104、歴史
朝食を食べ終えたソルとアデルは野営地を引き払い杖を落とした場所へ向かっていた。
松明を持って先導するアデルの後をソルが付いて行く。
細い水路沿いをひたすら進む。地下なので方角は分からない。
崩壊した遺跡が延々と続く。
「かなり広いな」
「広いよー。何てったって上の王都より広いからね」
「そんなにか」
ソルは周囲を見渡し驚きの表情を浮かべる。王都ですらかなり大きい都市なのだ。それより広いとなると全容の想像がつかない。
「この遺跡は古代の都市跡なんだって。魔術全盛期に造られたみたい」
「今より昔の方が魔術の技術は高かったのか」
「そうなの。今の魔道具は昔の魔道具を元にして作ってるのが多いわ」
「古代人の方が勤勉だったというわけか」
ソルの言葉にアデルが笑った。
「そーそー。怠惰な現代人はもっと魔術技術を磨くべき。って言うのは冗談。古代の方が栄えていたのは古代人が皆魔術を使えたからよ。現代で言う天才クラスの魔術師がごろごろいたみたい」
アデルは歩きながら講釈を開始する。
「今は極一部の人しか魔術を使えないけど、昔は違ったのよ。誰もが魔術を行使し高度な魔術技術が存在していた。各地の遺跡でその痕跡が残ってる。しかも、古代人は杖無しで魔術を使えたんだ。反則だよね」
「そんな時代があったのだな」
誰もが魔術を杖無しで使える時代というものはソルにはあまり想像がつかなかった。
一つ疑問が湧く。
「そんなに栄えていた時代だが、どこかで一旦終焉を迎えたんだな。現代の魔術技術が全盛期に比べて衰えているならそういうことだろ」
「ご明察。全盛期の後に魔術の空白時代が来るの。原因ははっきり分かっていないけど、魔術を使える人がめっきり減ったみたい」
「急に魔術が使えなくなるなんてことがあるのか」
「んー、魔力異常で使えなくなることはあるけど、稀だね」
ソルはキルジュの顔が浮かんだ。彼は徐々に魔術が使えなくなる病に罹っていた。
古代人も同じような病になってしまったのか。しかし、感染るような病でもないので一斉に罹ることはなさそうだ。
「その空白時代の後に杖を使って魔術を発動する人が現れたんだ。そして現代に至る」
「初めて知ったことばかりだ。魔術の歴史なんて触れる機会がなかったからな」
「普通の人はそんなもんよ。ちなみにこれは魔術学校で習う内容」
振り返ったアデルはにっと笑った。
それからアデルは現在の遺跡の状態を説明した。
本来、この遺跡は地上にあったが、地下部分の崩落によって陥没していた。調査では地下部分は七階層分あるとのこと。崩落したのはその内の四階層分。
陥没した遺跡は長い間打ち捨てられていたが、約百五十年前に三人の魔術師が訪れた。
それはこの国の建国に関わる人物であった。
当時、この遺跡一帯はハルバハールの領土であった。
遺跡を拠点として三人の魔術師を筆頭に独立戦争を起こし、結果ハルバハールから領土を勝ち取った。それがエリシスの成り立ちである。
独立戦争後、どういう訳かこの遺跡は厚い岩盤によって封印された。その詳細はどうやら王族のみが知っているようだった。
そして国の始まりの地となった遺跡を中心として都市が築かれていった。
時間の経過と共に遺跡の存在は人々の記憶から薄れていたが、ここ数十年で岩盤の封印が脆くなり隙間や通り道が出来ていた。完全な封印とは程遠い状態になっている。
そこへ探索者や遺跡に住み着く者が現れた。その数は徐々に増加し一部では村のようになっている。
「こんなところに村があるのか」
「もっと北の方だけどね。あっちは割と遺跡が綺麗に残ってるから村の形になってる。治安は最悪だけど面白いところだよ」
態々日の差さない地下に住む者たちだ。後ろ暗いことがある者が多いのだろう。
「地上から追いやられたはみ出し者が多いけど、普通? の人もいるよ。遺跡から見つかった魔道具や遺物は王宮が鑑定して買い取ってくれるから一攫千金を狙う者が集まってる。実際、有能な魔道具や魔石を見つけて大金持ちになった人がいるからね」
「それは夢のある話だな」
「だけどリスクも大きい」
アデルは水路の向こうに松明をかざした。
落盤した巨石の下に白骨死体があった。死体の上半身だけが巨石から出ている。白い頭蓋骨の上を黒い虫が這い回っていた。
「遺跡の崩落や落盤で死ぬ者は少なくない。他にも同業者同士の争いや遺跡の罠で多くの人が死んでる。探索は死と隣り合わせなのさ」
「そうか。尚更早くここを出たくなった」
「まぁ落盤は運だけど、悪党や罠に関しては対策できるからそう心配しなさんなって」
松明を正面に戻したアデルはソルに向かって片目を瞑った。
「でもあんたはその悪党の罠にかかったんじゃなかったか」
ソルの何気ない言葉がアデルの胸に刺さった。彼女は明後日の方を見やる。
「あー、あれはねちょっと油断してたから。次は大丈夫。うん、大丈夫」
自分に言い聞かせているような口振りにソルは一抹の不安を覚える。
「俺が先導するぞ。罠の検知や索敵は割と得意だ。あんたは後ろから道を指示すればいい」
「いやいや、本当大丈夫だから。安心して付いて来て」
ソルの提案をアデルは手を上げてやんわりと拒否する。ソルよりも優位にいたいのかやや意地になっているようにも見えた。
「はーい、こっから曲がりまーす」
アデルは水路を飛び越えて反対側に行く。ソルもそれに続く。
しばらく進むと遺跡の瓦礫が積み上がっていた。瓦礫の上には巨大な柱が倒れて斜めに載っている。倒れた柱の先は大きな建造物の二階に埋まっていた。
「この柱を通って行くよ」
アデルは坂になった柱の上に登る。巨大な柱は狭い路地ほどの道を作っていた。二人並んでもギリギリ通れそうである。
柱を登り瓦礫の山を越えるとアデルが下を指した。
下には大穴が空いていた。穴の底は暗過ぎて見えない。
「ここに杖落としちゃったんだ」
「この穴はどこまで続いているんだ」
「多分、第三階層までかな」
「じゃあ、杖もそこにあるんだな」
「そう。そして厄介な奴もそこにいる」
アデルは松明で穴を照らした。照らされたのは穴の上層部のみ。下層は闇を湛えたままだ。ソルの目を持ってしても下層の様子は見えない。
「行こう。その建物から下層に降りれるから」
アデルが歩みを再開した。
ソルも穴から視線を上げる。その時、穴の底で何かが蠢く気配がした。明らかに人の気配でないそれは魔の森で魔物と対峙した時のものに似ていた。
人ならざる者の気配に緊張が走る。これは一筋縄ではいかない相手だろう。無意識に剣の柄を握りしめていた。
「何やってんの、行くよ」
建造物内に入ったアデルがソルを呼ぶ。
ソルも彼女の後を追い建造物内に入った。
「さっき下層から何かの気配を感じた。あれが厄介者か」
「そうだろうね。正体が不明な以上慎重に行こう」
ソルの報告にアデルは真剣な表情となる。
そして建造物の奥へと歩を進めた。崩れかけたアーチ状の通路を通ると広間に出た。
ここはどこも壊れておらず状態が良かった。天井も高く朽ちた遺跡独特の閉塞感がない。
二人が歩くと鼠の集団が柱の陰へと逃げて行く。
広間の中央付近に何かが多数転がっていた。近づくとそれは白骨死体だと分かった。
ソルが見ただけでも十人分の死体があった。装備からすると冒険者か探窟者だろう。どれも似たような格好をしていた。一人だけ不自然に服を剥ぎ取られた死体がある。
状況から見て皆同じ時期に死んだようだ。
あちこち転がる死体の側には薪を燃やした跡がある。
「何があったんだ…」
「仲間割れじゃない?」
ソルの呟きにアデルは推測を語る。
「貴重なものを発見して皆で宴でも開いていたら、報酬を独り占めしたい一人が食べ物に毒を混ぜて仲間を殺したんじゃないかな」
「何故毒だと?」
「ほら、死体に外傷がないでしょ。それにこの死体は服に血の痕があるけど服自体は破れてない」
アデルは足元の死体を指す。仰向けの死体の胸元から腹部が茶色に染まっていた。
「刃による血じゃないよね。それなら毒かなと。そこに火を使った跡があるでしょ。ここには古い鍋があったんだ。きっとそれに毒を盛ったんだと思う」
「なるほど。毒なら全員が同じような死に方をしたのも納得がいく」
「欲に目が眩んだ人間ってえげつないことするよね」
ソルもそのような人間は嫌という程見てきた。人の目の届かないこの地下遺跡では剥き出しの欲望が猛威を奮うのだろう。
死体を見渡していたソルはある事に気づいた。
「ん? 死体が来ている服とあんたの来ている服、似ていないか」
「あ、分かるー?これここから拝借したんだよね」
アデルはくるりと振り返ると腰に手を当てて胸を張った。
「古いデザインだけど悪くないでしょ」
「追い剥ぎみたいだな」
ソルの感想にアデルは眉を顰めた。
「追い剥ぎじゃないわ。相手は死体だし。それに盗んだんじゃなくて半永久的に借りてるだけ」
「とんでも理論だな」
「しょうがないじゃない。罠にはまった時に着ていた服がボロボロになったんだから。あんなんで人前に出れないわ」
アデルは仕方なく服を拝借したとのことだった。洗って臭いを取るのが大変だったと語っている。剣もここから拝借したらしい。
話しを聞いていたソルは嫌なことに気づいてしまった。
「古い鍋があったと言っていたな。もしかしてそれも拝借したのか」
「勘が良いね。そうだよ。お湯沸かしていたやつ」
ソルは苦々しい顔となる。憶測とはいえ、毒が盛られた可能性のある鍋を使うとは。毒の成分はもう残っていないだろうが、いい気分はしなかった。
この話しを事前に聞いていたらあの茶は飲んでいなかった。
「大丈夫だよ。しっかりゆすいだから」
アデルは些細な事だと気にしていない。中々に図太い神経をしている。
話しは終えたとばかりにアデルは死体たちを横切って奥へ進む。
「階段はこっちだよ」
ソルはアデルを追う。死者の服に包まれた彼女の背は不吉に見えた。まるで死地に誘う死神の背だ。
実際にこれから死闘に挑む事になるのだろうから強ち間違ってはいない。
親切な死神は階段の前でソルを待っている。ここで引き返して他の協力者を探した方がいいのではないか。
そんな考えが浮かび歩む足の動きが鈍る。
しかし、ソルの奥底にある衝動が止まることを許さなかった。
ベルダン以降戦闘という戦闘をしていない。平和で喜ばしいことであるが、ソルの中では戦闘への渇望が沸々と湧き上がっていた。
それはソルが認めたくないものであった。今まで満月の夜を除いてこのようなことはなかった。
常に闘争の中に生きてきたソル。それが闘争から離れてしまった途端、醜い渇望が生まれてしまった。
隊から逃げてきたのに結局それを求めてしまうのか。
イーリスと居るとその渇望も紛れたていたが、彼女はここには居ない。
約束された闘争の場から退くことなど今のソルには出来なかった。
シャズの笑い声が聞こえた気がした。
歩んで来たソルの顔を見たアデルはふっと笑う。
「泣きそうな顔してるよ。まさか怖いの?」
ソルは自分の顔に触れると苦笑した。
「怖い?…そうだな、怖いな」
ソルは死の危険を予見しても尚止まらない渇望が怖かった。
この先自分は一生生き方を変えられないのかもしれない。
「やだー泣かないでね」
アデルは冗談めかして言うと階段を降りた。
ソルも古びた石造りの階段に足を踏み入れる。胸には拭いきれぬ高揚感と嫌悪感。
握られた拳は力が込められ過ぎて白くなっていた。




