第19話
「それで、検視官以上の実力者君。これをどう見る。」
「もうっ、絶対俺のリアクションで遊んでるじゃないですか……! うぅん……これ、別に種族転化してる訳じゃないですね。普通の、自然の魔物をここに連れてきた……? いやでも、だったら魔物は人間に従属しないはず。それが出来てたら主教様が異端審問教会内にそういう組織を設立しているはずだし……。」
なかなか嫌な想像をする男だ。
以前はヨハンと通信機で話していて聞き逃してしまったイリスだが、ノアは状況把握と解析の為に考えている事がそのまま言葉に出る性格らしい。
つい先程自分で吹き飛ばした非常に隠密性の高いこの化け物の傍に膝を突き、まずは外見観測から始めている。いきなり切り開くのではなく、時に床に手を突いて少し状態を倒し、覗き込むような体勢での確認をしながら物言わぬ骸から慣れた様子で情報を引き出している。
周囲を覆い尽くす、膨大な量の魔力水の影響でヨハンと連絡が取れない今……ノアがこうして息を吸うように死体から引き摺り出してくる情報の重さは計り知れない。
それに、この状況に置いてはヨハンよりもノアの方があまりにも適している。確かに化け物揃いでどいつもこいつもブレーキを敢えて自分で外して置いてきた癖に、よく分からない基準で再構築されたアクセルと同居した新たな制御装置を搭載しているように見える。
それは、それを搭載している人物が何処まで歪んでいて、何処までぶっ飛んでいるかで全く効いてない時と作動している時の差があまりにも広い。
その点、ヨハンは多少イリスに忖度し過ぎる所がある。期待に応えたいばっかりに、期待し過ぎたいが為にその制御装置から当たり前のように足を外す。
助かるけど、分かり易く無理されると……怖い。
他にも、今の特務局には検死を専門として行える特務官が存在しない。主任であるアルドリックも確かに元軍人ではあるが検死以外の方法で情報を取る事に特化し、同じく元軍人のヴィクトルも脳筋に見えて状況証拠からの情報収集に長けてはいるが検死の素質は微塵もない。
情報源がデータでない以上、今は現場型の人間の手が欲しい。……まぁ、ヨハンは連絡が付かなくて発狂してるかもしれないけど。
過去、それが理由でアルドリックに許諾を取らないまま《アステリオン》に跨って「黒棺」を飛び出し、イリスの居る戦場にまで駆け付けてこれまでの引き籠もりやハリボテの強がりのイメージを力強く破壊した。
そもそも、イリスがバイクの操縦方法を覚えたのもヨハンが実際に自らの体に一部のように《アステリオン》の乗り回す様を見て覚えた物。自分は弱いと言いながらも彼の最も恐ろしく凶悪な武器である強制オーバーライドで悉くを制圧した。敵の武器も、ミサイルも、戦車ですらも、電脳的な物。電子的な物で操作出来る全てを強制オーバーライドで配下に下らせ、時にその影響に置く事の出来ない人や銃器由来の全てを強制オーバーライドしたそれらその物を盾としてイリスから全てを退けた。
あれは、本物だった。本物だったんだよ、アルヴェルト。
イリスとノアの求める本物とは、ああいう眩しさだ。時に本気で、時に必死で、死に物狂いで理論でも合理でも感情でもない、貫き通すという強い意思。これまで色々とぐちゃくちゃになっていたり、多方面に散っていた糸が急に明確な法則性と軌道を以て1本のワイヤーのように、その場にある全ての光を乱射しても未だ足らぬようなあの眩しさこそが……本物の、証。
「……お前の暗殺と解剖。そこにあいつと似た眩さを感じるんだがな、私は。」
「イリスさん、やっぱりこいつ……。イリス、さん……? 何で、そんな満足そうな顔で俺の事見てるんです? ……え、それとも死体眺める趣味でもありました? 見易いように……端、寄りましょうか?」
「良い。それで。」
「はい。こいつらですけど、どうやら卵から孵した普通の……って言うのは変、か。ちょっと特殊ですけど1点を除けば極めて平凡な高い隠密能力を有するハイク種っていう魔物ですね。今回俺達が追ってる違法種族転化のような元人間ではなく、元から魔物の存在です。」
「その例外的な1点というのは?」
「こいつら、卵から育てられて調教されてます。」
……?
「……魔物の調教や卵から育てるなんて話は聞いた事ない。」
「俺もないです。」
「……………………訳が分からない。なら、何故その仮説が? いや、口ぶり的には……断定?」
「その理由は簡単で、こいつら野生であれば必ずあるはずの縄張り意識が多分ないです。例えば……この爪。本来であれば、ハイク種は縄張り意識の非常に強い種なので、自分の縄張りの証拠としてあちこちにこの爪で引っ掻き傷を残します。なので、爪に傷がない個体は生後間もない子供にしかありえないです。次に、この首の裏にある刻印見てください。」
「……お前の所属している暗務局……。もっと言うのであれば、異端審問教会が好んで使う洗脳刻印や傀儡刻印と同系統の呪術刻い、ん……。え、これ魔力水のインクで刻印されてる。」
「あ、やっぱり特殊な物だったんですね。因みに……それだとどう、まずいんですか?」
「洗脳返しが出来ない。そもそも魔力だけで構成されてる攻撃は全部効かないし、魔力で行う探知にも一切引っかからない。……それこそ、私の《ノクス》の弾は全部弾かれる。」
「え、絶望的じゃないですか……!」
「……いいや、そうでもない。一応手はある。ただ……まぁ、言わんとしてる事は分かった。」
「でも、イリスさん。呪術……でし、たっけ。そんなので不可能と呼ばれている魔物の洗脳が可能なんですか?」
「洗脳というよりは自我を黙らせる、という表現の方が近い。魔物の本能に働きかけ、この刻印を刻んだ存在をボスとして強制的に認識させるんだ。それが出来れば……少なくとも、襲われないようには出来るし銃で誰かを撃てば、その存在を殺すか自分が死ぬまではそれを襲わせる事も出来る。けど……それ以外の事は出来ない。今回のように、直接我々に弾を撃ってもいないのにこうして襲わせるのはかなり複雑な術式が必要になるから、恐らくこれはもっと詳しい解析をしなければ分からない。……それも、魔力を伴わない解析で。」
「……より難易度が凄いんですけど。この国、特に魔導依存度高いですよね。」
「……まぁ、“黑棺”へ持って帰ればやりようはある。……でも。」
「それは後から来るであろう帝国軍に任せましょう。……俺達はこのまま、ここを探索して黒幕を引き摺り出します。」
「それで良い、行こう。」
「はいっ!」




