第16話
「不気味な程に静かですね……。帝国軍も動いてるのに、静かです。」
「……。」
「構造を見るに貴族様のお屋敷だとは思いますけど……西部であれだけ派手に証拠残してたのに、こっちはゴーストタウンみたいです。」
「……。」
「……。」
「……。」
「……すみません。さっきの、ちょっと訂正して良いですか?」
「……?」
「俺、これを……。……俺の実力を才能って呼ばれるの、嫌いなんです。」
イリスの歩調が、止まる。必然的にイリスの傍を浮遊し、少し前に出てしまった《アステリオン》も直ぐにくるりと向きを変え、少し近付いた後にこれまで進行方向だった方角へと向き直る。……傍から見れば、対物魔導砲を解除した影響でどちらが前なのかなんて、そう簡単に分かる物ではないが。
沈黙を貫いていたイリスの振り返った先に待っていたのは、これまでの明るさや真面目さの滲むノアではない。視線を落として、いつの間にか取り出していたらしい暗殺用のナイフが、まるでボールペンで遊ぶように弄ばれている。
「……俺の家、アルヴェルト家は凄い人ばっかりなんです。兄も優秀で……父さんも母さんも、叔父や祖父ですらも。みーんな凄い人ばっかりで、……焦ってたんです。」
「……焦る。」
「……俺も、特別になんなきゃって。あ、い、今は思ってないですからね? まだ……俺が12歳くらい時の、昔の話なんですけど“この家に生まれたからには俺も凄くならなきゃ”って。父さん、昔に皇帝陛下から爵位を下賜していただけるような功績を残した事があるんです。……でも、父さんは貴族になる事を断った。」
「……何故?」
「母さんが平民だったからです。貴族法に因り、貴族は必ず貴族以上の身分としか結婚を許されていません。だから、名誉貴族でも名門貴族でも良いから、必ずお相手が貴族以上の位の人じゃないと駄目なんです。……だから父さんは皇帝陛下に“惚れた方との道を選びたいので、もし皇帝陛下さえ宜しければ平民のまま生きて死ぬ権利を戴けませんか”って言ったそうなんです。」
「……。」
「……その話を聞いて、何か天才になろうとした自分が醜く見えちゃったんです。そういう、何かを得る為に天才になろうとするなんて、とんでもなく失礼な事なんだって。かっこいい人って、凄い人ってそういう事じゃないんだって、…………だから、俺は天才って呼ばれるのも、その言葉も嫌いなんです。」
「……。」
「でも、凄い人は凄いですからね! 俺、イリスさんは勿論ですけど、父さんの事も特務局の事も、凄いと心の底から思ってます! ……でも、ほら。世の中には色んな人が居ますけど、俺……天才っていう、生まれた時から凄い人なんて居ないと思ってるんです。皆、生きていく上で何かがあって、そうならなければならない必要性が出てきたりとか。そうならないとって、必死にならないといけなくなっちゃって凄い人になってたと思ってて。…………そういうのって、天才なんてありきたりな綺麗事じゃなくて、実力者って呼ばれるべきだと思うんです。」
「……実力者。」
「はいっ! だって、天才とか凄いとかって言われるより実力者って言われる方が嬉しくないですか? 経験者とか、そっちの方が実績伴っててかっこいいじゃないですか! そういう言葉で本物にしか使われない言葉ですし、ちょっと凄い事した程度で使われるような天才っていう言葉よりもずっと凄いと思うんです!」
ノアの中で火が点いたようにとめどなく言葉が続く。如何に実力者という言葉が凄くて、如何に経験者という言葉が凄いのか。異端審問教会内部でも天才なんて言葉や神童なんて言葉は使われなくて、本来実力や実績に伴って相応しい階級が与えられると。
それなら特務官という言葉もある意味階級みたいな物で、帝国に10名しか居ない人達しか名乗ってはならないのだからそれこそ本物だと。
「だからその、つ、つまりです! 天才なんて見せかけだけのかっこよさしかない言葉より、限られた人にしか名乗る資格が与えられない実力者っていう言葉の方が本物でかっこいいんです! 天才天才って、天才呼ばわりされてる実力者の皆さんに失礼じゃないですか! まるで何も努力せずにそこに居るみたいな、確かに努力せずにそこに居る人も零じゃないとは思いますけど、その分苦労とかあると思うんです! その苦労を増やしてる俺達側が図に乗って負担増やし過ぎるのって頭おかしいじゃないですか! ……あれ。俺、もしかしてかっこいいしか言ってない……?」
「……ふっ、ははははは!」
「ちょ、笑う事ないじゃないですか! イリスさん!?」
天才なんて見せかけのかっこよさしかない言葉、か。誰よりも辛辣な奴だな。
貴族も、軍人も、何かしらの理由で地位の高い者達は確かにかっこいいのだろう。けれど、その肩書きには必ず務めがある。
普通の、平凡では背負ってない何かが。その点、何の努力をせずともただ世襲するだけで地位を維持出来る事の多い貴族に関しては怪しい所はあるが、それでも本来はそんな事が起きないようにしなければならない立場である事は間違いない。
……あぁ、全く。
「アルヴェルト。その生意気な発言の責任もしっかり果たしてもらおうか。」
「っ……! はい、頑張ります!」




