暴君と端正くん(3)
地下の喫煙室はやけに荒廃した雰囲気だった。六畳程のスペースで空気清浄機がフル稼働していたが、それでも、学生達が吐き出した煙で白く煙っていた。足のついた大きな灰皿が四隅に設置してある。ドアの正面には自動販売機が2台。一方は缶や瓶の飲料、もう一方は紙コップの飲料の販売機だった。
中に入ると直ぐに杉山が声を掛けて来た。
すると、杉山の近くに居た男が数人、此方に顔を向けた。
『あれ?ぐっちゃんは?』
その中の一人に平木が訊ねた。
『職員室に寄ってるよ。』
『え?マジか。』
じれたように言った平木に、背後から声が掛けられた。
『マジか、の次は何だ?文句でもあるのか?』
振り返ると、男がドアを開けて入って来るところだった。その男は偉そうにふんぞり反り、糸のような目で平木を見据えた。
見た途端に吐き気がした。
黒い靄のようなモノを纏い、表現し難い色の生体エネルギーを発している。
間違いない。コイツだ。
『文句なんか無いよ。』
『ふうん……だよな。お前如きに、俺が文句を言われるわけ無いもんなぁ。』
『如きってなんだよ。』
『文字通りだ。何か問題でもあるのかよ。』
平木とその男とのやり取りで、急速に場の空気が冷えていくのが解った。
違和感を感じた。
同調して平木を攻撃する奴が居てもおかしくないのだが…不思議なことに、取巻きであろう男達は、誰一人として口を開かなかった。固唾を飲んで見ている、そんな感じで黙って立っている。
コイツらが最初から一緒に居るのなら、2週間は共に過ごしている筈だ。なのに、誰一人、加勢する者が居ない。
その事実から、コイツらはこの男の仲間と云うより、仕方なく従っているのだと解った。
平木とは昨日初めて会った。付き合いは長くないが、昨日の時点で良い奴だと感じた。
その平木が、目の前で攻撃されている。
我慢ならなかった。
『問題だな。いくらなんでもその言い草は無いだろう?』
周りに居た人間が、一斉に俺を見た。
『あ?誰だお前。』
ソイツが顔を斜めにしゃくって詰め寄った。
因縁をつける様な下品な態度で、まるで素行の悪い中高生のガキだ。
『吉元だ。』
詰め寄りながら睨み付けるソイツを見据えて名乗った。
すると、ソイツの態度が一変した。
値踏みでもするように、上から下へと、舐め回すように視線を移す。
再び吐き気が襲った。
顔をしかめたくなるのを我慢して、更にソイツを見据える。
『へえ、アンタが噂の吉元君か。ふーん、噂通り、キレイな顔してんなあ。』
それこそ、何か問題か?
俺のこの顔が、お前に迷惑でもかけたか?
そう言いたいのを堪えて、冷静に返す。
『どんな噂があるのかは知らないが、俺が吉元だ。』
『そんな恐い顔すんなよ。キレイな顔が台無しだぞ?なんてな。』
馬鹿にしたようにニヤリと笑われ、自分の顔に青筋が浮かぶのが解った。
『長い睫毛だな。鼻筋が通って、目も二重。羨ましい顔してんなあ。』
ソイツはそう言いながら目の前に迫った。俺より背が低い。身長は170センチ位だろうか?卑下た態度だが見上げる形のソイツの姿が、段々滑稽に見えて来た。
『女でも口説くような言回しだな。俺に惚れたか?』
ニヤリと笑うと、背後で息を飲むのが聴こえた。
杉山だった。
俺が自分と同じ目に遭うのを心配しているのだろう。
だが、それが狙いだった。
相手が罵倒するように、わざとそう言ったのだ。
なのにソイツは挑発には乗らなかった。薄い唇の片方を上げて『フン』と笑っただけだった。
『惚れて欲しい?』
『いや、遠慮する。アンタは好みじゃない。』
『俺の方は返事次第じゃ好みだね。⚪稲田蹴ったって本当なのか?』
『誰に聞いたんだ?』
『サキちゃんだよ。』
『ああ、あの口の軽い女か。』
『で、本当に蹴ったの?って言うか、武勇伝欲しさの嘘なんだろう?』
ここでやっと好機が廻って来た。コイツは確か、早慶選抜クラスの筈だ。
『事実だ。直前で進路変更を余儀無くされたから記念に受験した。』
目線が反れて、ソイツは目を泳がせた。
『進路変更?』
『ああ。物理を学ぶのに⚪稲田を志したが、医者にならなきゃならなくなった。だから合格したけど蹴った。これが真実だ。』
『すげえ…。』
声がしたのは背後からだった。取巻きの一人が発したのだった。
『ふうん。じゃあ良いわ。何も言う事は無い。仲良くしようや、端正君。』
男はまた、唇の端を片方上げて、卑下た笑みを浮かべた。それと同時に、男の纏う黒い靄のようなモノが蠢いた。
コイツは俺を利用するつもりらしい。
冗談じゃない。
『仲良くするかはアンタ次第だ。人に名乗らせておいて自分は名乗らないのか?俺は、礼儀を知らないヤツとはつるまない主義だ。』
男の薄ら笑いが消えた。代わりに、威嚇でもするように、眉間に筋が現れた。
『俺は原口だ。ここで楽しく過ごしたいなら、その態度はどうにかした方がいいな。綺麗な顔に傷は付けたくないだろう?なあ、端正君。』
その言葉で、背後に居る人間が一斉に身動ぎした。
『フン。』
周囲の思いに反して鼻で笑って返してやった。これこそ望んでいた状況だからだ。




