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礼儀正しい脳筋どもの恋愛作法  作者: こせんきょう
王国歴代最強騎士はオタクである
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オタク、露呈する(二)


「――さあ、今日こそ勝ってプロポーズさせていただきますわよ、レオンハルト様!」


 とはいえ本当に騎士団にスカウトするかを問われると話は別なんだよな。レオンハルトは、決闘開始時刻を迎えるや否や求婚モードに突入したセレスティーヌと向き合いながら思った。

 不屈の精神と高潔さを持ち合わせている剣士セレスティーヌ。いつも白と青の、騎士のような礼装姿でレオンハルトの前に現れるのも、きっと彼女なりの敬意の表し方なのだろう。レオンハルトは、ふう、と息を整える。


 目には目を、歯には歯を、敬意には敬意を。レオンハルトはかつて両親に見せてもらった、自分が一歳の頃の写真を思い出していた。

 レオンハルトの生家グランツシュタイン公爵家には古くからの習わしがある。

 赤子が一歳を迎えたら、その目の前に剣、本、宝石が置かれる。そして赤子が選んで手に取った一つが、その赤子の未来の象徴であり、親族は皆その象徴のため、赤子へ惜しみなく資本を投じるのだ。

 一歳を迎えたレオンハルトが選んだのは、当然ながら剣だった。そして両親はレオンハルトを優れた騎士にすべく、武術はもちろん、騎士が守るべき国の知識、騎士の責任、王室と民がそれぞれ抱えている問題、近隣諸国との課題、人間としても騎士としても失ってはならない礼節を叩き込んだ。

 きっと、セレスティーヌもそうなのだ。レオンハルトは最大限の敬意を表すべく、するりと剣を抜く。


「対戦、よろしくお願いいたします。セレスティーヌさん」

「よろしくお願いいたしますわ、レオンハルト様」


 ただし求婚は丁重にお断りさせていただく。そのかわり、一人の騎士として全力で決闘に臨む。レオンハルトは地面を大きく蹴った。

 レオンハルトの白銀の頭がセレスティーヌの剣前まで届くのはたった一秒の出来事のように思えた。火花が宙に消える頃には、レオンハルトの両刃剣は振り下ろされたあとだった。



 まともではない。

 剣と剣がたった一度交わっただけにしては、耳をつんざくような轟音だった。セレスティーヌはカウンターを仕掛けずにいた自分の選択が正しかったと三秒遅れて理解した。風がない日だというのにやけに砂埃が舞う。セレスティーヌが思い切り後退したからだ。

 今までは手加減されていたのだ。この白銀の、偉大なる狩猟犬に。

 セレスティーヌは短く息を吐くとともに笑みを浮かべた。狩猟犬なら狩猟犬らしく、獲物を狩ればいいと思った。こちらは猪にでも熊にでも鷹にだってなってやろう。であるなら、獣が型にはまった剣など振るってたまるか。

 セレスティーヌが大振りに終わったレオンハルトの懐に潜り込む。そして鷹が勢いよく飛び立つように下から剣を振り上げた。

 重力を得て上から降ってくる剣と、すべての法則に抗って上へ昇る剣、どちらが不利かなどセレスティーヌにだってわかっている。ただセレスティーヌが聴きたかったのは、刃と刃が擦れ合う音だけである。そしてその深い青色の瞳に映したかったのも、今までで最も大きく咲き誇る火花だけなのだ。



 目の奥から、脳の奥から響くギリギリギリという不愉快な音がこれほどまでに心地よかったことがあるだろうか。このまま切っ先を離してしまうのが名残惜しいほどだ。

 まさか腕力差を承知しながら下から斬り上げてこようとは。レオンハルトはセレスティーヌの思い切りのよさを笑った。やはり騎士団にスカウトできるわけがない。

 そうだ。離れてしまうのが惜しければまた根もとに戻せばいいのだ。レオンハルトは一歩踏み込み、またあの音を強くした。あからさまな挑発だが、これに乗らない剣士ではあるまい。何よりその美しい剣を近くで見たいのだ、もっと。


 少し音が足りない。なら一瞬のうちに音色を変えてやろう。レオンハルトはセレスティーヌの剣を大きく叩き直した。鳴り響いた轟音は初撃より小さいが、レオンハルトは音が持続してくれるのが何よりも嬉しかった。

 あの剣なら折れることはない。まるで速い三拍子のワルツを一曲踊るように、レオンハルトは何度もセレスティーヌの持つ麗しい剣を叩いた。手加減など塵ほどもしてやらない。なぜなら無礼だからである。


 突いたとしたらこちらの剣が曲がるのだろうか。レオンハルトは思いつくよりも先に一歩後ずさり、その手でしかと握る剣で突いてしまっていた。案外曲がらないものである。一度だけでは湾曲までに至らないのだろうか。

 レオンハルトは片手で剣を持ち直し、速やかに連続して突き技を繰り出した。曲がらないし音も小さい。火花に至っては論外だ。物足りないな。この手中にあるのがレイピアだったらまた変わっただろうか。レオンハルトは自分の両刃剣を湾曲させることを諦め、やはり両手で持つことにした。


 こちらが上からのしかかった腕力勝負だけでは不公平だな。レオンハルトは先ほどのセレスティーヌと同じように、その懐に潜り込んだ。セレスティーヌの笑顔が大きな火花で隠れた気がしたが――ああ、やはり笑っている。これで平等だ。あとは思う存分のしかかられるだけである。

 レオンハルトは決して隙を与えぬよう、それでいて圧力を十分に受け止められる程度に足腰に力を込めた。もちろん剣を上昇させるため、腹から上へと体重をかけながら。


 セレスティーヌの手中の剣に見惚れているうちに、レオンハルトは体が軽くなるのを感じた。

 決着の音は、初撃の音よりも醜悪なものだった。だが、それでこそ剣である。レオンハルトの紺青色のマントが一つ大きく波打った。



 この剣を、もう下ろしてしまうのか。レオンハルトは自身の左手を剣から鞘へと移す。

 先ほどまで不愉快なあの音が響いていたとは思えぬ静けさだ。レオンハルトは乱れていた呼吸を整えながら、何も言えず、鞘へと剣を戻した。がちっと剣と鞘が噛み合う音が恨めしい。


「対戦、ありがとうございました」


 つい今しがたまで鳴り響いて音色を止ませてしまったという点においては、レオンハルトは負けを認めてもよかった。しかし、決闘では、レオンハルトはまごうことなき勝者である。騎士として、そして勝者らしく一礼した。

 セレスティーヌもあらかた息を整えられたらしい。数々の衝撃で乱れてしまった金髪は戻さないまま、レオンハルトと同様に「対戦、ありがとうございました」と言うだけだった。


 十歩以上離れているというのに、お互いの唾を飲み込む音すら聞けそうだ。レオンハルトはこの無言をどう割けばいいかわからず、ただじっとセレスティーヌと見つめ合う。

 いや、きちんと言わなければ。レオンハルトはセレスティーヌに歩み寄り、頭を下げた。


「伝説の騎士団長の愛剣と戦わせていただいたこと、心から感謝申し上げます……!」


 ありがとう。ありがとうございます。ありがとうございました。礼を言う。御礼申し上げます。感謝する。感謝申し上げます。思いつく限りの謝意の言葉をぶつけたかった。レオンハルトは熱のこもった目を固く瞑り、この身に受けた光栄をただひたすらに噛み締めた。


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