オタク、露呈する(一)
レオンハルトがセレスティーヌに申し込まれて決闘場へ向かうのはこれで七回目になるのだが、今日ばかりはレオンハルトも軽快な足取りだった。
朝練はとっくに済ませた。午前中の王宮との会議も済んだので、騎士団での仕事は午前と午後の分をまとめて終わらせてきた。訓練中の新米騎士へ個別に助言も残してきたし、市街地を一通り巡回してきた。
巡回中、路地裏でこそこそしている不審者を見つけたため、一睨みし、念のため何をしているのか質問したところ「また革靴を盗もうと思って」と返ってきた。どうやら先日捕まえて釈放になったばかりの例の盗難未遂事件の犯人だった。
聞けばただの牛革専門の革靴オタクだった。悪党には間違いないのだが、レオンハルト個人としてはあまり憎めない悪党だったので、「次に盗みを働いたら長期的に拘禁し、拘禁中はなめしが不十分な豚の革靴だけを履かせ続けるぞ」と伝えたところ「きちんと働いてお金を貯めて、とっておきの牛革製を買います」と納得してくれた。どうやらちゃんと職に就いているらしい。生活に困窮しているわけではなさそうだ。
即席ではあるが、「それでもまた盗みたくなりそうであれば必ず王立騎士団レオンハルトのところに来て牛革について存分に語り尽くすように。さもなくば豚革靴」という主旨の宣誓書を交わし、レオンハルトは牛革靴オタクを解放してやったのだった。
間に合った。王都で正式な決闘の場として百年以上も使用されている決闘場の門を潜り、レオンハルトは決闘の予定時刻の一時間前に到着できたことに胸を撫で下ろした。
準備運動でもするか。レオンハルトが肩を回しつつ通路を歩いていると、同じく肩を回しながら歩いている剣士――決闘相手のセレスティーヌと鉢合わせした。
「セレスティーヌさん。こんにちは」
レオンハルトは腕を下ろし、セレスティーヌに一礼する。
「ごきげんよう、レオンハルト様」
セレスティーヌはいつもの白と青の礼装姿である。そして剣を腰に提げたままレオンハルトにカーテシーをした。
「ずいぶんお早いんですね。まさかいつもこの時間に?」
「そうですわね。いつもこの時間には到着していますわ」
「予行演習ですか?」
「はい。風向きも気になりますし、砂地のコンディションも確認したいんですの」
レオンハルトは唸った。レオンハルトも日ごとの環境を確認しないわけではないが、セレスティーヌがアリーナを眺める目は任務地で分隊を率いる分隊長のそれである。
「よろしければ、一緒にアリーナを確認してみませんか?」
レオンハルトは通路の先を指しながら提案した。するとセレスティーヌの深い青色の瞳がぱあっと輝く。やはり分隊長の目だ。「ぜひ」と即答したセレスティーヌと一緒に、レオンハルトはアリーナへ移動した。
「風が少ないですわね」
「はい。一昨日も昨日も雨は降りませんでしたし、砂は乾いていますね」
「吹けば舞いやすいですけれど、砂埃で視界が潰される危険性は低そうですわ」
レオンハルトの期待通りの答えが返ってきた。セレスティーヌは、まだ戦意はない様子で、護身用のナイフをただ抜いて刃先をちらちら眺めている。レオンハルトは彼女が何を言うか、やはり期待を込めて待ってみることにした。
「日差しが強いので、反射光で目眩しはできそうですわ」
思った通りだ。おお、と感嘆するレオンハルトの目には、セレスティーヌはもはや分隊を率いる隊長として映っている。
「先日ご意見を伺った、騎士十名の件についてなのですが」
レオンハルトは今日の本題を切り出すことにした。そう、いつもであれば気が重いまま決闘場まで来るレオンハルトが、今日ばかりは軽快な足取りで来ることができた理由。
それは、バルドーの指摘を受けて改善した、十対一の戦術についてセレスティーヌの意見を聞こうと思っていたからである。
「十名を騎士とは限定せず、独自の戦闘スタイルだった場合、あなたはどう対処しますか?」
レオンハルトの薄水色の瞳は鋭い。その足元だけそわそわと砂を蹴っている。
ちなみにバルドーへ同じ質問をしたところ「諦めて降参する」と一蹴されただけだった。それはそれで有効な判断だとレオンハルトは思った。十名と敵対する単騎が、バルドー並に頭が回れば、だが。
この隊長レベルの剣士ならどう答えるのだろうか。レオンハルトは思案中のセレスティーヌの横顔をまじまじと見ている。
「十名の武器も自由でして?」
「もちろんです。まずは五名が剣、残り五名がそれぞれ十本の矢と短弓を所持していると想定していただきたいです」
「弓は面倒ですので、わたくしなら、まずは剣を避けつつ矢を消耗させますわね。放たれた矢は踏み潰しますわ」
「僕もです!」
そうだろうと思った。レオンハルトは頷いた。セレスティーヌほどの手練れ、そして相手の動きへ即座に順応できる剣士であれば、自分のように剣戟を続けながらまず矢を無くすだろう。
「では、弓兵の熟練度はどのように測りますか?」
「そんなの簡単でしてよ」
そうだろうな。レオンハルトはセレスティーヌの言葉を待つ。
「矢を放とうとしている相手の前に一名か二名、わざと剣士を差し出しますわ」
一緒だ。レオンハルトはとうとう両手で顔を覆った。
「ついでに剣士へ誤射してくださればラッキーですわね」
わかる。レオンハルトは顔を隠したまま、無言で小さく頷く。
「あの」
コホンと咳払いをし、レオンハルトは姿勢を正した。
「もしよろしければ、後ほど、騎士団本部へお立ち寄りいただけないでしょうか?」
「よろしいんですの?」
「はい。あれから戦術パターンをいくつか作成し、副官の指摘を受けて修正した資料があるんです。そちらを一度ご覧いただきたく――」
「お断りいたしますわ」
えっ。食い気味なセレスティーヌの拒絶の言葉に、レオンハルトは思わず肩を竦めた。
「わたくしはありがたいことに本部への通行許可証はいただきましたけれど、騎士ではございませんことよ。王立騎士団の戦術パターンなどという国家の軍事機密を見せていただこうとは思いませんの」
レオンハルトは頬の熱が冷めていくのを感じた。
「そうでしたね」
「念のため、今お話した対処法も忘れることにいたしますわね」
「ご配慮、感謝いたします。そして僕は、王を戴く騎士団の長としてあるまじき発言をしてしまいました。大変申し訳ございません。お忘れください」
レオンハルトは深々と頭を垂れ、悪い癖が出てしまったことを反省した。
それと同時に、不屈の精神に加え、騎士に相応しい高潔さをも持ち合わせているセレスティーヌを「騎士団にスカウトすれば?」と提案したバルドーの人を見る目のよさを、心の中で褒め称えるのだった。




