第11話
「全く、海は日中と夜の区分が分かり易くてええな。」
ノア達と共に眺める海は、赤い。陽の沈む夕方の空が何の障害物もない海に反射し、まるで海の表面を焔が走っているようだ。走り、泳ぎ、舞い、埋め尽くす。それでも尚、その赤は燃え尽きる事を知らない。
そんな光景をただ茫然と眺める中、何かを連想してしまったのかもしれない。ふと、イリスがヴィルヘルムの服を掴んで……その陰に体の大部分を隠す。
「イリス?」
「……。」
「……大丈夫だよ。大丈夫。何も起きやしないさ。」
恐怖や不安はそう簡単に拭える物ではない。ヴィルヘルムも、それは分かっているだろう。……それでも、それ以外に掛ける言葉や声がない。
それでも、ヴィルヘルムに縋り続けるイリスの背中を優しく撫で、寄り添っているだけでも多少は影響が出ているようで少しずつイリスの小さな体の震えもマシになってくる。
……お母さん。
イリスが目覚め、最初に発生した事件は数十人の大賢人が目の前で殺される光景だった。今の目の前の海のように、空のように赤い鮮血が飛び散って、黒い軍服を着た者達が大賢人達に殺されながらも、自分達も大賢人達を殺すような殺戮の世界。
それを見て……イリスが最初に取った行動は、軍人達を蹂躙する事だった。まだ水槽の中に居た頃、大賢人達に与えられた記憶から……より効率的に彼らを殺す方法と、より確実かつ迅速に敵を殺す方法を割り出し、体術だけでその場を制圧した。
時に牙を、爪を、壁に叩きつけて頭蓋骨を粉砕するような所業ですら、まだ彼ら軍人達によって培養槽の硝子が割られ、その破片で傷付きながらも外界へ出てきた未だ5歳かそこらのイリスが。……たった1人で、その場を殲滅し尽くした。
……お母さん。……私はあの時……間違ってた? ……だから、お母さんはあの時あの装置を……。神様の入ったあの装置を、あんな遠くの島に投げた?
それから1週間とせず、イリスは憎くて仕方のない軍属になる事が決まった。ラグナレイズ帝国の命令に従わねば大賢人達を皆殺しにする。……既に、もう何十人も殺した癖にまだ足りないと、その中にエスメラルダも含まれると。――イリスがラグナレイズ帝国を出立するその日に、既に殺しておいて。
今思えば、それが分かっていたからイリスはアウレリウス帝国で命令違反を起こせたのかもしれない。アウレリウス帝国皇帝アルヴァリウスを殺さず、好奇心を優先して。
……お母さん。お母さんは……怖く、なかったの? ……先生達は、どうして私を庇ったの?
その答えはもう、誰に問うても分からない。
「……神様なんて、居ないんだ。」
「イリス……?」
「……そうだね。神様なんて何処にも居ない。もし居ても、何もしてくれないただのくそったれだ。……だから人は、1人で戦うんじゃなくて誰かと共に戦おうとするんだよ。」
「……誰か。」
「そう、誰か。その誰かはイリスが選ぶ事になるだろうけど、少なくとも俺達はイリスに命を預けられるんだよ。」
「私に……?」
「そう、君に。」
「お前は心や魂も預けてるだろ。」
「いや、イリスに明け渡せない物なんてないだろ。」
「開き直んな。……はぁ。んじゃ、俺はそろそろ寄り道先に航路変えてくる。お前らは引き続きイリスと居ろ。」
「「「はーい。」」」




