『運命』は忘れた頃にやって来る(4)
『此処に居たの?随分探したよ。』
ゼイゼイと肩で息をしながら、情けない顔の杉山が言った。
『どうしたんだ?』
田辺が訊ねると、情けない顔から一転、パーッと顔を綻ばせて、杉山が田辺に抱きついた。
『来てたんだね!久しぶりだね。』
抱きつかれた田辺は、驚く様子も見せずにニコニコと笑って、杉山の頭を撫でた。
『久しぶりって、たった10日だぞ?』
『10日も、だよ。プリントとノートとってるよ。後で渡すね!』
『おう、有難うな。』
同級生にと云うより、兄に対するような様子の杉山。まあ、普段のコイツの様子を考えればあり得る話だが、実の兄に対してもこんな感じなのだろうか?
健雄君の顔を思い浮かべて想像してみたが、すぐに後悔した。気持ち悪くてムズムズする。
自分がされたら田辺のように対処出来ないだろうな、などと考えていたら、
『誰か探してたんだろう?急がなくて大丈夫なのか?』
と、貼り付いた杉山をやんわりと剥がしながら田辺が言った。大人な対応を見せた田辺に促された杉山が、思い出したように慌て出した。
『そうだった!吉元君、津田先生が探してた。急ぎだって。』
はあ?全く…早く言え!
『津田先生?職員室に行けば良いのか?』
一睨みしたいのを堪えて訊ねると、杉山はコクコクと、首を縦にふった。
『解った。行ってくるよ。』
缶コーヒーを一気に飲み干して立ち上がる。すると、田辺が手を差し出した。
『急ぎだろう?缶、捨てとくよ。』
『有難う。』
爽やかに笑う田辺につられて笑って返すと、隣で見ていた平木がため息をついた。
『吉元ってさ、やっぱり整ってるよな。羨ましいよ。』
今度は堪えず、思いきり睨んでやった。
何が?と聞かずに立ち去ったのは、余計なイライラを味わいたくないからだ。
それに、聞かなくても解っている。平木はここ何日も、俺の顔を見て『整ってる』と言ってため息をつくのだ。その度に睨みつけ、無言で抗議していたのだが、本人には全く届いていないようだ。
津田先生の件が無ければ、今日こそ物申すところだが…今は職員室に行く方を優先しなければ。
命拾いした平木をもう一度睨んで、屋上を後にした。
『津田先生はいらっしゃいますか?』
職員室の入り口で声をかけると、窓際の机の人物が顔を上げた。
『おう、吉元。』
津田先生だ。手招きされて中に入る。促されて応接セットのソファーに座ると、テーブルの上に用紙を置かれた。そこには何名かの生徒の名前が書かれていた。
『呼び出してすまんな。実は頼みがあってな。まあそのう…断られたら困るんだが、断られても文句は言わん。』
何だか歯切れの悪い言いまわしだった。
『とりあえず話していただけますか?』
津田先生の言い回しは気になったが、話を聞かなければ判断も出来ない。受けるか断るかは、その後で考えることだ。
俺の顔を窺いながら、津田先生はもう一枚プリントを差し出した。
『合同模試、ですか?』
プリントには、県内の有名な予備校の名前が記されていた。
『そうだ。それを受けて欲しいと、理事長からの伝言だ。』
『理事長からの命令と云うことですか?』
俺の問いに、津田先生は困ったような顔をした。
『命令じゃないが…そう思うか?』
理事長が絡んでいる時点で、断れないのだと思った。だから命令だと感じたのだが…多分津田先生は、そうじゃないと思わせたいのだろう。
『違うと思いたいです。』
津田先生の気持ちを考えてそう答えたのだが、当の先生は苦笑いを返してきた。
『有難う。キミは大人だな。』
そう言われて、思わず照れてしまった。予想外の言葉に無防備に反応してしまった結果だった。
『命令じゃないよ。力を貸して欲しいだけだ。』
『力を貸す?』
『そう。この模試は今回が初でね、見ての通り有名予備校の主催なんだ。要は、この模試の結果がその予備校のレベルとなる訳だ。』
成程、そう云う訳か。
首肯く俺を見て、津田先生は更に続けた。
『ウチからは早慶選抜の生徒が参加するんだが…理事長は連中のデキに不安があるらしくてね、是非ともキミの力を借りたいとのことなんだ。』
『早慶選抜』と聞いて、原口の顔が浮かんだ。
他の奴らがどうなのかは解らないが、原口の顔が浮かんだ時点で、理事長の不安は解るような気がした。
『そうですか。解りました。』
『やってくれるか?』
前のめりな津田先生に気圧された。
『は、はい。』
引き気味に応じたのだが、津田先生は大喜びだった。
『そうか!有難う。』
俺の手を掴み、そのままブンブンと振る。そんなふうに無邪気に喜んでくれる津田先生には悪いが、全く乗り気ではないだけに複雑な心境だ。
『いやー良かった。責任者になってしまって参ってたんだよ。あ、ここに名前を書いてくれるか?』
俺の気持ちを知らない津田先生は、上機嫌で話を進めた。言われた通りに名前を書いて、詳しい要項の書かれたプリントを受けとり…当日の段取りを聞き終えた頃には、ドッと疲れてしまった。
すっかり上機嫌になった津田先生から出口まで見送られる。そのまま廊下に出て角を曲がる頃には、疲れは後悔に変わっていた。
とは言え、後の祭りである。
『はぁ』とため息をついて、エントランスへ向かった。




