表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

遠雷~side コレット~

完結マークを付けてからの追加ですみません^^;

番外編に載せるつもりだったのですが、やっぱりこっちに……。





 ヴィルフレッド=ラヴィネルは、私の三つ上の兄。お菓子の腕を磨くべく、世界中を旅している。

 私が自分のお店を出すときに、ここ(ティル・ナ・ノーグ)を選んだのも、以前兄がここを訪れて素晴らしい街だと言っていたから。

 そんな兄が、突然店にやってきた。


「コレット! 久しぶりだな!」


 両手を広げるヴィルの胸に、思わず飛び込んだ。埃っぽい外界そとの匂いにまざって、懐かしい匂いがした。


「ずっと来られなくてごめんな。

 立派な店だな。お客さんもちゃんと……あ、邪魔しちゃ悪いな。

 閉店まで、その辺ぶらぶらしてるよ」


 そう言って、ヴィルは出て行った。お店の入口で見送ってから、お客様をお待たせしていたことを思い出す。


「す、すみません」


「いいえ、大丈夫です。お知り合いですか?」


「えぇ、ちょっと。プティング四つと焼き菓子の詰め合わせでしたよね。包装はいかがなさいますか」


「自宅用なので、そのままでいいです」


「わかりました。ありがとうございます。またのご来店をお待ちしています」


 お客様に続いて、クラウス様もお帰りになった。見習いさんの研修って、大変そう。差し入れを受け取ってくださることになってよかった。


(フィロジキィって、フィラッカーでいいのかしら。

んん、今度、市場に食べに行ってみようかな。ヴィルも連れて行けば、喜ぶかもしれないわ)


 その日もそこそこの客足で、お菓子は順調に売れた。売れ残った分は、いつもはご近所さんに配っているのだけれど、今日はヴィルがいるから試食をしてもらおう。


 カララン。

 ドアベルが鳴った。


「ただいま。そろそろいい?」


「お帰りなさい! うん、今、閉めようと思ってたところ。

 上がって。お茶淹れるから」


 カフェコーナーの椅子に腰かけたヴィルに、花茶を淹れる。それから、ちょっとどきどきしながら、私の作ったお菓子を並べた。


「よかったら、感想くれない?」


「おっ、コレットの菓子かぁ。いいよ。へぇ。美味うまそう」


 ヴィルが一番に手に取ったのは、“ニーヴ(エログ・)を讃える(フルール・オ・)ニーヴ”。

 これは売れ残りじゃなくて、ヴィルのためにとっておいたものだ。


「これ、すごい凝ってるな。上の林檎は……揚げた? いや、干して焼いたのか。

 パイ生地が……へぇ、なるほど。あぁ、これは、いいな」


 ヴィルは一つ一つの素材を確かめながら、ちびちびと食べていく。私はといえば、伝票を数えながら、ヴィルのつぶやきに聞き耳をたてていた。

 一つ目のお菓子を一通り食べたヴィルは、他のお菓子にも手を付けていく。


「ん~、これはちょっと甘さがくどいかな。いや、こういうのが好まれるのか?

 俺ならもっと……。こっちはホワイトショコラ? ふぅん。なかなか……」


「どぉ?」


 ヴィルがフォークを置いて腕組みするのを見て、話しかける。


「うーん、俺ならこうするってのはあるけど、どれも美味いよ。

 コレット、腕上げたなぁ」


「本当? ありがとう!」


「で、これはさ、なんでこういうふうにしたの?」


 ヴィルが指さしたのは、さっき「甘さがくどいかな」とつぶやいていたお菓子。


「あぁ、それはね。クラウス様が……」


「クラウス様?」


「うん。お客様なんだけど、お店のことですごく困ったときに助けてくださったの。

 それからお話するようになって、お菓子のアドバイスをいろいろいただいているのよ。

 すごくお菓子が好きな方で、ティル・ナ・ノーグのお菓子にとっても詳しいの」


「へぇ。その人が、これくらい甘いほうがいいって?」


「そう。伝統的に、このお菓子はこういう味なんですって。

 お祝い事とかに使うみたい。私も、言われていくつかのお店のを食べてみたわ。

 これでもあっさりしてるくらいなのよ」


「へええ。ところ変わればってやつだなぁ。

 年は? 近いの?」


「んん、十歳くらい上だと思うわ」


「そっか。頼れる友達ができてよかったな」


 テーブルに頬杖をついたヴィルは、にこっと笑ってそう言った。


「友達っていうより、あのね、えっと」


「何?」


「私の、憧れの人っていうか……」


 まさか、ヴィルに「好きな人です」なんて言えるわけがない。

 もじもじと言う私に、ヴィルはそんなに興味はなさそうに「ふぅん」と言った。


「そんだけ歳が離れてれば、友達ってわけにもいかないか。

 なんにせよ、頼りにできる人がいるんだな。少し安心したよ」


「うん! お隣のメリルさんもとってもいい人でね……」




 そうやって、ティル・ナ・ノーグで出会った人たちの話をしていたら、あっという間に時間が過ぎてしまった。

 かなり遅くなってしまったお夕飯を食べて、私は寝台ベッド、ヴィルはソファで寝る。


「でね、クラウス様がそのとき……」


「ははっ、おまえ、ほんとその人のこと好きなんだなぁ」


「えっ、す、好きって、そんな」


「だって、さっきからずっとその人の話ばっかりだぞ。

 甘いもの好きで、無口だけど菓子には詳しくて、いつも的確な助言をくれて、最近は一緒にカフェに行ってるんだろ。

 日中も毎日のように来てくれるのか。優雅だなぁ。子どもはいないの?」


「子ども? いない、と思うけど」


 ヴィルったら、何を言い出すんだろう。

 え? いない、よね? 私、そういえばクラウス様の私生活ってあんまり知らないな。


「結婚はしてるよな? 十歳上でしてないってことないだろ」


「してないと思うわ」


 たぶん。

 そういうことって聞いたことないなぁ。

で、でも聞けないわよね。奥さんいるんですか、なんて。どうしてそんなこと聞くのかって言われたら、なんて答えていいかわからないもの。

 ご家族のことを聞くならいいかしら。

 今度お会いしたらさりげなく話題を振ってみようと思っていると、ヴィルもなんだか会話がかみ合わないことに気付いたのか、一瞬黙り込んだ。

 暗くてわからないけど、きっと顔が見えたら「???」ってなってると思う。


「ふぅん。……まぁ、人それぞれか。じゃ、職業婦人ってやつ?」


「ふじ……? お仕事は騎士団だわ」


「え、騎士団の事務とか? もしかして女性騎士?」


 あぁ、わかった。

 ヴィルはクラウス様のことを女性だと思って話してたのね。

 そっか。菓子店に足しげく通うって、男性のイメージじゃないものね。


「違うわ、ヴィル。クラウス様は男性なの。

 言わなかったかな。ティル・ナ・ノーグ天馬騎士団の分隊長をなさってるの」


「だん……っ、男!?」


「うん」


 ヴィルががばっと起き上がった。


「おおお、男!?」


「うん。名前でわからなかった?」


「いや、まぁ、男性名だけど、女でもいなくはないかなと。

 男おぉぉぉ?」


 あれ、なんだろう。

 ヴィルが頭をかきむしってる。

 ひとしきりなんだか暴れたと思ったら、寝台ににじり寄ってきて私の顔を覗き込んだ。


「そいつのこと好きなのか」


「えっ」


「どこまでいった」


「どこまでって……カフェとか孤児院とか」


「そういうボケはいらねぇっ

 男? なんてこった。俺のかわいい妹に羽虫が寄ってきてやがった」


「ちょっと、ヴィル。しばらく会わない間に口が悪くなったんじゃない?」


 前にヴィルに会ったのは、もう二年近く前。

 ティル・ナ・ノーグにお店を出すときに、故郷で見送ってくれたのが最後だった。


「うるさい。手は? つないだのか。

 もしかして、キ、キスとか。ここに泊めたのか?」


「ヴィルっ、何言い出すのよ!」


 ヴィルに言われて思い出したのは、クラウス様が私の髪に口づけた夜のこと。

 あれってどういう意味だったのか、いまだにわからない。


「なんだよ、おまえ、赤くなって!」


「顔色なんて、こう暗くちゃわからないでしょ!

 馬鹿なこと言ってないで、早く寝て!」


「あああ、コレットぉ! 大人になっちまったのかぁ!?」


「私はとっくに成人おとなよっ

 明日も早いんだから、私、寝るからねっ」


「とっくに? コ、コレットぉぉぉぉ」


 ヴィルはまだ騒いでいるけど、相手にしない。

 もうっ、す、好きかどうかなんて、聞かないでよっ




 翌朝、起きてみれば、ヴィルはちゃんとソファで毛布をかぶって寝ていた。

 旅をしてきて疲れているだろうと起こさずにいると、お昼すぎに「腹減った」とのっそり起きてきた。

 お客様が途切れたところで、一緒にお昼ご飯を食べる。


「クラウスってやつ、今日来た?」


「ううん、来てないわ。見習いさんが来てて忙しいっていってから、しばらくいらっしゃらないかもしれないわ」


「そっか。くそう、顔を拝んでみたかったな」


「昨日いたわよ」


「え?」


「ヴィルが来たときに、カフェコーナーにいらしたわ。

 だから、てっきりわかってるものと思って……」


 そういえば、お帰りになるとき顔色が悪かったような気がする。大丈夫かしら。


「覚えてないな。騎士団に行けば会えるのか?」


「どうかしら。あ、今度差し入れをする予定だから、もしその頃までいるなら、持って行ってくれない?

 森の中で演習をするんですって。その日がちょうど定休日なら私が持っていけるんだけど、たぶん違うから」


「お、わかった。

 ここの食文化もおもしろいからな。前はあんまりゆっくりできなかったから、しばらくいるよ」


「うん」


 そうしてヴィルが私の家に居候いそうろうすることになって、代わりにクラウス様はぱったりいらっしゃらなくなった。

 やっぱりお忙しいんだろうな。

 今度の定休日は……きっとお休みになりたいだろうから、ヴィルと市場に行こう。クラウス様がお好きだという、フィロジキィを食べてみなくっちゃ。




 そうして、差し入れをした日。

 なかなか帰って来ないヴィルに、寄り道でもしてるのかなと思いながら閉店処理をしていると、顔見知りの分隊員さんが駆け込んできた。


「コレットさん! すみません、お兄さんが怪我をなされて……!

 お手数ですが、至急宿舎までいらしていただけませんか?」


「えっ」




 あのときは、本当に驚いた。でも、行ってみればたいしたことはなかったみたいで、元気だった。

 それよりも気になったのは、少しお痩せになったクラウス様のこと。やつれた頬に、傷まであった。


「こちらも、お怪我を」


 頬の傷に手を伸ばしたら、びくりと身を引かれた。痛むところに触ってしまったみたい。ご、ごめんなさい。

 初めて入ったクラウス様のお部屋は、実用一徹という感じで、余計なものは何もなかった。でも、机の上に置かれたちょっとした物とか、走り書きのメモとかが目に入ってどきどきした。


 帰り際、なんだか名残惜しくて振り向いたら、クラウス様が気付いてくださった。組んでいた腕をほどいて「どうした?」というように目線を送ってくれる。


「あの……。おやすみなさいませ」


 何を言ったらいいかわからなくて、二度目になってしまったあいさつをする。


「あぁ。おやすみ」


 するとクラウス様も返事をしてくださって、怪我をしていない方の腕をあげて手を振った。


 ……その手で撫でてほしいな、なんて思うのは私が贅沢になってしまっているせいかな。


 クラウス様。

 どうして、あのとき私の髪に触れたんですか?

 どうして、お忙しいのに、休みのたびにカフェめぐりにつきあってくださるんですか。

 どうして……。


 これ以上考えると、自分に都合のいい期待をしてしまいそうで、慌ててヴィルを追いかけた。

 ヴィルは、なんだかエメリッヒさんとの間に微妙な空気を醸し出していた。

 この二人、少し似てるように思えるのは、私の気のせいかしら。




 大通りを家に向かって歩く。






 どこかで、犬の遠吠えが聞こえた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ