と怒りが蓄積していっているようで、次第にガンッ、ガンッ、とイリスの左手に握られた《エレボス》の銃床が床を叩いている。流石のノアも段々と表情が引き攣り、困り果てて言葉を紡げない状況が出来上がってしまっている。
「私はあのアルヴァリウス・セラフィス・アウレリウスの種族転化技術を再現したんだ!!」
「……はっ。再現。再現? おかしいなぁ、私がこいつと一緒に帝都西部で見た死体はつぎはぎ死体。川にあった死体も、ここの廊下で会った死体も、ぜ~んぶ偽物。何処にも種族転化の傾向なんて……あぁ、心臓が黒く変色して若干歪になった程度か? 私は定期的に強制されてる精密な定期診断の際に自分の心臓が映し出されたレントゲンを見た事ぐらいは何度もあるが、自分の心臓の色は赤いぞ? 血だって赤い。そんなに見たいなら見せてやろうか、血の色ぐらいは見せてやっても構わんぞ。」
「辞めてください。」
「……冗談だよ。後は……あぁ、そうだ。帝都西部で見つけた、路上のあの死体。あいつはよく見たら頭に角が生えてたなぁ。目薬の蓋かと思う程に小さいあれを角と表現するのは角を有する全ての生き物に土下座でもしろって感じだったな。…………なぁ、教えてくれ。自称天才様。私には、お前の技術はそもそも成功すらしていないように見える。模造品ですらない、お前はただ、アルの真似が出来ていると思い込みたいだけで。それに触れられると思っているだけにしか見えない。ほら……言ってみろ。帝国魔導特務局特務官、イリス・ヴォルカ様がお前みたいな身の程知らずの未熟者の為に、数時間後に処刑台で絞首刑になる犯罪者の遺言を聞き届けてやろう。……10秒憶えていれば良い方だがな。」
「っ……!」
はぁ……。
「……何でだろうな? お前みたいな奴らって、こっちが無視してたら聞けとうるさい癖に、こっちが聞いてやると言ったら途端に口を閉じやがる。なぁ……何がしたいんだよ、お前らは。ただお前らよりも遥かに忙しい人間の足を引っ張って、時間を捨てるのが楽しいだけの人間失格なのか? そんなに構われたいのか? ……私には分からん感性だな。人付き合いなんて浅く深くか、全くない方が楽だろう。何で群れようとする? その必要性と重要性を私はまるで理解出来ないし、正直理解しようという気すらも起きやしない。」
「っ……。」
「……………………大体なぁ、どいつもこいつも勘違いしてんだよ。アルヴェルト、お前もだ。」
「お、俺もですか?」
「私は別にアルに選ばれたかった訳でもなければ、あいつに選ばせた訳でもないんだよ。勝手にあいつが私を選んで、勝手に特務局に残ってくれって泣きついてきたんだ。だぁれもあそこに所属させてくれなんて頼んでない。……それでも、あいつは私に残ってくれと言った。何故か分かるかぁ?」
「……イリスさんが、優秀だから?」
「それはあるかもな。で、黒幕さん。あんたの答えは?」
「…………天才、だから。」
「どっちも言ってる事一緒じゃねぇか。あんたは自分の意見もまともに言えないのかよ、人として恥ずかしいな。……はぁ。あいつは、アルは、この国の皇帝様は、……お前のような自分から求められようとするタイプが嫌いなんだよ。だからお前みたいなのがアルに選ばれる事は一生ないし、少なくとも私の知ってる帝国魔導特務局特務官の中に、自らあいつに選ばれに行った傀儡も。特務官にのみ与えられる特権に目が眩んだハリボテも、あそこには居ない。この特権は、特務官に与えられた暴君と呼ぶに等しいまでのそれらは全て、――アルに。この国に興味がないにも関わらず、その配下に留まってくれる者達への迷惑料なんだよ。」
「…………めい、わく……りょう。」
「そう、そうだ。迷惑料だ。別になぁ、私達特務官の大半はここに留まる理由なんてない奴が大半なんだ。ただ……安定して研究出来る場所が、開発出来る場所が、そしてそれが出来るだけの金が手に入るのであれば別に何処でも良い。それでもここに、この国に居てほしいというアルの我儘に付き合わされている特務官へ支払われる迷惑料。……子供でも分かる事だ。何かを手に入れる為には金を払わなければならない。そしてその価値は売る側が決定し、価値のない物に金を払ってまで手に入れようとする異常者なんて存在しない。……それだけの話だ。――だから、お前がアルの目に留まる事は断じてない。」
元々気弱な性格だったのか、それとも現役の特務官にはっきり言われるのが効いたのか。黒幕の震えた両手に握られていた音を立てて床へ、手放される。――その瞬間をイリスは見逃さなかった。
「え、い、イリスさん! 彼はもう」
「要らねぇんだろ、それ。傍に置いとくな。」
敵の意志が消沈したのもあり、ゆったりと。気だるげに起きるように大きく弧を描いて照準が合わせられた《アイテール》が撃ったのは――黒幕が落とした、拳銃。
大口径かつ高出力が可能な《アイテール》の弾が重要な証拠である拳銃は勿論の事、人的証拠である黒幕が傷付かないように。そして何より、自害を防ぐ為にも拳銃の……少し左側に超電磁砲の特性を持つ《アイテール》の電撃が拳銃すれすれに触れ、くるくると激しく回転しながら遥か数m先の壁へ衝突し、沈黙する。
拳銃が犯人の手の中にあるならまだしも、数mも離れればまるで戦闘も出来ない黒幕とイリスの足がそこへ辿り着くまでにどれだけの余裕があるかなど、試すまでもない。
……さて。
「アルヴェルト、その拳銃はお前が回収しておくように。私は帝国軍にコンタクトを取る。」
「こ、コンタクトって……。ここ、連絡が取れないって」
「周辺の魔力水の気配が消えた。多分、あんまりにも通信が取れない私に何かあったと思ってヨハンかエリクス辺りが魔力水のタンクに大穴開けて別の所に流したからもう魔法も使える。」
「……ほんと、皆さんかっこよすぎます。」




