暴君と端正くん
どれくらい眠っていたのだろうか?人の気配で目が覚めた。
驚いて飛び起きると、母が段ボール箱を抱えて立っていた。
『あら、起きたのね。お早う。』
『起きた』じゃない。アンタが『起こした』んだ。
『朝っぱらからなにしてんの?』
起き抜けでイマイチ頭が回らない。なんとか状況を把握しようと訊ねたら、抱えている段ボールをポンと叩いて、母は当たり前とでも言うように答えた。
『なにって、荷作りよ?』
荷作りだと?
訊ねた俺が馬鹿だった。余計に事態が解らなくなってしまった。
『そうか、荷作りか。取り敢えず支度する。』
何故、寝ている息子を叩き起こしてまで、朝っぱらから荷作りをするんだ?
俺に言わせれば立派な奇行である。
どうやら母は、朝イチで無双状態に突入したようだ。こうなったらもう、此方が何を言っても無駄である。
これ以上係わるのは、エネルギーの無駄遣いでしかない。
さっさと支度して家を出てしまおう。
着替えを抱えて下に降りると、父が仕事場に向かうところだった。
『起こされたか。朝からすまんな。』
苦笑いの父に、
『大丈夫、もう慣れた。』
と、俺も苦笑いで返した。
玄関で父を見送り、急いで支度に掛かった。
用意してあった朝食を辞退して、身支度を整え…
『行ってきます。』
2階に居る母に声を掛けて、逃げるように家を出た。
と言うか…『逃げるように』ではなく、母から『逃げる』為に家を出たのだが、ここは『ように』を付けておく。母の名誉の為に。
予備校通い2日目の朝も、軽い目眩いと共に電車を待つことになった。
昨日に引き続いての母の謎の行動で、朝から無駄にエネルギーを消費してしまった。
本来母は、あそこまでのお惚け人間ではない。どちらかと云うとしっかり者で、抜け目の無い人なのだ。
あんな風になってしまったのは…思い起こせば、俺の浪人が決まってからだ。
そう、一樹の葬儀の日…くそ爺から、強制的に進路変更を言い渡されてからだ。
それを思えば、母の奇行は俺の浪人が原因である。
それ即ち、くそ爺が原因であるのだ。
( ………。)
考えるのは止めればよかった。
くそ爺に行き着いてしまったせいで、頭痛までして来た。
眉間をぐいぐい押して、治るはずのない頭痛と共に予備校へと向かった。
『おはよう、吉元君!』
エントランスに入ると直ぐに、無駄にニコニコと笑いながら、杉山が声をかけて来た。
『どうも。』
片手を挙げてそれに答えると、杉山の背後に居た女共が、一斉にソワソワし出した。
『ちょっと話があるんだ。平木が待ってるから一緒に来て。』
タイムカードを押すや否や、杉山から耳打ちされた。
『約束では昼休憩のはずだが?』
訝しく見遣ると、困った顔を返された。そのやり取りの間にも、女共がなにやら小声で話ながら、跳び跳ねる等無駄な動きをしている。
イライラが一気に高まった。
『そのことで打ち合わせたいことがあるんだよ。』
『打ち合わせ?昼休憩の件は、そんなに厄介なのか?』
またもや困った顔を返す杉山。
そしてまたもや、女共が無駄な動きをする。
(ああ、面倒くさい!)
居心地の悪さたるや!とりあえず移動したい。
『解った。何処だ?』
渋い顔で嫌々了解する。すると、杉山がパーッと顔を綻ばせた。
『良かった!こっちだよ。』
腕を捕まれた。
『その前にソレをなんとかしろ。』
杉山の後ろを目で差す。慌てて振り返る杉山。
『とりあえず荷物を置いて来る。お前はソレをなんとかしてから来い。』
そう言い残して、別館にある自分の教室へ向かった。
教室に入ると、昨日と同様の空気を感じた。チラチラと此方を伺いながら、声を描けようかと迷っているらしい輩がちらほらと。
だから此方も昨日と同様に、【話しかけるなオーラ】を発して応戦する。
そして、話しかけられる前にと机に鞄を置いて、急いで外へ出た。
教室を出るとほぼ同時に、杉山がやって来た。
『お待たせ。こっちだよ。』
杉山の後に続く。
連れて行かれたのは、屋上の喫煙コーナーだった。
『吉元君!おはよう。』
煙草を片手に、平木が手を挙げた。
俺も手を挙げてそれに応えた。
『朝からごめんね。ちょっと耳に入れときたくてさ。』
『ごめんね』と言いつつも、平木にはちっとも悪びれた様子が見えなかった。
『なんだ?』
灰皿の脇に設置された自販機で、缶コーヒーを買いながら訊ねた。
『昼に会わせたい奴のことなんだけど…』
平木の言葉を聞きながら、隣に移動して煙草に火を点けた。深く吸い込んで吐き出すと、気持ち良く晴れ渡った空に、煙が揺れながら昇って行った。
『実は…』
『かなり厄介な奴なんだろう?』
言いにくそうに言い淀む平木に代わって、俺の方から切り出した。
『バレてた?』
平木はそう言って、ニヤリと笑った。
『昨日の時点でな。』
『ほらぁ、言った通りでしょう?』
俺の言葉に重ねるように、杉山がそう言った。それから、平木の向こうからひょこっと顔を出して此方を見て、
『ごめんね。』
と、付け足すように謝った。
『もういい、謝るな。解った時点で諦めてる。で?どんな奴なんだ?』
缶コーヒーのプルタブを開けながら訊ねると、二人同時に苦笑いをして話し出した。




