天使と天邪鬼(4)
原口は最低な野郎だ。
自分勝手で自意識過剰。そして女にだらしがない。
そんな奴だが…彼女にとっては付き合っている相手であり、きっと大切な存在だろう。
自分の彼氏の不貞を、浮気相手から知らされた形なのだ。大丈夫なワケがない。
彼女は今…何処で何をしているのだろうか。
田辺も俺と同じ事を思っているのだろう。腕を組んで俯いて、難しい顔で黙り込んでいる。
こうして考えている間にも、彼女は何処かで泣いているのかもしれない。
探しに行った方が良いのではないだろうか…。
そう思って立ち上がりかけた時、杉山がのんびりと声を発した。
『大丈夫だと思うよ。』
『はあ?んなワケないだろう!』
杉山のお気楽な言葉に、今まで何があっても動じなかった田辺が声を荒げた。その様子に、杉山だけでなく、平木までもがビクッと肩を竦めた。
『あ、悪い。つい…。』
『あ、あのね、大丈夫って言ったのは、あゆちゃんはぐっちゃんの浮気を知ってて、別れようか迷ってたからなんだ。』
田辺が直ぐに謝ったことで、杉山は安心して次の言葉を発する事が出来たのだが、その内容は以外なモノで、不覚にも俺は、少し喜んでしまったのだった。
『どう云うことだ?詳しく話してくれ。』
田辺に促され、杉山が頷いた。
『実はね…』
杉山の話では、彼女が原口の浮気を知ったのは一週間程前だったらしい。その前に原口が他の女と抱き合っているのを目撃していたからか、ホテルから出て来た二人を偶然目撃しても、然程動揺しなかったそうだ。
杉山は彼女と以前から知り合いだったらしく、彼女から電話で相談されていたらしい。
『そうだったのか。』
田辺が唸るように言った。
『そんな事情だとしても大丈夫ではないだろう。浮気相手から挑発された形なんだぞ。』
俺がそう言うと、田辺も同意して頷いた。
『杉山、後であゆちゃんに電話してくれるか?』
『うん、解った。』
田辺から頼まれた杉山は、珍しく神妙な顔で頷いた。
『てかさ、なんで杉山があゆちゃんと電話してたんだ?まさかお前ら…』
何故こんな場面でそんなふうに茶化す事が出来るのか?些か謎ではあったが、平木の疑問は俺も同意だった。
『ち、違うよ!あゆちゃんのお父さんとウチの父さんが高校の同級生でね、中学まで毎年交流があったんだよ。お母さんから番号を聞いて電話したって言ってた。』
『ふうん…。まぁ、信じてやるよ。』
平木の言葉に、杉山は困り果てたような顔をした。
『原口に近い人間に聞いて欲しかったんだろうな。杉山は優しいし、適任だと思うよ。』
『そうだな。あゆちゃんも悩んだ末にそうしたんだろうし、これからも力になってやってくれ。』
俺と田辺の助け舟に、杉山は目を潤ませて頷いた。
一件落着に見えたその時、
『あー、成る程ね。だから吉元に会いたがったのか。』
と平木が言った。不意な発言で心臓が跳ねたのは、「会いたがった」の言葉があったからだ。
『どういうことだ?』
『昨日、本屋で偶然会ったんだよ。その時に吉元の話をしたんだ。ほら、原口を捩じ伏せた、あの時の話だよ。』
『彼氏を痛め付けた相手に会いたがるって…あゆちゃんは何を考えてんだ?まさか、吉元に頼んで更に痛い目に遭わそうとか…』
田辺の物騒な発言に、思わずギョッとして顔を向けてしまった。田辺はあくまでも真剣な顔で俺を見て、
『もしそうなら、協力するか?』
と、俺に確認する始末だった。
『違うよ、あゆちゃんがそんなこと頼むワケないだろう?そうじゃなくて、原口に意見してくれる相手は有り難いって、それで会ってみたいって言ってたんだよ!』
『ってことは、あゆちゃんも原口の暴走に困ってた、ってことか。』
平木の説明に、田辺は腕を組んで再び難しい顔をした。
いつまでも続きそうな勢いの議論に、マスターまで割って入って来た。
『その、あゆちゃんって子は、随分愛されキャラなんだな。そんな子がお前に会いたがってたんだ。対面を果たしてどうだったんだ?』
痛い質問だった。
しかも、多分この人は、俺の気持ちを解っていてぶつけて来たのだ。
その証拠に、俺に対して試すような笑顔を向けている。
それに加えて、田辺もマジマジと俺を見ていた。平木と杉山が入って来るまでしていた話の続きだからだろう。
だとすれば、ここで嘘をつく訳にはいかない。
しかし…正直に話すには、平木と杉山の存在が気になる。田辺とマスターなら黙っていてくれそうだが…この二人がどこまで黙って居られるだろうか?
考えた挙げ句、正直な感想の、当たり障りのない部分を話すことにした。




