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神隠しと鬼の姫  作者: 紫音
第二章 妖の國

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11話


 あの日、菖蒲と共に朝を迎えた日から、少しだけ菖蒲の様子が変わったように感じられた。説明してほしいと言われると、明確に言葉にすることは難しい。ただ何となく、一歩引くようになった感じがする。

 確信がないのは、藍も菖蒲と共にいる時間が減ったからだ。あれから翡翠、そして伍緑や他の鬼たちとの稽古をすることが増えためでもある。伍緑が藍と翡翠の稽古に参加を求めたことが始まりで、翡翠とは木剣での立ち回り、伍緑らとは組手が中心だった。


「ぐ……」

「だらしねぇぜ、藍! そんなんでオレから一本取ろうなんざ甘いんだよ」


 集まった伍緑の仲間は、藍よりも一回りも二回りも体格が上だ。そもそも身体の作りそのものが違う。腕一本で相手されていたところで、藍は敵わないだろう。かといって丸腰相手に、木剣をとるのも気が進まない。これは稽古なのだから。死合いならばともかく、今は己の鍛える方が優先だ。


「藍様、少し休憩しましょうか」

「……はぁ、はぁ。あぁ……」


 肩で息をしながら、藍は片膝を突いた。相手をするのは伍緑を含め、三人。ひたすら攻撃を繰り返されて、藍は躱すのみ。常に距離を取って、相手の動きを読む。そうして攻撃を受けずにいることはできる。バスケ部だった藍は体力だけはあった。けれどもそれはあくまで人間の中でであり、伍緑たちはその上を行く。現に、疲労感を露わにしているのは藍のみ。伍緑たちは多少息を乱しているものの、座るような真似はしていなかった。


「藍様、これを」

「ありがとう」


 翡翠から飲み物を受け取った藍は、そのまま味わうことなく口の中に流し込む。疲労回復を目的とした飲み物で、その効果は高い。けれどもその味は美味しいと言えるものではなく、苦みを大いに含んだ代物だった。同じように受け取った鬼たちも、苦い顔をしているものばかりだ。


「良薬は口に苦しと言いますから」

「……それ、現世の(ことわざ)だろう。よく知っているな」

「先人から残された物は言葉であれ、モノであれ大切にする。それが我々でもあります」


 反対にいえば、よりよくしようとかもっと便利にしようということは考えていない。今で十分満足しているがゆえだろう。現世でも変革を怖がる輩は多い。未知に対して臆病になり、失敗を恐れる。それならば今のままでいいと。


「この世界は不変か」

「そうでありませんよ」

「そう、なのか?」

「はい。藍様は狭間の世界でも、この國しかご存じないでしょうから、そう思うのかもしれません。あの「なりそこない」たちもそうですが、その先にはまだ同じように狭間の世界へと居場所を求めた妖がいます」


 狭間を創りし始祖が興した國がこの鬼の國。だけれど狭間の世界に逃げてきた妖は少なくないという。かつて現世には人間よりも多くの妖がいたと言われていた。人間がまちを築き、その数を増やしていくにつれ、隠れる場所も住処も妖たちは失った。人間と争うようにもなった。時には集団で襲い掛かる場合も。そうして妖はその存在を悪とされ、居場所を奪われ、狩られる側になっていった。強い力を持たない妖たちは、人間におびえるようになっていった。


「それを憂いた始祖様は狭間の創った後も、志を共にする妖らと共に現世から居場所を失った妖たちをここへ招いたのです。その妖の中には鬼の國に住むことを嫌がった者もいたそうです」


 鬼の國に来たならば、鬼に従わなければならない。それを拒否し、己の場所を作ると自分たちの邑を作り、それが大きくなって國となっていった。そういう場所が狭間の中にもある。


「あれらが現れる前であれば、それなりに交流があったのですが、今はもうそれも途絶えて久しいのです」

「……迷い込んだ人間の、なれのはて……あれが現れたのは、最近の話なんだな」

「はい。姫様が生まれて間もない頃です。それまでは狭間の世界であっても、國同士、行き来することは難しくありませんでした。平和、だったのです。ここも」

「それまで人間が迷い込んでも無事でいた、ということは?」


 迷い込んだ人間でも無事に戻った者たちがいるのかどうか。この問いに翡翠はしばし逡巡したのち、首を横に振った。


「いえ、少なくとも私が無事だと見た人間は極わずかです。いずれも徒人ではない者たち。徒人が生きたままたどり着いた姿を私は見ていません」

「これまでは徒人が迷いこんだ場合、全員が飲み込まれていた可能性があると?」

「否定できません。数が増えたためにこうなったのか。それとも何か原因があってそうなったのか……」


 原因を突き止めようと動くことはなかった。侵入があれば対処するがそれだけ。何故しなかったのか。それはいまも尚、この國の中であればある程度の安全があるから。侵入した時は戦う。戦えば犠牲がでることもある。だから強い鬼が必要。


「原因を考えないのは、あんたたちの習性のようなものか。不変を好む。それが妖」

「かもしれません。複雑なものを考えるよりは目先のこと。これまでも力で押しとどめてきました。この先もそうするのでしょう、我々は」

「だがそれではどれだけの強さがあったとしても、いつか限りがくる。原因を取り除かない限り、この狭間の世界がいつまで安全でいられるのかわからないとは考えないのか?」

「……考えたことはありませんね。終わることなどありえない。始祖様が築いた世界だからと、そういう先入観があるのは否定しません」


 力があるからこそ、自体が起きた時に対処すればいい。妖らしい考え方だ。けれど、もしこの國に何かあれば、藍も加奈も、そして菖蒲にも何かが起きてしまうかもしれない。この地で、この世界で生きることになった以上、放置できることではない。


「翡翠、この先も狭間に現世から人間が迷い込まないとは限らない。ならば「なりそこない」という存在の発端を知るべきじゃないかと、俺は思う」

「……藍様、ですが――」

「面白れぇじゃねぇか。それ、オレも一枚かませてもらおうか」

「伍緑?」


 翡翠との会話に割り込んできたのは、離れて休息を取っていた伍緑だった。


「伍緑、貴方は考えなしでしょう。腕っぷしだけでどうにかなる問題ではありません」

「けどよ、そいつだけで外にでることなんてできねぇだろ? なにせ、オレたちにも敵わねぇんだ」

「それとこれとは別問題です」

「でも事実だ」

「伍緑!」


 声を荒げようとする翡翠を藍は腕で制する。そうして立ち上がり、伍緑を見上げた。


「地味な作業を行うことになるかもしれない。危険に飛び込むことだけじゃない可能性もある。面白いことになる保証はない。それでも?」

「もちろんだ! あの溶解やろうには苛ついていた。姫様がとめてなきゃ、とっくに出て行ってたところだ。あれを何とかするってんなら、むしろご褒美だな」

「そうか、菖蒲が止めていたんだな」


 だからこそ鬱憤が溜まっていた。危険だと、これ以上この國に住む妖を危険な目に遭わせるわけにはいかないと、討伐することを止めた。それまでに犠牲になった妖たちも多く、万が一再び侵入された時に戦力がなくては、力なき者たちを守ることはできないからだ。菖蒲の言い分は理解できるからこそ黙っていたが、出られる大義名分があるのであれば喜んで外に出ると。


「はぁ……藍様、伍緑も、まずは姫様にご相談してからです。何事も、姫様の承諾なしには進められません」

「翡翠は止めないのか?」

「……藍様の意見にも、考えさせられることがあります。このままではという不安がないわけでもありませんから」


 

 


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