第12話
【現在地、アウレリウス帝国北東部。目的地に到着しました、自動航行からホバリング航行に切り替えます。】
「着いたぞ。」
「……ちょ、ちょっと待ってください。驚き疲れました。」
「……? 良い事じゃないか、何故疲れる。」
「むしろ貴方は何で疲れてないんですか……はぁ。それで? ここが本当に北東部なんですか?」
「《アステリオン》のGPSだとそうらしいな。今度は何が気になる。」
「いえ、その……気になるというよりは随分と血の匂いと死体、後は消毒液っぽい匂いが複雑に混ざって嫌な臭いだなぁって。」
「……? 暗渠なんてそんな物だろう。」
「確かにそういう所の方が多いですけど、ここは元々医療大国アスクリア領ですよ? そこの地下がここまで不衛生なんて事、ありえます?」
《アステリオン》による水上航行での移動を1時間程行って辿り着いた、帝都北東部。本日は不気味なぐらいに川に死体が浮いてはいなかった。無論、毎日この川を使って死体が移送されているとは限らないのだが。
どうやら川はここで終わりのようで。数m先には暗闇がこちらへ浸食してこないように防ぐかのように、かなり頑丈そうで大きな鉄格子がある。本来であれば、この川を流れてきた死体もここに辿り着いて引っかかるだろう。
なら、この場所は犯人もよく来ている場所であるはずだ。それか協力者、又は配下が。ここへ来た事は少なくとも無駄ではない。
つい先程まで《アステリオン》の後部座席でぐだっていたノアも、この異臭には耐えられるようなので現場入りした事はあるんだろう。それが戦場か、ただの殲滅先かは置いといて。
衛生、なぁ……。
どちらかと言えばイリスも綺麗好きの方ではあるが、それよりも面倒臭がり屋の方が上回る。だからと言って部屋にゴミを放置するような事は絶対にしないし、何なら直ぐにイラっとしてゴミ箱にぶん投げるぐらいの過剰反応を見せる。
それでも、任務となると自分の居住区とは全く関係がないので著しく興味を失うのも、またイリスだ。イリスにとって、これはあまりにも未開の地が過ぎる。
「生憎、私はあまり帝都の外に出た事はない。……ここが昔、医療大国アスクリア領だった事は知っているがそれがどんな国で、どんな国家形態で、どんな生活環境だったのかは把握していない。」
「え、そうなんですか? それは……すみません。えっと、医療大国アステリアはその名前の通り医療に特化した国家ではあったんですけど、それと同時に異常なまでの潔癖症があったんですよ。」
「潔癖症。」
「はい。それこそ……服の埃を見つけるだけで罰金刑があるぐらいには。」
「終わってる。」
「で、ですよね……。まぁ、それぐらいの潔癖症な医療大国アスクリアなんですけど、元々とあるパンデミックで滅んでるんですよ。で、ここはその中でも帝国と近いからっていう理由で今から……確か、12年前、だったかな。まだ王妃様がご存命だった頃に帝都北東部としてアウレリウス帝国に統合されたんです。ただ……その潔癖症は多少常識の範囲内にまで緩和はされたんですけど……ここみたいな、言わば“臭い物に蓋をする”っていうのは今も強い拒否反応を示す人達なんですよ。なのにこんな場所があるなんて……。」
……ふむ。
「ではアルヴェルト。質問だ。」
「は、はい。何でしょう……?」
「“この街の川は帝国への反逆を企てる者によって重度の水質汚染と違法な死体放棄が行われている”と触れ回った場合、どれぐらい影響が出る?」
「血眼になって犯人探すと思いますよ。直ぐに清掃活動を始めるでしょうし、それこそ……機動隊とか帝国軍への協力も段違いだと思いますよ? まぁ、機動隊はともかく帝国軍がこんな事で動いてくれるのなら、ですけど……。」
ぴ
≪――はい。帝国魔導特務局主任、アルドリック・シュタール。≫
「……応答が早過ぎる。怖い。」
≪ヴォルカ特務官……? 任務中に連絡してくるなんて珍しいね。非常時に備えてなるべくリヒター特務官からの連絡や報告は迅速に受け取って処理していたつもりだったけど……何か掬い損ねてしまったかな。≫
「いや、今から頼む。」
≪それもまた珍しい。てっきりリヒター特務官経由で来るかと思ったが……何事かね。≫
「帝都北東部全域へ帝国軍の派遣を。今回の犯人、少なくとも“貴族側は”アレス侯爵家だ。恐らく、医学系の知識を持つ者か魔法に関する知識を持つ者も居るとは思う、けど……まだそっちは確証がない。でも、協力者が居る事は確か。」
≪ふむ、成程。すまないがそこから軍隊に紐づく理由が分からない。何故帝国軍の派遣を?≫
「今、私とアルヴェルトは帝都北東部の暗渠に居る。」
≪暗渠? …………おかしいね。帝都北東部の暗渠は全て埋め立てたはず。何故、まだ残っているんだい?≫
「必要ならGPSでも何でも調べて。《アステリオン》がまだ川の水面に浮いてるから追えるはず。」
≪……うん、確認した。確かにそこに川が続いている、が……? どうやら数ヵ月前に無断で工事が行われているように見える。衛星カメラの記録だと……なかなかに長い期間を掛けてやってるね。約2ヵ月程掛けて、少人数で行っているのが確認出来る。……成程、きな臭くなってきた。≫
「ここの住人達は極度の潔癖症で暗渠なんて許さないんでしょ。」
≪あぁ、そうだ。その影響から私も随分と苦労させられたよ。≫
「この暗渠、例の死体が流れ着く場所になってる。……十分感染症の発生源にもなり得る。」
≪……包囲しつつ範囲を収束しよう。幸い、元アスクリア人は褐色の瞳と異様に白い肌が特徴的な上に潔癖症の影響から帝国先住民との区別が付け易い。直ちに手配しよう。他には。≫
「後はヨハンを頼る、とりあえず良い。」
≪了解。無理はしないように。≫
これで、地上は問題ない。恐らくアルドリックの事だから今から10分以内に皇帝へ連絡し、20分以内に軍隊が帝都北東部に到着するだろう。一部は北東部外周に回らなければならないので多少の遅れは出るだろうけれど、それこそアルドリック本人は必要とあらば異端審問教会と連携して穴を埋めてくれる。
その頃にはノアも回復したようで、恐る恐るながらも《アステリオン》から降りて岸辺に足を着けている。アルドリックに連絡を入れた以上、もうここに《アステリオン》を置いておく必要もない。
「《アステリオン》、高度形態変化を実行。移動モジュールから追尾ドローン形態へ移行しろ。」
【プロトコル、承認。高度形態変化、移動モジュールから追尾ドローン形態への移行予約……保留。――警告。大規模な形態変化に伴い、現在展開中の魔導スラスター、航路確保結界システム、重力反射システム、広域光学迷彩魔導回路システム、広域静音魔導回路システムが強制的に解除されます。移行予約を実行しますか?】
「実行してくれ。」
【アドミニストレーターオーバーライド、承認。移行予約……完了。システム設計に従い、《アステリオン》周辺及び《アステリオン》上の障害物又は乗組員の有無……スキャン、完了。問題なし。高度形態変化、移動モジュールから追尾ドローン形態への移行を開始します。】
ふおん、と特殊な浮遊音を立てて《アステリオン》が空中へ浮上し、まずは魔導スラスターやタイヤに付いていた結界が魔力の粒子となって……消滅。着水時に自動生成された足場も同じく魔力の粒子となって消失する。
今後はハンドルが折り畳まれ、フロントホークが折り畳まれ、《アステリオン》の座席部分が開いたかと思えばまるでブラックホールにでも吸い込まれるように《アステリオン》その物が座席に吸い込まれて真っ黒な継ぎ目1つない球体へと変化する。
さっきのバイクに比べればあまりにも飾り気のなさ過ぎるこれだが、それでも人間の頭よりもでかいのだからこんな超合金が飛んできたらと思うと正直生きた心地がしない。
【高度形態変化、完了。追尾ドローン形態への移行に伴い、重力反射システム及び広域静音魔導回路システムを再起動。破砕防護結界システム、起動……完了。高度形態変化による当機への影響をスキャン中……完了。高度形態変化における問題は検知されず。正常に全行程を完了しました。】
「さて、お誂え向きに口を開けてるそこの階段を登ろうか。少しは面白い物が見つかると良いな。」
「えぇえ……。どうなってんの、そのバイク……。まぁ、はい。行きましょうか。何が待っているのか、暴ける限り暴いてやりましょう。」




