六回目のプロポーズ(未遂)
この剣士は飽きることを知らないのだろうか。レオンハルトは今、通算六回目となるセレスティーヌとの決闘の場に臨んでいる。
「僕は何度でもお断りしますが」
「わたくしも何度でもプロポーズいたしますけれど」
その不屈の精神は素直に賞賛したい。レオンハルトは剣の柄に左手を添えた。
「一昨日は僕の部下を十名同時に相手して勝利なさったとか」
「ええ。さすがレオンハルト様の部下の皆さまでしたわ」
「いえ、まずは十名で同時に斬りかかっていった部下の無礼をお許しください」
レオンハルトは深く頭を下げた。白銀の髪が真昼の太陽光を浴びて輝いている。
「あら、レオンハルト様に謝っていただく必要はございませんことよ」
「いいえ。どのような理由かは存じ上げませんが、同じ騎士でもない相手に多勢で勝負を仕掛けるのは、いくら稽古場の出来事と言えど卑怯な戦法です」
「わたくしが十名同時に、とお願いしたのですけれど……」
「十名同時に」
レオンハルトの頭が勢いよく上がった。
「あなたが?」
「はい」
「僕の部下に?」
「ええ」
「同時に、と?」
「そうですわ。バルドー様も立ち会ってくださいましたので、きちんと証言してくださると思いますけれど」
あいつそんなこと一言も。レオンハルトは誰に何を詫びるべきなのかわからなくなった。
「一昨日の夕方、我が家に王立騎士団からお詫びの品が届いたのですけれど、もしかしてその件でしたのかしら?」
「はい。ローデンベルク卿にも直接お詫びするのが筋とは承知しているのですが、卿は隣国へご出張なさっているとお聞きいたしました」
「父は外交官ですので……母もここ五日ほど不在ですし」
ローデンベルク伯爵夫人はたしか――いや、何をなさっている方だっただろうか。レオンハルトは自分の曖昧な記憶を辿ってみたが、それらしき情報には思い当たらなかった。
「わたくしが申し出たことですので、お気になさらずに」
「……念のためお伺いしたいのですが、お怪我は?」
「してませんことよ」
「どこも?」
「強いて申し上げますなら、あの日、怪我に繋がりそうだったものは朝の身支度で抜いた逆さまつ毛だけでしたわね。未然に阻止いたしましたけれど」
朝の身支度で抜いたということは、ローデンベルク邸での出来事だろう。であるなら、王立騎士団が責任を負える範疇ではない。いや、騎士団本部に向かうための身支度だったのならやはり責任を負うべきだろうか。レオンハルトにはすぐに答えが出せなかった。
「そんなことよりも、今日こそ勝って、プロポーズをお受けしていただきますわよ!」
「あっ、はい。対戦、よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたしますわ!」
よくわからないまま、レオンハルトは静かに剣を抜いた。
「ん?」
レオンハルトは、セレスティーヌの踏み込みのわずかな動きから察知した。この技をまともに喰らうのは痛手になる。レオンハルトは潔く後退した。
「今の技は僕の流派の派生技ですが」
「一昨日バルドー様から教わりましたの!」
やはり後退して正解だった。セレスティーヌが一度身を屈めて勢いよく剣を振り上げたその技は、レオンハルトの得意技の一つだった。
「僕が本格的に使えるようになったのは型を習った翌日のことでした」
「まあ、さすがレオンハルト様でしてよ。わたくしは丸二日かかりましたわ!」
驚きたいのはこちらである。レオンハルトは返し技をセレスティーヌに避けられ、やはり理解に苦しんだ。
「王立騎士団流剣術の本流の分流の派生技なのですが」
なので修得までに少々慣れが必要なはずなのだ。レオンハルトは新米騎士時代の自分に思いを馳せた。
「バルドー様からもそう伺っていましてよ」
なぜ騎士でもない目の前の剣士は、新米騎士時代の自分と同じ動きができるのだろうか。血筋で片付けるには少々横暴だろう。レオンハルトは冷静に応戦する。
レオンハルトが見る限り、セレスティーヌは王立騎士団流の基礎的な動きは修得しているようだ。ローデンベルク伯爵家は数々の騎士を輩出してきた家門である。よってレオンハルトは、セレスティーヌが王立騎士団の基礎的な動きを修得していることには疑問を抱きたいと思いつつも抱かないことにした。
次に王立騎士団流剣術、その本流の基礎技である。レオンハルトが少し挑発してやると、セレスティーヌは嬉々としてレオンハルトが想定していた通りの基礎技を完璧に再現してみせた。彼女がいつ教わったのかはわからないが、バルドーが実戦で使えるようになるまでに一週間、レオンハルトは丸一日かかった技だ。
「今の技ですが、いつ教わったのですか?」
「一昨日でしてよ」
「一昨日ですか……」
通常は実戦で使えるようになるまで、平均で二週間ほど時間を要するとされる技なのだが。これは騎士が十名束になっても勝てないわけである。なんとなくレオンハルトの理解が進んだ。
「王立騎士団の本流のものとされる基礎技で、あなたがまだ見たことのない、知らない技はありますか?」
「合計十種でしたわよね」
「はい」
「今から覚えているものを使いますわね」
目の前で再現してくれるというのか。レオンハルトは少し距離を置き、いつでも受けられるよう身構える。
「こちらの技と」
完璧である。
「こちらの技と」
これも完璧。
「先ほど挑発されて使わせていただいた、こちらの技だけですわ」
セレスティーヌは先ほどのレオンハルトの無言の挑発を見抜いていた。なるほど。戦いの最中でなければ、レオンハルトは今頃、頭を抱えていたに違いない。
「では今度は僕から、あなたがまだ知らない基礎技をお見せします」
「覚えますわ!」
覚えられても困るのだが、覚えられてしまった未来も見てみたい。レオンハルトは相反する期待を胸に、自身が実戦で使えるまでに三日ほど時間を要した技を繰り出した。
「難しいですわね。わたくしにできますかしら」
受け身は取れたのにか。レオンハルトはぎょっとした。
「行きますわね」
「えっ、はい」
「えいっ!」
再現率は八割と言ったところか。レオンハルトは、自ら型を教えて以降、実戦に向けて二週間ほど訓練に勤しむ新米騎士たちの顔を思い出していた。
「またわたくしの負けですのね……!」
セレスティーヌは自分が負けたというのに笑顔である。嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。レオンハルトは訝しんだ。
「すみません。あなたに騎士団の技を使わせつつ、体力を消耗させていただきました」
「そういう作戦でしたの!? では、油断したわたくしが負けるのは当然ですわね……家訓に背いてしまいましたもの」
一体どのような家訓なのだ。レオンハルトの脳裏にローデンベルク伯爵家が輩出してきた騎士たちの顔ぶれがずらりと並ぶ。その間、セレスティーヌは呼吸を整えていた。
「プロポーズは、本当ならレオンハルト様に勝ってからさせていただきたいのですけれど……」
「いえ、勝たせませんし、プロポーズもお受けいたしません」
「ええ、また鍛錬して決闘を申し込みますわ!」
どうにも噛み合わない会話にレオンハルトは肩を落とした。
「あの、今日はお尋ねしたいことがあるのですが」
「どうなさいまして?」
「一昨日、十名を相手に、あなたはどのように立ち回ったのですか?」
レオンハルトは早々に剣を鞘に納め、懐から携帯用のペンと手帳を取り出した。
「どのように、ですか……」
うーん、とセレスティーヌは首を傾げつつ、納刀していない剣で決闘場の地面に線を引いていく。
「この丸が騎士様の初期配置でしたわ」
「こちらの丸があなたですか?」
「ええ」
セレスティーヌが描いたまま、レオンハルトはペンを走らせる。
「最初に動いたのはこちらの騎士様でしたわね。わたくしに向かって突進なさったのですけれど」
「あ、初手としてまずいですね……」
「そう思いましたわ。わたくしが剣を抜けばすぐに斬ることができましたもの。鞘ごと抜いて一突きさせていただきましたわ」
次はこちらの方。こう動きましたわ。次はこちら。この動き。セレスティーヌがそう説明するどれもが、レオンハルトにとって悪手に思えた。十名のうち半数以上が実戦経験の浅い騎士だったからだろうか。レオンハルトは図形や数字や文字を書きつつ、頭の中で改善点を洗い出す。
「――ありがとうございます。参考になりました。練度を上げます」
「ですけれど、十名の騎士様がお相手なさる敵はいらっしゃらないと思いましてよ」
「いえ、可能性がゼロであるとは断言できません」
レオンハルトは首を横に振った。
「少なくとも、一名の騎士が十名の人間に囲まれた際の参考資料にはできます。その場合の十名の動きは騎士とは違うでしょうが、何も見当がつかないよりは救いになります」
「それもそうですわね」
一理ありますわ、とセレスティーヌが頷いた。
「質問を続けてもいいでしょうか?」
「構いませんことよ」
すでにびっしりと図形や文字が詰まったページをめくり、レオンハルトが言う。
「初期の配置に戻りますが、十名の騎士がどう動けばあなたは困りましたか?」
「そうですわね……」
セレスティーヌは地面に描いた図を片足でかき消し、新たに線を引き始めた。
六回目のプロポーズ未遂が終わったのは、決闘場が夕焼け色に染まる頃だった。




