セレスティーヌちゃん、騎士団に再来
「これに目を通してくれ、バルドー」
セレスティーヌから六回目のプロポーズをされかけた日の翌朝、王立騎士団団長の執務室へ挨拶に来たバルドーを待ち構えていたのは、業務用デスクから立ち上がるや否や元気に分厚い資料を見せつけてくるレオンハルトだった。
「何スかこんな未明から」
おたく昨日決闘してきたんですよね、とバルドーはわざとらしく赤茶色の目を擦った。紺色の襟を広げながら、ついでにあくびもしておいた。
「昨夜ずっと戦術パターンを考えてたんだ」
「誰の。何の。いつの。どんな時の」
「十名の騎士が一名の人間と敵対した場合と、一名の騎士が十名の人間と敵対した場合のだ」
「うわぁ」
バルドーは分厚い資料の中身を想像してしまい、これから自分の頭に叩き込むことになる物量に胸焼けを覚えた。
「一応聞きますけど」
「何だ?」
レオンハルトは見落としがないかチェックしているのか、資料をぺらぺらとめくっている。
「全員剣?」
「……すまない、バルドー。やっぱり目を通してもらうのは明日まで待ってほしい」
言うんじゃなかった。バルドーは立場上せざるを得なかった質問をしてしまったことを心の底から後悔した。
「団長、昨日、いつもより帰ってくんの遅かったスけど」
「遅れてすまない。ローテーブルの上の書類を見てくれ。遅れた分の仕事は片付けた」
「見えてますけど」
バルドーもよく座る三人がけのソファの真正面には、ローテーブルの上に整理整頓された書類が並んでいる。バルドーはどかっと座り、提出すべき書類に漏れがないか確認していく。レオンハルトは早々に、いつも綺麗に磨かれている業務用デスクへと戻っていた。
漏れがないのが余計に腹立つ。バルドーは少し乱れた書類をとんとんと整え直した。
「地形と天候」
どこにもぶつけがたい現騎士団長の仕事ぶりへの苛立ちを、バルドーは戦術パターンへのぶっきらぼうな指摘に変えて発した。騎士団長の副官として資料の内容をすべて把握すべきと心得ているバルドーだが、その本心は、あんな分厚いのなんか一行たりとも読みたくねぇし覚えたくねぇ、これに尽きる。
「屋外か屋内か」
「なるほど。屋内なら、民家か敵の急拵えの本拠地か要塞か、もしくは防衛に不向きな城かどうかか」
また増えるなあ。バルドーは紺の袖をまくり、ソファの背もたれに両腕を置いた。
「人が横に三人並べるかどうか微妙なくらいの狭い路地か、それとも大通りかも分けておいてくれると助かりますねぇ……周囲の建物の高さとか、足場になるものがあるかとかも」
バルドーはもはや諦めの境地である。左膝に右足を乗せ、堂々と溜め息をついた。
「遮蔽物の有無もだな」
さすが歴代最強の騎士団長様だ、飲み込みが早い。バルドーは、ソファ以上に年季の入った石造りの天井を仰ぎ見た。
「上の状況もちゃんと見ときたいですかねぇ」
「想定外の落下物や増員の可能性を踏まえるためだな。となると地面や床が脆いかどうかも見ておきたいな」
「そうですねぇ……武器の現地調達ができるかどうかもですねぇ……」
バルドーは部下への挨拶が予定よりも大幅に遅れることへの理由説明を考えることにした。
自分が騎士団長に就任すると同時にバルドーが副団長に就任してくれてよかった。昼休憩を迎えたレオンハルトは、副官の仕事ぶりに感謝しつつ、昼食の前に走っておくか、と稽古場へ向かった。
「あら! レオンハルト様、ごきげんよう」
紺青色のマントごと、レオンハルトの全身が硬直した。そしてすっかり油断していた自分を恥じた。この凛とした高めの声、そして肩で切りそろえられた眩しい金髪、男のような白と青の礼装姿――まぎれもなく剣士セレスティーヌである。
「こんにちは」
目には目を歯には歯を、礼儀には礼儀を。そのように育てられたレオンハルトは、決闘場以外では会いたくなかったセレスティーヌの挨拶を受け止めざるを得なかった。
「なぜ、また、ここに?」
そう尋ねながらレオンハルトは稽古場全体を見渡した。騎士はちらほらいるが、先日とは違って山積みにされた騎士の姿はない。よかった。レオンハルトは安堵した。
「あ、俺が呼んじゃいました」
レオンハルトが山積みの騎士のかわりに見つけたのは剣片手に返事をするバルドーだった。バルドーは紺色の袖をまくり直しつつ続ける。
「他の連中もセレスティーヌさんに興味津々なもんで」
それは外部の剣士を呼ぶに値する理由なのだろうか。たしかに見物している騎士はいるが。レオンハルトは逡巡した。
「お稽古に混ぜていただいておりますの」
なら妥当か。レオンハルトはひとまず納得した。いや妥当ではない。レオンハルトはすぐさま納得を撤回する。
「関係者以外立ち入り禁止です」
レオンハルトの言った通り、王立騎士団本部は関係者以外立ち入り禁止なのだ。
「あ、俺が通行許可証を発行しちゃいました」
バルドーの発言にレオンハルトは目眩がした。王立騎士団本部への通行許可証は、現騎士団長と現副団長にのみ発行する権限がある。そのため、レオンハルトがバルドーに「勝手なことをするな」と文句をつけようにもつけることができないのだ。
今からでも食堂に向かう口実は見繕えるだろうか。さすがに稽古場でまでプロポーズされたくない。レオンハルトはなるべく失礼に当たらない言い訳を考えることにした。
「レオンハルト様のお邪魔はいたしませんわ」
「え?」
懸念を先読みされていたのだろうか。レオンハルトはセレスティーヌの言葉を聞いて呆気にとられる。
「わたくしはただ鍛錬に参りましたので」
「そう、ですか」
てっきり「今度こそプロポーズをお受けしていただきますわ!」という、あの聞き慣れたセリフを部下の前で聞かされる羽目になると思っていたのだが。レオンハルトは目の前のセレスティーヌが決闘場で会っているセレスティーヌと同一人物か疑ってみることにした。
「強くならなければレオンハルト様にプロポーズできませんもの」
レオンハルトの疑いは晴れた。
「んじゃセレスティーヌちゃん、もう一戦お願いしま〜す」
「もちろんですわ、バルドー様!」
いつの間にかちゃん呼びに変えているバルドーを一瞥し、レオンハルトは軽く挨拶を済ませて食堂に向かうことにした。




