第17話
「にしても……敵、出ませんね。ここには何も置いてなかったのか、それともここって実は拠点じゃなかったんですかね。」
「後者はありえない。お前の話でもそうだったが、リックもここに暗渠があるのはおかしいと言った。であるならばここが本拠点でない可能性はあっても、ここが何かしらの拠点や施設である事は間違いない。それでも結果を出せないのであれば、それは我々が間違っているからだ。」
「俺達が、間違ってる……?」
「そもそもだ、ノア。お前の言う敵とは……何。」
「え、それは……やっぱり親玉とか、伏兵とか。」
「考えうるに、どちらもまずありえない。まず、前者に関してはこれだけこそこそと色んな所で計画を立てて行うような奴だ。そう簡単に前には出てこない。次、後者。それもまずありえない。理由は簡単で、今地上は帝国軍が少しずつ輪を収束しながらこの暗渠とほぼ直結してる屋敷を中心に捉えるようにして包囲網を狭めている。そこで伏兵を含んだ兵を動かせば、まだ自分が帝国軍に睨まれていないと思っている貴族は後の事を恐れて危険な手を取ろうとしない。」
「じゃあ……この静けさは何ですか? 別に、俺だってゾンビが出てくるとかは思ってませんけど、違法種族転化で強くなった敵とか……。……………………あれ、静か? ちょっと待ってください、おかしいです。俺達がここに入ってきてから、戦車の音が聴こえてません。装甲車の音も、全く。」
やっぱり気付けるんだなぁ、アルヴェルト。
「ここはまだ地下だ。あの隔壁を見ただろう、ここは犯人が何が何でも隠したい場所であり、同時にここはかなり危険な場所だぞ。」
「違法な研究者が居るからですか?」
「……アルヴェルト。お前、魔力探知能力テストの成績は。」
「……………………ほ、補習常習犯です。」
「はぁ……。」
「ど、どうしても苦手で……。何かその、気配に近いんですけど気配に近過ぎて区別が付けられなくて。」
「……ここは、魔力水で満たされた水槽の中だ。」
魔石と同様に非常に高値の付く魔力水。龍脈という惑星と血管として扱われる事の多いそこから溢れ出す、血のような物。しかしその実態は生物のような赤ではなく、炉心の如く心が空くような美しい蒼色をしている。
主にイリスと同じく特務官であるエリクスによって研究が進められ、今では魔導炉……元は原子炉だった物の冷却水をこの魔力水に置き換え、水冷の術式を組み込ませる事で電気もガスも水道も使わずに炉心や燃料棒を安全に冷やす事が出来る。
この魔力水の凄い所は熱を持たないという特徴と、触れて得た熱を急激に冷やすという性質。そのお陰で炉心融解を起こす事はほぼ100%ないとまでされ、同時に体温を有する生物が触れると物の数分で低体温症となり、場合によってはそのまま凍死するような危険物でもある。
実際、戦場でも自軍の保有する兵器で敵を排除する事が出来ないと判断された場合にはこの魔力水が馬鹿みたいに積載したトラックを戦場のど真ん中に突っ込ませてわざと魔導砲で車体を引っ繰り返し、中身を引っ繰り返して敵を凍らせて殺すなんて使い方もされる。
そんな魔力水の巨大な水槽の中に、この屋敷もどきは存在している。
貴族の屋敷の1階層。それも、公爵ともなればこの帝都北東部の中心部をアスファルトを薄く覆えるぐらいの量はある。それでも、北東部の人口を激減させるには十分過ぎる程の量だ。
「ま、魔力水!!? しかも水槽って、ハルマゲドンでも起こすつもりなんですか!?」
「白い霜と掛けてるのか? なかなか面白いな。」
「面白がってる場合じゃありません!! じゃ、じゃあ、もしかして音が聴こえないのもこの魔力水の所為……? た、確か魔力水には音を吸収する特性もあったような……。」
「あぁ、あるぞ。だから魔力水の中に落ちたらまず助けを呼ぶ声は全て吸われて何処にも行けやしない。そうしてもがいている間に体の芯から凍り付いて死に至る。」
「……すみません、イリスさん。俺、お約束を守れずにここで死ぬかもしれん。」
「私という特務官がこんなにも近くに居るのに随分な挨拶だな、アルヴェルト。この量なら恐るるに足らん。」
「そんな訳ないでしょう……!!」
「分かっているとは思うが……万が一の為、壁や窓は決して撃たないように。」
「撃ちませんっ……!!」
問題は、これだけの魔力水をどうして集める必要があったのか。勿論、こうして物騒な防音材として利用する事も出来るがそれだけの為にこれだけの量を集めるのは……あまりにも出費が嵩み過ぎる。
先程から何度かチャレンジしているヨハンとの通信が失敗しているのも、恐らくこの影響だろう。この通信機も魔力で機能している物、屋敷1階層分を呑み込める程の物なのであればこの水槽の中と外で断絶する事も可能だろう。
だが、それだけか……? それだけで、満足するような物の価値をまるで理解していない犯人なのか?
「……うぅ。…………それで、どうします? これから。隔壁まで戻ります?」
「まさか。幸い、《アステリオン》はこうして連れてきた。やろうと思えばGPS機能で少なくとも特務局には我々の位置を把握する事ぐらいは出来ている。」
「え、そのGPS機能は魔導じゃないんですか?」
「ぅん。もしもの為に、《アステリオン》には魔導ビーコン、赤外線ビーコン、電子デバイス、無線ビーコン、後は……あぁ、そうだ。音波ビーコンも積んである。」
「…………それ、バイクをメインとして象ってるだけの任務補助ツール的な物なんですね。」
「そういう事。……さぁ、行こう。少なくとも我々は気配で、《アステリオン》は赤外線と熱源センサーで敵の気配を探れる。瞬発力と反射能力さえあれば敵の弾なんて当たらん。」
「簡単に言ってくれるよ、この人は……。」




