それぞれが、悩ましいこと
原口の彼女との出会いから、一週間が経過した。
初対面で酷い言葉を浴びせてしまったせいで、彼女はすっかり、俺に怯えてしまっていた。
次の日に図書館の前でばったり会ってしまったのだが…目が合うなり下を向いて、来た道を早足で引き返してしまったのだ。
目が合った瞬間の怯えたような表情が脳裏に焼き付いて、胸の奥がチクリと痛んだ。
まぁ…自業自得なのだから仕方がない。
それに、嫌われる為にそうしたのだから、一応目的は果たせたのだ。
天邪鬼からそうしたことだった為、後悔しているのだが…後悔したところで取り返しがつかないのは解っている。
『覆水盆に返らず、ですね。自業自得です。』
あれから、定期的に来るようにと義務づけられた、三日に一度の訪問で、マスターに懺悔をしたのだが…
『忘れたのか?運命はどんな障壁も乗り越えちまうんだぞ。今度はしっかり、前髪を掴めよ!』
と、謎かけのような返答が返って来た。
なんでも、チャンスの神様には前髪しか生えていない為、タイミング良くその前髪を掴まないと捕まえられないらしい。
馬鹿馬鹿しい話だが、あの人から聞くと真実に聞こえるから不思議である。
とにもかくにも、いつぶら下がるのか解らない前髪を、見逃さないように過ごしていた。
しかし…直ぐに落ち込むことになった。
チャンスの神様の前髪は、俺の前にはぶら下がらないのだと認識させられたのだった。
再び予備校の屋上で再会した彼女は、俺を見るなり固まって、今にも泣き出しそうになってしまった。離れた所から暫く見ていたが、此方に顔を向けてさえくれなかったのだ。
(はぁ…。)
心の中でため息をついて、己の愚かしさを呪った。
そして、そうこうしているうちに例の「合同模試」が迫ってきた。
俺も参加すると聞いた原口は、それ以来何かにつけて絡んで来た。
傾向と対策について話したがったかと思えば、
『実は彼女がさあ…』
と、聞きたくもない悩みまで聞かされたりと、兎に角鬱陶しいことこの上ない。
『悪いが、お前の彼女のことは解らん。自分で何とかしてくれ。』
悩みを聞かされる度にそう返しているのだが…馬鹿なのか?それともわざとなのか?
同じ内容を何度も話す原口に、殺意まで覚える始末だった。
だいたい、お前の彼女が体の関係を拒むのは何故か?など、本人に確認しない限り解らないだろう?
そしてそんなこと、俺に聞ける訳ないだろう!お前は馬鹿なのか?
はっきりそう言ってやりたかったのだが…それが返って親切な行為になるかもしれないと思って、あえて我慢した。
こいつには、欠片ですら「親切」を遣りたくはない。
来る日も来る日も、同じ内容ばかりを聞かされていたが…模試の二日前、初めて違う内容を聞かされた。
『彼女がさあ、俺の模試の日の夜に友達の家に泊まりにいくらしいんだが…端正君、どう思う?』
と。
はあ?それが悩む程のことか?
『どう思うと聞かれても、俺には皆目検討もつかない。解るヤツに聞くのが得策だと思うが?』
『そうなんだけどさあ、こんな軟弱な悩み、菊池と熊谷には話せねえだろう?なあ、頼むよ端正君!どうすればいいか、教えてくれよ。』
てか、俺には軟弱かバレても良いのか?
『頼むと言われても…』
「解らん」と言いかけて、止めた。良くない事を思いついてしまったからだ。
『お前自身は、彼女にどうして欲しいんだ?本音は行って欲しくないんじゃないか?』
思いついてしまった「良くない事」を吹き込む為に、誘導尋問をする。
『ああ。行って欲しくないな。』
『それは何故だ?何が不安なんだ?』
『うーん、そうだな…泊まり掛けで、一体何すんだ?って。あと、本当は男と泊まるんじゃねえか?って…。』
『浮気を疑ってるのか?』
『まあ…そうだな。』
『その根拠は?』
『んー、根拠は無い。ただ、最近俺のこと避けてるみたいだし…相変わらずエッチは拒まれるし…。初エッチしたい奴が他に居るんじゃねえか?って…。』
しめた!まんまと掛かりやがった!
すかさず「良くない事」を仕込みにかかる。
『お前、本当に彼女を好きなのか?』
『あ、当たり前だろう?なんでそんなこと聞くんだよ!』
『好きなら信じろよ。短大の友達との約束なんだろう?今後の学生生活を有意義なモノにする為にも、友人と親睦を深めるのは必要なことだ。お前がそれを邪魔してどうするんだ?可哀相に。』
『そう…だな。やっぱ、そうだよな。アイツが他の男に気移りするわけねえよな。あー、スッキリした。やっぱ端正君すげえわ!有難うな!』
いやいや、お前の単純さの方が凄いと思うぞ。馬鹿もここまで突き抜ければ見事なモノだ。
それに俺は、親切から助言したわけじゃない。彼女を自由にさせてやりたいのと、そのことで益々悩むお前が見たいからだ。
『当たり前の事を言っただけだ。たいした事じゃない。じゃあな。』
これ以上馬鹿に付き合うのは後免だ。さっさと帰ろう。
そう考えてエントランスに足を向けたその時、
『ぐっちー、お待たせ。今日は何処に行く?』
と、馬鹿っぽい甘えた声が響いた。多分、噂のゆかりんごと云うバカ女だろう。
全く…。さっきまで彼女の事を悩んでなかったか?
彼女の週末の宿泊について悩んでいた男が、もう、別の女と遊びの相談とは…。
呆れたが、これがこの男の本質だろう。
関わるのは真っ平だ。見なかったことにしてさっさと帰ろう。
改めてエントランスに目を遣ると、入り口から藤色の光が溢れた。




