天邪鬼、山伏に諭される
マスターの前世は山伏で、現世に於いても不思議な力を持っている。
俺は波長が合うらしく、頭の中まで丸解りだそうで…だからこの人には、嘘も誤魔化しも一切通用しない。
頭の中で状況を整理する。
そして、理解すると同時に生唾を飲み込んだ。
そう。
今俺は、文字通りの「俎上の魚」である。
包み隠さず真実を話そう。
しかし…一体何から話せば良いのだろうか?
『正直に言います。何処から話せば良いか解りません。』
正直にそう言うと、マスターは『プッ』と噴き出した後、直ぐに豪快に笑い出した。
何故笑われたのか解らず、途端に恥ずかしくなった。顔が熱い。多分、耳まで赤くなっている筈だ。
『な…。』
反論しようと思ったが、恥ずかしさで言葉が見つからなかった。
それが災いしたようで、マスターの笑いは益々激しくなってしまった。
こうなったらもう、治まるのを待つしかなさそうだ。
この状況を作ったのは俺自身だ。思う存分笑ってくれ。
諦めの境地で、冷めかけたコーヒーに口をつけた。
一頻り笑って満足したようで、マスターは一旦立ちあがり、カウンターへ戻った。
サイフォンに残っていたコーヒーを、自分用のカップに注いだ後で、空になった俺のマグカップにも注いでくれる。そしてまた隣に戻り、俺の肩をポンと叩いた。
『やっぱりお前さんは可愛いな。』
『は?』
再びの、赤面。
この人と居ると、調子が狂いっ放しである。
『いや、悪い悪い。つい…』
『つい、何ですか?』
ムッとしてマスターを見ると、頭をグリグリと撫でられてしまった。
『全く…なんで素直にならないんだ?抗うな、って言ったはずだぞ?』
一頻り頭を撫で終えたマスターが、父親のような顔でそう言った。
なんで解るんだ?とは思わなかった。素直に後悔する。
『すみません。』
『お?今日はやけに素直だな。』
『マスターには誤魔化しが効きませんから。』
『だな。解ってんなら聞くが…あゆちゃんって子に、本当は何て言ったんだ?鼻毛の話は嘘なんだろう?』
『本当は…』
言いかけて、胸がチクッと痛んだ。痛んだ胸に、握った拳を充てた。
『本当は…ブスと…。』
口にしたら苦しくなった。
口にしただけでこんな思いになるような言葉を、何の罪もない彼女に投げつけてしまった…。
そう思うと、胸が締め付けられた。
『そうか。』
『はい。』
『でも本意ではないんだろう?何故そんな事を言ったんだ?』
『それは…』
隠しても仕方ない。解っている。
だが…それを俺が口にするのは罪だと思った。
『ん?』
マスターに覗き込まれ、何故だか目の奥が熱くなった。
『なんて顔してんだ?その気持ちは悪いことじゃない。だからそんな顔するな。』
涙が溢れた。
そして、そんな自分に驚いた。
『いいか、ケン。それは恋だ。お前さん、まだ女に惚れた事がないんだろう?』
やはり、なにもかも見透かされていた。
『はい。』
『そうか。女を知ってるくせに惚れた事がないなんてぇのは、なんとも贅沢な悩みだな。』
『………。』
黙ったままの俺に、マスターはなんとも言えない優しい顔をした。
『先ずは女に惚れること。そして惚れた女を抱くことだな。そうすればお前さんの世界が変わるはずだ。』
『俺は…あの子に惚れたんでしょうか?』
『惚れたんだよ。ブスって言ったのも、大凡嫌われる為だろう?お前さんのことだ。彼氏の居る女だからって、わざとそうしたんだろう?』
なにも言えなかった。
マスターの言ったことは、あの時の俺の気持ちそのものだった。
『だいたいな、そんな小細工は通用しないんだよ。運命ってモンはな、どんな障壁も乗り越えちまうんだ。抗っても無駄だ。』
『ですが…』
『ん?この期に及んでまだひねくれるつもりか?嫌われねえよ。その証拠に、お前さんを庇っただろう?ブスって言われたのに鼻毛の話にしちまったんだ。彼女にとっても、お前さんとの出会いは特別なんだよ。』
え?
俺との出会いは特別なものだと?
俄には信じられなかった。
このまま抗わずに居ても、本当に良いのだろうか?
『良いんだよ。だから素直になるんだな。この、天邪鬼が!』
そう言ってまた、マスターは俺の頭を撫でた。
撫でられながら、少しだけ、気持ちが楽になった。
『迷ったら此処に来い。お前さんは一人じゃないんだぞ。』
マスターの言葉が、胸に熱く染みた。
素直に『はい』と言うと、自然に笑っていた。
『お?良い顔になったな。その顔を忘れるなよ。』
マスターの顔も優しい笑顔だった。
その笑顔が胸に染みた。
そして…何かがパチンと弾けた。
見えない鎖で繋がれていたモノが、解放されたような…そんな感覚だった。
同時に、纏っていた鎧が外れて往くのが解った。
『急いで大人にならなくて良いんだぞ?せめて惚れた女の前だけでも、自分の気持ちに素直になれ。ただでさえ、課せられたモノが重たいんだ。楽になれる場所が必要だぞ。』
『はい。』
素直に首肯くと、マスターはもう一度、俺の頭を撫でてくれた。
一通り話し終えたところで、図ったように三人が戻って来た。
途端に店内が賑やかになる。
三人が戻ったところで、マスターはカウンターに戻った。
『そう言えば…』
平木の他愛ない話を聞きながら、マスターに貰った言葉の一つ一つを思い出した。
そしてその一つ一つを、しっかりと胸に刻んだのだった。




