天使と天邪鬼
運命のひと…。
ダイスのマスターが言った通り、直ぐに解った。
その人は、柔なか藤色の光の生体エネルギーを発している。
生体エネルギー、それはオーラとも呼ばれ、普通の人には見えないとされるものだ。俺やマスターのように特殊な人間には、それが見えてしまう。
特殊な力…それは時に、不幸な結末を予見させ、心に暗い影を落とす。不幸なことばかりではないのだろうが、俺はまだ、この力に明るいものを見出だせないでいた。
チャンネルを合わせるように、意識を研ぎ澄ませることでしか見えなくなっていたオーラが、何もしないのに予期せずに見えてしまった。
これこそが、「直ぐに解る」と云う根拠だったのだろうか?
振り向いて柔かな笑顔を見せたその人へと、田辺が歩み寄る。俺はただ、それを見ているしか出来なかった。
『久しぶり。』
『本当に久しぶりだね。由香さんの具合はどう?あれから大丈夫?』
『うーん…今はつわりで辛そうだけど、そのうち治まるらしいから大丈夫だよ。』
『そっか…良かった。』
田辺と話している間も、その人からは優しい光が溢れ続けている。奥さんの具合を心配するところで弱くなり、安心した様子で強くなった。どうやら、感情によって光が揺れ動いているらしい。
『原口は?』
『タバコを買いに行ったの。その後何処かに寄って戻って来るって。』
『そうか。置き去りにされちゃったのか。』
田辺の言葉に困った顔をして笑う姿に、何故だか胸が締めつけられた。そして、目が離せなくなった。
そうして見つめていると、田辺がこちらに顔を向けて手招きした。
少し迷ったが、応じて歩み寄る。
『最近入った吉元君だよ。』
杉山がその人に説明した。
その途端に、その人の光が大きく揺れた。そして、こちらに向かってぎこちなく笑った。
初対面だからだろうか?緊張しているのか?さっきまで見せていた笑顔とはまるで違って、貼り付けたような笑みだった。
それを見た途端に、チクッと胸が痛んだ。
(え?)
何故、胸が痛むんだ?
そう言えばさっきも…胸が締めつけられたのは何故だ?
今まで経験したことのない感覚に戸惑った。そして直ぐに理由が解った。
頭の中で警鐘が鳴り響く。
(それだけは、マズイな。)
そう思って意識を閉ざす。
これ以上、流されてはいけない。
意識を閉ざした状態でその人の前まで歩み寄り、
『吉元です。』
と、笑って右手を差し出した。
するとその人は、戸惑うように瞳を曇らせた。長いまつげが震えている。だが、それは一瞬だった。おずおずと俺の右手に右手を重ねて、まっすぐに俺を見上げた。
『藤崎です。』
そう言ってふわっと笑った。
その顔に、また胸が締めつけられた。
得体の知れない何かに囚われたようで流されそうになる。危うい感情に蓋をする為に、暗い方に意識を向ける。
自分自身への抵抗。無意識に暗い方に意識を向けた。
無意識だが、理由は解っている。
何故なら、この人は原口の彼女だからだ。
そう。
頭の中で響いた警鐘は、惚れてはならないとの警告だったのだ。
『下の名前は?』
『え?』
『藤崎さんの、下の名前。』
『あ、亜由美です。』
『亜由美さんか…』
そう言って、握られた手を引き寄せた。その人は『あ!』と言ってよろけ、俺に体を預けた。
甘い感情を払い除け、邪悪な感情にすり替える。そして、耳元でそっと囁いた。
『ブス。』
それを聞いた途端に、その人は息を飲み、直ぐに握っていた手を離した。そして直ぐに、後ずさって口元に手を充てた。瞳が涙で潤んでいる。
発せられていた光が見る見る萎んで、藤色の輪郭だけになっていた。
完全に嫌われたな。
だが、それで良い。
嫌われてしまえば、必然的に近寄れなくなる。芽生えかけた想いは、一瞬にして摘み取られた。
そう。自ら抹殺したのだ。
自嘲するように、唇の端を吊り上げた。
杉山も平木も、「信じられない」と言うような顔でこちらを見ている。
周りに居る人間も、皆同様の顔でこちらを見ている。
田辺だけが、悲しい顔で俺を見つめていた。
『な、何てことしてんだよ。あゆちゃんは原口の彼女だぞ!』
平木が慌ててそう言ったところでドアが開き、原口が入って来た。
『俺の彼女に何してんだ?』
彼女の隣に割り込んで肩を抱く原口に、どす黒い感情が沸き上がった。
『宜しくって言っただけだ。ちゃんと聞こえるように、直接耳にね。』
そう言うと怒るだろうと思った。
なのに原口は、何故か笑って納得したのだった。
『そっか。端正君、紹介するよ。俺の彼女のあゆだ。宜しくな。』
そう言って、見せつけるように彼女の肩を抱いた。
何度も『俺の彼女』と言う原口に、無償に腹が立つ。
『どうでも良いが、その呼び名は止めてくれ。俺は吉元だ。』
無表情でそう告げて、原口と彼女に背を向けた。いけ好かない野郎に肩を抱かれている彼女が、触れられている部分から蝕まれているように見えたからだ。
それ以上、見ているのは辛い。
そのままドアを開けて、喫煙室を後にした。




