〝伝説の騎士団長〟
「まあ、気付いてらしたんですのね」
「はい。今日ご挨拶した際、普段の剣とは違うと思っておりました」
「わたくしのおじいさまが王立騎士団の騎士団長だったのはずいぶん昔のことですのに」
決闘が終わり、決着後の一礼も済ませたにもかかわらず、レオンハルトは頭を深々と下げたままである。
「騎士団本部に飾られた伝説の騎士団長の肖像画に描かれているその美しい剣、この僕が見間違えるはずがありません……!」
「おじいさまの肖像画、騎士団本部にもあるんですのね」
「すみません、誠に勝手ながら僕の執務室に移させていただきました」
ジークフリート・ローデンベルク。
レオンハルトが騎士を目指した頃から〝伝説の騎士団長〟と崇める人物だ。そしてその家名が表す通り――伝説の騎士団長の孫娘こそが、先ほどまでレオンハルトと火花を散らしていた剣士セレスティーヌ・ローデンベルクなのである。
はじめは、血筋かと思った。
レオンハルトはこれまでのセレスティーヌとの決闘を振り返る。
一昨日教わったばかりという騎士団流の派生技をあっという間に使いこなす器用さと知識の吸収力。レオンハルトが戦いの最中に見せた技を八割の再現率で繰り出してみせる観察力と四肢の動かし方。これらすべて、先の大戦で武功を挙げて逆転勝利に導いた伝説の騎士団長――ジークフリート由来の遺伝子なのかと思っていた。
だがそうではない。
たしかにセレスティーヌはジークフリートの孫である。だが、彼女の戦闘技術と、長年培ってきた結果であろう勘のよさ、そして腕力比べにも嬉々として応じるあの表情。何より剣を持つ者としての礼節と不屈の精神。
セレスティーヌはおそらく、レオンハルトがそうだったように、親族たちから惜しみない教育を受けてきたのだろう。彼女の祖父ジークフリートは、その親族たちの一人に過ぎないのではないか。レオンハルトはそう推測した。伝説の騎士団長が身近にいてくれる環境を心から羨ましがりながら。
「こちらの剣はつい先日、わたくしが父から譲り受けましたの。よければご覧になってくださいまし」
「いいんですか!?」
先ほど、あんなに目の前で拝めたというのに。がばっと顔を上げたレオンハルトは、まるで宝物を見つけた少年のような表情だ。「もちろんでしてよ」とセレスティーヌはにこやかに剣を差し出す。
「い、いえ、剣はそのままあなたがお持ちください」
「あら……そう遠慮なさらずともよろしくってよ」
「いえ。僕がおいそれと触れていい剣ではありません」
レオンハルトは眉を顰めて拒絶した。ただ見せてくれるだけで幸せなのだ。レオンハルトの手は拒否しつつも、視線は遠慮しなかった。
「おお……これはかの名匠の刻印……」
レオンハルトが唸った。
先ほどは戦いに夢中で気が付かなかったが、刃の根もとには王立騎士団でもその存在を知らない者はいない鍛冶職人の名が繊細に刻まれている。レオンハルトが全力で叩いても平気だった、厳選された鉱物で作られた刃だというのに、こうも丁寧に名を彫れるのか。
「あ、少し古い傷がある……」
「そちらは大戦中についたものだと伺っておりましてよ」
「この剣で一番の武勲を立てたという証拠ですね……!」
大戦が終結したのはもう何十年も前のことだが、この剣はちっとも錆びている様子がないどころか、現代にて鍛造されたと言われても信じてしまいそうなほど見事な輝きを放っている。
「手入れ、ずっとなさっていらっしゃるんですね」
「はい。父は騎士にこそなりませんでしたが、我が家に伝わる武具は金銭を惜しまずに大切になさっていますの」
「素晴らしいお父上だ……!」
レオンハルトも知っていることなのだが、セレスティーヌの父、現ローデンベルク伯爵は外交官である。
レオンハルトのかつての上司、先代の騎士団長とローデンベルク伯爵は古くから馴染みがあったようで「なんであいつが王立アカデミーで文官クラスだったのかわからない。ほんと意味不明」と時折ボヤいていた。なぜ先代がボヤいていたか。その理由はレオンハルトにもわかる。
「ローデンベルク卿は剣の達人とお聞きしています」
そう。伝説の騎士団長ジークフリートの実の息子であり、セレスティーヌの父であるローデンベルク伯爵は、外交官でありながら剣の達人で有名なのだ。
「武具ということは、まさか伝説の騎士団長の危機を救ったという鎧もまだ現役で!?」
「あ、そちらは昨日、博物館に寄贈いたしましたわ」
嘘だろう。レオンハルトはがっくりと肩を落とした。
「僕だったら絶対家宝にするのに……」
そして素直な気持ちを言ったのだった。
「『使われない武具に価値など無し』が我が家の家訓の一つでしてよ」
「……たしかにあの方の体格にしか合わない鎧だとは聞いているが……ッ」
レオンハルトは腰を落とさずにはいられなかった。
あの伝説の騎士団長の鎧が。かつて王国に降伏した城塞都市を見捨てることなく守り抜き、敗北確定と目されていた同盟軍相手の大戦をその身一つで逆転勝利に導いた伝説の騎士団長の鎧が。目の前でセレスティーヌが抱える名匠の美しき剣とともに大戦の戦火の中を駆け抜けた伝説の騎士団長の鎧が。
「公開はまだ先のことですが、博物館へご覧に行かれてはいかがですこと?」
「もちろんです」
そうか。博物館に寄贈されたということは、ガラス越しとはいえ、現物とは一定の距離が確保されているとはいえ、恐れ多くもこの目で直に拝見できるということだ。
そうだ。宝として大切にされる場所が変わったまでのこと。レオンハルトは立ち上がった。
「……ちなみに、他に寄贈されたものはありますか?」
「ひいおじいさまの鎧と、ひいひいおばあさまの鎧もですわ」
どちらも高名な騎士ではないか。必ず見に行こう。レオンハルトは博物館の展覧会告知を欠かさず確認することを心に誓った。
「それでは失礼いたしますわね、レオンハルト様。次こそ必ず勝たせていただきますわ!」
「はい。貴重な剣を見せていただきありがとうございました、セレスティーヌさん。また対戦、よろしくお願いいたします」
この日、レオンハルトが騎士団本部へ帰還する足取りも、いつになく軽快なものだった。




