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神隠しと鬼の姫  作者: 紫音
第二章 妖の國

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5話


「それで二人で消えた後は何をしてたの?」

「……」


 その日、そろそろ寝静まる頃合いだという時。藍の部屋を加奈が訪ねてきた。空の色は変わりないが就寝時は出来るだけ暗くなるようにと、縁側には現世でいう雨戸のような板状の戸で然りを遮っている。ゆえに室内を照らしているのは蝋燭の明りのみ。現世の常識でいえば、女性が一人で訪ねてくるような状況ではないと言える。だが加奈にそれを言っても「それが?」と返されるだけ。そのため藍も指摘さえしなくなっていた。

 室内に加奈を招き入れる一方で、藍は部屋の柱へと寄りかかりながら腕を組んだ。加奈はもう慣れたとばかりに、指定位置に座る。入ってそうそう問いかけた質問に答えない藍に、加奈は不満顔だ。


「久遠くんってば」

「別に教えるようなことでもないだろ」

「ふーん、まぁいいわよ。菖蒲さんに聞くし。久遠くんと違って、色々と教えてくれるからね」


 菖蒲ならば素直に答えそうだ。そもそも元々聞くつもりなら、敢えて藍に聞く必要ないだろう。藍が答えるとでも思ったのだろうか。


「止めないの?」

「……止めたところで大した意味がなさそうだ」


 あの後二人で何をしていたのかと言われても、藍は眠っただけ。菖蒲はやると決めたらやる。有言実行を体現する。どんな理由があろうともだ。藍に断るという選択肢はない。眠っていた時、菖蒲が何をしていたのかは知らないし、聞くつもりもなかった。

 そんな藍の態度にどう思ったのかはわからないが、加奈は声を出して笑い始めた。不本意だと藍は眉を寄せるも、それすら面白いとでもいうように加奈の笑い声は止まらない。ようやく落ち着いた頃に、加奈が口を開く。


「菖蒲さん、久遠くんのことよく聞いてくるのよね。あっちではどうだったのかとか」

「できればあまり言わないでくれ。面倒なんだ、あいつは」


 こと女性関係に対しては、鬼の本能がむき出しになるといってもいいかもしれない。藍は菖蒲とのやり取りを思い出すだけで頭が痛くなる。現世でも強気に出てくる女性がいた。断っても何度も告白してくる奴、ちょっと落とし物を拾っただけで付き合った気になっている変な奴も。相手にしない方が楽だったので基本的に無視をしていたけれど、菖蒲に対してそういうことはできない。無視を決め込んだ瞬間、実力行使に出てきそうだ。既にその雰囲気を滲ませている状態なので、藍も出来る限り相手していた。


「面倒、ね……でもなんだかんだ言って、久遠くんもまんざらじゃないんでしょ? 菖蒲さん綺麗だし、二人ともいい感じだねって噂も聞くわ」


 屋敷、その敷地内のみで生活しているため、さほど多くの関係性を築いてはいない。卓也たちが去ってから、ここで暮らすと決めたこともあって菖蒲、翡翠、桂以外の鬼と顔を合わせることも増えてきた。その多くが屋敷で働く者たち。噂をするとすれば彼らだろう。加奈は社交的な性格をしているので、屋敷でも話しかけられることも多いらしい。素直にそれは凄いと感嘆する。


「話半分に聞いておいてもらえると助かる」

「実際に見た人もいるから無理ね。別にいいじゃない。嫌いなわけじゃないんでしょ?」


 嫌いか好きかと問われればどちらだろうか。そもそも菖蒲は嫌われるとは考えてもいない気がする。鬼の姫として、一族のために藍と共いる。直接そう告げられた。そこには恋情も親愛もない。ただ必要だからそうしていると。

 それと同時に己のモノは譲らないという執着心を感じた。翡翠は鬼の本能だといっていたが、あれは紛れもない執着心だ。所有欲ともいえる。藍からどう思われるかなど気にも留めていない。必要だからそれを利用させてもらう。だからこそ藍も気楽でいられる。何をされたとしても、そこにあるのは利害なのだと。


「そもそも俺と菖蒲の間にあるのは、利用できるか否かの関係でしかない。現世のカップル連中みたいな見方をしないでくれ」

「そんな関係なのにキスとかしちゃうんだ」

「っ……菖蒲か」


 本当に何でも話をしてしまうのだと、藍は組んでいた腕を解き、手を額に当てながら大きく溜息を吐いた。妖という存在に対して、藍達の世界における常識を説いたところで意味がないことはわかっていても、明け透けに何でも告げられるのは困る。


「私に牽制してるわけじゃないとは思うけど、あれは周りにも手を出すなって言っているのと同義よね」

「鬼の本能という奴らしい」

「それで襲われちゃったんだ。だらしない……逆に奪うくらいしてみなさいよ」

「なんで俺がやらないといけないんだ」


 そもそもあれも妖気の受け渡しのようなもの。キスをしたところでその行為自体に含むところはないのだから。


「菖蒲さんってやっぱりお姫様っていうか、箱入りって感じがするからさ。案外、好きになったところで気づかないとかありそうよ?」

「この世界に来て何日だと思っているんだ? ひと月も経っていないのに――」

「あのね久遠くん、女の子は一日あれば変わるものなの。怒ってるのが笑ってたり、泣いてたり、嫌い位だった人が好きになったり、その逆もね」


 だからそれがどうしたとばかりに黙っていると、加奈は溜息を吐きながら立ち上がる。


「妖でもそうかもしれないってこと。いつ誰を好きになるなんてわからないし、恋心に時間なんて関係ない」


 歩き出した加奈は藍の前で止まった。藍は思わず身構える。そして加奈は不敵な笑みを浮かべたまま右手を上げその指で額を小突いた。


「そんなに気を張りつめなくてもいいと思うよ、私は」

「折宮」

「楽しもうって思ってる。この世界を生き抜くために。だから久遠くんも、色々難しいこと考えずに、ただ菖蒲さんとの関係も含めて、やりたいようにすればいいんじゃない。ここに来てから、なんかずっと思いつめたように見えるからさ」


 そうかもしれない。どれだけ休んでも、ここの環境に慣れてきても、どこかで気を張り続けている。それが必要ないとわかっているけれど。

 加奈はそんな環境でも強い。笑ったり怒ったり、藍を気遣う余裕まである。そんな同郷の友人に藍は笑みを向けた。


「わかった……ありがとな、折宮」

「いい加減に加奈って呼んでくれない? ここじゃ苗字で呼んでも他の人わかってくれないのに」

「……善処する」

「お願いね、藍くん」





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