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『帝国魔導特務録』  作者: 夜櫻 雅織
~ヴォルカ特務官と違法種族転化~

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第13話

「……ヴェルカーさん。」

「もうイリス・ヴォルカで良い。帝国軍を動かした以上、この眼鏡もある方が邪魔だ。その設定は放棄する。」

「では、ヴォルカ特務官殿。」

「……イリスで良い。」

「じゃあイリス特務官。」

「……イリス。」

「じゃあ……イリスさんで。これ以上は譲らないですよ。」

「急に生意気だな……まぁ良い。何。」

「俺が先行します。位置代わってください。」


 ……何を言うかと思ったら。


 ノアの事だ、決して男女がどうこうなどという非合理的な理論ではなく今回の任務に限ってはイリスが上官の為、その上官を護ろうという健気さか。又は元々イリスのファンだというのもあってそういう思考が働いたのだろう。

 しかし、この場ではあまり良い判断ではない。

 基本、特務官は戦闘経験が豊富な者が多く、全く戦闘が出来ない人物はそもそも特務官に選ばれない。それもこれも、多少なりとも自衛が出来なければ直ぐに死んでしまう為、その場合は特務官ではなく帝都研究室と呼ばれる別の機関への在籍を命じられる。

 その点、イリスは特務局主任のアルドリックには及ばずとも特務局内で上から数えた方が早いレベルの強さを誇っている。これは、相手によっては挑発行為と捉えられてしまっても文句の言えない言動となってしまう。


 そんなつもりはないだろうけど。


「……断る。」

「イリスさん。貴方に何かあっては駄目なんです。特務官はアウレリウス帝国皇帝のお気に入りであると同時に、身分としては殆ど皇帝陛下の親族と同じ扱いです。あなた方特務官のような替えの利かない存在とは違って、俺はただの量産が利く暗務局の人間です。元より暗闇に生きて死ぬ人間なんです。そんな人間の盾になんてなっちゃ駄目です。」

「口を慎め。替えの利く命なんぞあってたまるか。」

「そ、れは……。……そう、ですけど。」

「それに、強い者が弱い者の前に出るのは当然の事。」

「それは相手が一般人の場合に限ります。……俺達は軍属です。」

「生憎、特務官は軍隊じゃない。その理論は該当しない。」

「なら、猶更です。イリスさんが俺を護ろうとする必要性がないです。」


 ぴたり、と不意にイリスの足が止まる。必然的にノアの足も止まる事になるが、イリスはその場で振り返ろうとはしない。ただ、その場に立ち止まる。

 確かに、軍隊においては民草を護る為に盾とならなければならない義務が生じる。それは本来貴族に対しても同等であり、言わば高貴なる(アーデル)義務(フェアプフリヒテット)。その責任は、極めて大きい。

 軍人は必ず前に進まなければならない。決して後退する事は許されず、決して何かを盾にしてはならない。

 貴族は必ず民草に尽くさねばならない。決して驕る事は許されず、決して何かに溺れてはならない。

 それと同じように、特務官もまた……逃げてはならない。仮に逃げるのであれば、それは仲間を頼る事。決して、自己判断で任務から外れる事は軍人以上にあってはならない。それが特務官の高貴なる(アーデル)義務(フェアプフリヒテット)


「……確かに私はそれなりに気を許している特務官や、特権の関係から一応は生きておいてもらわねばならないアルに死なれては困る。だから、彼らの事は全力で護るし、背中を預けるし、共に戦う。……だから、あまり民草の事なんてどうでも良く思っている節は認める。」

「……俺は、特務官でも皇帝でもありません。」

「……確かに私は他人に興味なんてない。むしろ、お前みたいに誰彼構わず仲良くして、可愛い猫の皮を被って本物か偽物かも分からない笑顔を振り撒いて生きる奴や外面だけ綺麗にして中身が今にも腐り落ちそうな奴らは殺したくなる程に嫌悪を覚える事がある。」

「俺はそんな人間です。」


 ……。


「……昨晩、アルは何て言った。」

「え……? 皇帝陛下、ですか?」

「…………昨晩、昨日の夕方。……あいつはお前に何て言った? 私の行動に、言動に驚いていただろう。」

「…………最初の夜にパートナーを外すように要求する、と。それでもイリスさんがそうしなくて、驚いてらっしゃいました。」

「そうだ。……あのな、アルヴェルト。もしお前の言うように、そして私の言うように本気で他者の命その物がどうでも良いと言うのであれば、わざわざアルに会う時に“外せ”なんて台詞は必要ないんだ。現場に置いてきたり、誰も周りに居なくなった時に撃ち殺せば良い。人を殺すなんて難しい事じゃない、難しいのは人を殺すという行為にどれだけ感情的な抵抗を覚え、それがブレーキとなって踏みとどまれるのか。それとも踏みとどまれないのかだけで、殺人や殺害自体は誰にとっても難しい物じゃない。それでも、私はそう言うようにしてる。…………それが、何故か想像しろ。」

「……任務上、皇帝陛下やシュタール主任から見殺しにするなと命令されているから……?」

「違う。……目覚めが悪いんだよ。私にとってどうでも良い所で死なれるのは一向に構わん、好きにしろ。だがな、私と任務を共にして数日以内に死なれるのは迷惑なんだ。少なくとも特務官ってのは安全な場所での任務の方が少ない。それでも共にありたいならある程度の強さと判断力、適応能力が必要になる。……死ぬと分かり切ってる奴が傍に居るとこっちの命まで危険になる。そんな危険性を背負ってまでバディを組む程お人好しじゃないんだ。」

「……じゃあ、イリスさん。聞いても良いですか。」

「……何。」

「……何故、イリスさんは俺に2日目を許してくださったんですか?」


 長い、長い沈黙。まだ川から然程離れておらず、未だ終わりの見えない階段の道中で遠くから痛い程静かなこの空間に水の流れる音がする。鼠1匹居ない、この静かな空間に。

 しばらくはそのまま何も動く事がなかったその空間で、先に動いたのはイリスだった。少し強く地面を足で踏みつけた後に振り返ったイリスの顔は……若干の怒りと辛さの混ざった複雑な顔だった。


「憎たらしい。」

「え。」

「憎たらしい。」

「に、憎たらしい……?」

「あぁそうだ、何処までも憎たらしい。心底、お前の考え方が特に憎たらしい。何故だ、何故お前はそこで辞めてしまう? 昨日、1日共にしてある程度分かっただろ。私がどんな性格か、特務官の当たり前がどんな物か、特務官の任務がどんな物なのか。今日だってそうだ、《アステリオン》は機動力と機能性に重きを置いている関係からその使用者はそれなりの体幹や身体能力を要求される。通常のバイクと違って、同じ大型バイクでも使用者にかかる重圧や反動は非常に大きく、さっきのお前のように多少気分が悪くなる奴の方が多い。……それでも、お前は私に、まともに着いてきている。何故、お前はそんなにちゃんと自分自身を見ていない? あの解剖技術は万人に出来る物じゃない、その場で解剖その物は誰でも出来るだろうが、あんな半端な装備で縫合までして最初から最後まで全部1人で出来るようなもんじゃない。特務官である私への態度もそうだ、お前も把握している通り特務官とは元来、皇帝の親族と同じような扱いを受ける身。そんな相手に、どれだけ確信があっても特務官の決定を崩したり、曲げたり、否定するような発言を行うような者はまず居ない。皆、その後の処罰が恐ろしくて口を噤んで最終的にメンタルに来て自ら“外させてくれ”と言ってくる根性なしが殆どだ。アルタル侯爵の屋敷で人狼もどきの死体を見つけて、その肺を開いて発生した瘴気に対してあそこまで迅速に反応出来るのが当たり前とでも? ……お前は私を天才だと、憧れだと言う癖に自分自身の事は全く直視しようとしない。あれだけ私の論文が理解出来るなら、それだって理解出来るはずだ。研究者の第一歩は、必ず己を知る事だ。自分が何処まで理解出来る頭を持っていて、どういう風なやり方であれば覚える事が出来て、自分の脳がどういうやり方であれば目の前の事をすんなり頭の中に入れられるのかを考える。幾ら感覚的な人間であろうと、そういう奴は無意識にそういう風にやるんだ。私のようにどちらかと言えば理論立てて、自分の中で物事を整理し、自分で自分に目の前の物を説明して理解するような意識的なのか無意識的なのかどっちつかずのやり方だとしても、必ず解析する事から始めるんだ。……………………なのに、お前は何故自分を一般的だと。目の前にある物を理解しようとせず、誰かに縋って押し付けて、誰かの努力の上に胡坐を掻いて恥を晒すだけの無様な生き方をするような奴らと自分が全く同じだと誤認しているんだ?」

「……イリス、さん。」

「だから、そういうお前の。お前がお前自身を理解しようとしない所が見ているのも、見るのを辞めるのも、どっちも嫌で嫌で仕方なるぐらいに憎たらしい! 何故だ、何故そこまで考えられるのにお前は多数派である事を良しとしてるんだ? 何故お前は自分の可能性を自分で殺すような知的生命体として最も行ってはならない事を平然と行えるんだ!」

「お、落ち着いてください、イリスさん。別に俺は」

「いいや、私は落ち着いてる。落ち着いてはいる。ただ、ただ理解出来ない。……なぁ、何故? 何故お前は普通であろうとするんだ? 何故作り出し、導き出し、見つけ出す方に回ろうとしない? お前はそれが出来るだけの才能が、技術が、実力があるんだ。そうでなければ私が2日目を許す訳ないだろう、お前は。…………お前は断じて、絶対に、決して普通じゃない。……アルが望むような、リックが護るような出る杭なんだ。……………………それなのに、普通に紛れようとするその心理が分からない。何故……? 私と違って、あいつらと違ってその人間らしさがそうさせるのか? それとも、リックのように自分を殺す事に慣れてしまってるのか? ……眠る事に、そうなる事にトラウマでも?」

「…………いえ、違います。別に俺は自分が普通だと思ってませんし、トラウマもないですよ。人間らしいのは……俺の元々の性格で、無理して作ってる性格でもないです。」

「なら余計に分からない。何故お前は普通であろうとする?」

「……俺、本物の天才と天才もどきの境が分からないんです。確かに、俺は……自分の事を変わってるとは思いますよ? でも、だからと言って天才とは思わないんです。ただちょっと周りとずれてるだけ……それこそ、イリスさんが提唱した認識乖離魔導回路。あれみたいに、ちょっと周りからずれてるだけだと思ってて、自分が特別だとは思ってないんです。」

「……。」

「ただ、それだけです。だから……決して、俺は自分自身の事を天才とは思いませんし、多分天才にこの手が届く事もないと思ってます。だから、イリスさんみたいな天才を見てて……もしかすると自分を自分で助けてる気になってるのかもしれないですね。“こんな背中を堂々と向けられるような人になりたかった”って。それで……多分、イリスさんが特に俺の描く理想像に近いんだと思います。」

「……。」

「あ、す、すみません! 生意気でしたね、勝手に……期待までしちゃって。信用よりも期待の方が重くて迷惑になる事が多いって、学んだはずなんですけどうっかり忘れちゃってました。もっと気を付けますね。」


 そこに、先程までの何処か真面目な雰囲気のノアは居ない。困ったように微笑んで、少し頬を掻くいつもの緩やかなノアだけがそこに居る。

 それを見るイリスの目は段々と何かを見通すように、何処か遠くを見るように鋭く、細く


「…………どちらにせよ、私はお前に2日目を許した。」

「えぇ、そうですね。俺にチャンスを与えてくださって、ありがとうございます。」

「…………私がお前をどう評価しているのかも話した。」

「はい、そうですね。まさか……あそこまで高評価だと思わなくて、まだちょっと現実味がなくって。本当に……よく見ていただいて、光栄です。」

「……………………少なくとも、私とバディを組んだ以上。……本日を含めて数日以内に死なれる事は困る。」

「はい、勿論です! 俺の所為でイリスさんの夢見を悪くするような、そんな失礼な事は出来ませんからね! 全力で頑張ります!」

「……。」

「……?」

「……………………大馬鹿者が。」

「え、あ、はい。す、すみません。えっと……さ、参考までに何処が悪かったのか教えてもらえたり……し、しません? その、俺、出来ればフィードバック多い方が嬉しくて……。」


 ……。


「全部。」

「お、おぉう。急に雑なパス……え、どうしよ。ど、どうするのが正解だ……?」

「それが駄目。」

「抽象的過ぎますぅ!!」

「……………………はぁ。」

「ちょ、ちょっと!? い、イリスさん!? 置いてかないでくださいってば! というか、話ぶった切り過ぎてません?」

「いいや、お前の理解力がない。」

「それは……そうかもしれませんけど! ま、待ってくださいってば!」

「うるさい、声量抑えろ。」

「う”っ。す、すみません……。」


 自分よりも他人を信じられる奴なんて、大っ嫌いだ。

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