天使と天邪鬼(5)
『どう、って…原口の彼女にしては、えらく清純な印象でした。』
『で?あゆちゃんって子は、どんなリアクションだったんだ?』
興味津々で前のめりなマスターに、冷や汗が出そうになった。
『彼女はその…怖がってる様子でした。』
『なんで怖がるんだ?お前さんに見とれた、の間違いじゃないのか?』
『いや、その…間違いないです。』
これ以上掘り下げないでくれ!
これ以上掘り下げられれば、避けている恥ずかしい部分を全て曝け出さなければならなくなる…。
そう思った時、背中を冷たいモノが流れ下った。
冷や汗だった。
この人の前で足掻くのは無駄だな。観念して全てを話そう…。
そう思って覚悟を決めたその時、またもや杉山が、のんびりと声を発した。
一旦言葉を飲み込んで、杉山に耳を傾けた。が…
『怖がってなかったよ。』
ん?どう云うことだ?
『そうだな。動揺はしてたけど…怯えてはなかったな。』
田辺が重ねて言ったところで、
『そう言えばあの時、本当はなんて言ったんだ?』
とうとう平木が核心を突いた。
万事休す。
いよいよか。
口を開きかけた時、またしても杉山が遮った。
『鼻毛が出てるって、こっそり教えてあげたんでしょう?あゆちゃんに聞いたよ。』
はい?
何故、そうなる?
『ああ、成る程。だから動揺してたのか。恥ずかしかったんだな。』
『あゆちゃんも災難だったな。格好イイ奴からそんな事言われたら…俺ならその場から逃げるな。』
『 …………。』
何も言えなくなってしまった。
俺だけのことであれば、この際恥を偲んで曝け出そう。
しかし…ここで事実を話せば、彼女の発言を否定することになる。
彼女が何故、杉山に誤りを告げたのかは解らない。
意図して誤りを告げたのではなく、単なる聞き間違いかもしれないが…あの短くて醜い単語を、鼻毛が云々などと云う言葉と聞き間違えるだろうか?
意図して誤りを告げたのであれば、それが何を意味しているのか…解らないうちは否定するわけにはいかないだろう。
しかし…何故鼻毛なんだ?
若干の疑問は残ったが、それは俺だけのものだった。なにしろ、他の奴等は事実を知らないからだ。
ただ一人を除いては…。
彼女の件は、夜になって杉山が電話をすると云うことで一先ず落ち着いた。
田辺の奴も、杉山の「鼻毛」発言で一応納得したようだ。
「一目惚れ」に関しての答えをまだ出していない為、再燃する可能性は残っているものの、話がそちらに流れるのを阻止すれば防げるだろう。
唯一納得していないのが、嘘偽りが通用しない最強の人物だ。
三人がそれぞれに納得しても、マスターだけは意味深な表情で俺を見続けていた。
『そう言えば…ライト、ピンボールが届いたぞ。』
マスターの言葉に、田辺が目を輝かせた。
『え、マジで?』
『ああ。裏に置いてある。』
『遊んでいい?』
『おお。セッティング終わってるから直ぐに遊べるぞ。』
喜び勇んで立ち上がった田辺に続いて、
『俺もいいスか?』
『俺も遊びたい!』
と、平木と杉山も立ち上がった。
俺も同乗しようと立ちあがりかけたが、マスターに阻止された。
『お前さんはダメだ。まだ聞かなきゃならない事があるからな。』
有無を言わせぬ態度を前に、逆らおうとは思えなかった。
同乗するのは諦めて、『はい』と言って三人の背中を見送った。
三人がバックヤードに続く「staff only」のドアを抜けたのを確認して、マスターがカウンターから出て来た。
『じゃあ、話してもらおうか。一体何があったんだ?』
そう言って俺の隣に座り、ニヤリと笑ったマスターが、心底恐ろしいと感じてしまった。




