山伏と陰陽師(3)
マスターの言葉が当て推量からでないのなら、言わんとすることは『魔法が使える』件だろう。
だからと言って、それを訊ねるのは気が引けた。『ウケ狙いだ』と言われてしまったら、赤面する羽目に陥るからだ。考えた末に、どうでも良い事を訊くことにした。
『レコードは何枚あるんですか?』
我ながら『それかい!?』と、突っ込みたくなった。
案の定、マスターは片眉を上げて俺を見た。
『此処にあるのは1000枚弱だ。ジャズだけじゃなくて、オールデイズやシャンソンなんかもあるよ。まぁ、普段シャンソンはかけないけどね。』
『そうなんですね。』
なんとなく、気不味い空気になってしまった。
『他にもあるだろう?お前さんは、なかなかに思慮深いみたいだから訊き辛いんだろうけどね。』
『えーと…』
やはり当て推量ではなかったようだ。言おうか言うまいか迷っていると、
『言い辛いか。まぁ、そうだよな。』
と、困ったように笑われた。
どう言えば良いのか解らなかった。懸命に言葉を探していると、
『魔法は本当に使えるよ。』
と、マスターの方から切り出された。
『本当ですか?』
やっと素直に話しに乗れた。訊き辛い事を相手から切り出されたからなのだが、これはこれで少々恥ずかしいものだった。
そんな俺に対して、マスターは構わずに続けてくれた。
『正しくは、魔法じゃなくて呪いみたいなモノだけどね。陰陽師って知ってるか?』
『はい。』
陰陽師に関しては、数年前に調べたことがある。
『陰陽師が使う方術が、お前さんが感じたモノの正体だよ。』
違和感のことまで見透かされていた。その事実に、背筋がゾクリと冷えた。
『ついでに言うと、波長が合うヤツの考えることは、手に取るように解っちまう。迷惑だろうが危害は加えないから安心してくれ。』
ニコッと笑ったその顔は無邪気なもので、毒の一つも見当たらない。それを見て、張り詰めていたものが解けた。どうやら俺は、知らず知らず緊張していたようだ。
『そこでお前さんに助言だ。』
自然と背筋が伸びた。『助言』と云う言葉に反応したからだ。
『はい。』
居住まいを正す。
それを見ていたマスターも、ピンと背筋を伸ばした。
『これから数日後に、お前さんの生き方を左右する人物に出逢う。』
『生き方を左右する人物ですか…。』
漠然とし過ぎて、思考が追い付かない。
『そう構えなさんな。悪い出逢いじゃないから。むしろその出逢いが、お前さんを救ってくれる。自分の気持ちに抗わずに、素直に従うように。』
そう言われたら、急に怖くなった。額に冷や汗が滲むのが解った。
マスターは苦笑して此方を見ていた。益々居心地が悪くなる。
『因みに、その人は女性だよ。』
『え?』
素直に驚いた。
生き方を左右すると言われて、勝手に医療関係の堅物の男だと思い込んでいたからだ。
恐る恐る覗き見ると、微笑むマスターと目が合った。慈愛に満ちたその顔に、思わずまた、赤面してしまった。
『お前さん、案外可愛いな。』
『はい?』
可愛いなどと言われたのは小学校以来だ。たまに、年上の女性から言われるが、その場合はまた意味合いが違う。もしもそれと同様なら…それはそれで…。
考えながら固まってしまった。
そんな俺を前に、マスターが豪快に笑った。
『安心しろ。俺の専門は女だ。』
それを聞いて胸を撫で下ろした。
が…。
次の言葉で再び固まる羽目に陥った。
『まぁ、こんだけ男前ならアリだけどな。試して見るか?』
遠慮します!力勝負になれば負ける自信しかないので、お願いだから試さないでいただきたい。
固まったまま、心の中で唱えた。
それはもう、念仏のように何度も何度も。




