十対一で勝つお嬢様?
昼食を済ませたレオンハルトは、医務部に運ばれているであろう部下たちの様子を伺うことにした。
「決して怒らないし、責めないから正直なことを教えてほしい。お前たち、本当に、あのご令嬢に負けたのか?」
「負けました」
正直な部下の即答に、レオンハルトは長めに息を吐き、医務部の天井を仰いだ。あ、シミができてる。石造りの天井に知らぬ間にできていたシミを見つけてしまうほど、レオンハルトの意識は散漫になりかけている。いやいや、集中すべきは天井などではない。
「一人ずつ負けたのか?」
「一人ずつ負けたやつらと、複数で負けたやつらがいます」
あのお嬢様はたった一人で一度に複数の騎士を伸せるというのか。てっきり、個人戦に特化した剣士――お嬢様だと思っていたが。レオンハルトは顎をさする。
騎士が弱いわけではないことを誰よりも知っているのはレオンハルト自身だ。そしてセレスティーヌが並の騎士より強いことを知っているのもまたレオンハルト自身である。
「最大で何人だった?」
「十人ですね」
十対一で勝ったのか。いや、十対一で負けたのか。これは今後の騎士団にとって有益な情報が得られるかもしれない。レオンハルトは戦闘の経過を事細かに聴取することにした。
「申し訳ございません」
「いや、皆が謝る必要はない。僕もあの剣士――いや、ご令嬢の強さは知って……」
「え、知ってるんですか!?」
「あ、いや、知らない。全然知らない」
レオンハルトがあの剣士もといお嬢様、セレスティーヌと決闘をしていることはまだ誰も知らない、レオンハルトの至って私的な機密事項である。
医務部での事情聴取を終え、レオンハルトは執務室で聴取資料を整理していた。
医務部で治療を受けた騎士は全員、外傷は打撲痕や掠り傷程度で済んでいた。しかし意識を失った者はレオンハルトの想像を上回る数だった。つまり、レオンハルトの見立てでは、あのセレスティーヌという剣士は、腕っ節が一番の取り柄である騎士たちを初撃――多くて二、三撃で気絶させたことになる。
怖い。これが市街地に現れた盗難事件の犯人だったらと思うと、とても怖い。レオンハルトは今度こそ気が遠くなるのを感じ、自分の頬を強めに叩いた。やはり一時間で王国内を駆け回れる脚力がほしい。
「団長〜」
ノックとともに執務室へ入ってきたのは副団長のバルドーだ。遅めの昼食でも済ませて来たのだろう。バルドーからは食堂のシチューのかおりがほんのり漂っている。
「どうして教えてくれなかったんです?」
バルドーは赤みがかった茶色の目を細め、年季の入った三人がけの紺色のソファ、その中央にどっかりと腰を下ろした。
「何をだ?」
バルドーが知りたがっていることなどお見通しだったが、レオンハルトはあえて知らんぷりを貫くことにした。
「貴族にあんな隠し玉がいることですよ」
それ以外にないよな。レオンハルトは、やっぱり、とうんざりしつつ机上の書類を整えた。おそらくバルドーにはすべて知られてしまっている。あとはどう沈黙し、口を割るならどう言い訳して悪足掻きするかだ。レオンハルトは白紙に十個の丸を描いていく。
「まさかあのローデンベルク伯爵家とはねぇ」
丸が一つぐにゃりと歪んだ。
「ほう。ローデンベルク伯爵家のご令嬢だったのか」
「あれ? 俺、ご令嬢とは言ってませんけど」
この歪んだ丸は墓穴だったのか。レオンハルトは空いた片手で顔を覆った。
「ローデンベルク伯爵家のご子息のほうと間違えた」
「そっちは先代騎士団長の誘いを蹴ったの、団長も知ってんでしょ」
知ってる玉を隠し玉とは言いません。バルドーはダメ押しした。レオンハルトのものよりも紺の割合が多い騎士装束の襟を、バルドーは窮屈そうに広げた。
「来てたんスね〜、団長も。稽古場に」
まあ気付いてましたけど。レオンハルトと違い、バルドーはあっさり自白した。
「ここ最近、団長がやたら決闘を申し込まれてるな〜とは思ってましたけど」
「それが何だ?」
「セレスティーヌさんが決闘相手だったとは。しかも団長が決闘場でプロポーズされてるとはねぇ」
やはりバルドーはレオンハルトの私的な機密事項をすべて知っていた。
「わざわざお前に教える必要はないと判断した」
「うわ冷てぇ。他の女の子からの縁談もそんくらい冷たく断れば?」
「丁重にお断りしなければどちらの家にも失礼になるだろう」
レオンハルトは十個の丸に全方位を囲まれる、十一個目の丸を描く。
「それより、その剣士――いや、セレスティーヌさんは、お前の目から見て、悪事を働くような人物だと思うか?」
「いや全然」
「だよな」
バルドーの一言でレオンハルトの最大の懸念事項は払拭された。
「十人の騎士が一人の剣士を生け捕りにするにはどう動くのが最適だろうか」
「え、セレスティーヌさん何かしたんです?」
「違う。今後の隊列や作戦……戦術パターンをいくつか考えておくべきだと思っただけだ」
「うちのやつらが十人いて捕まえられないことあります?」
「お前、さっき、騎士が山積みにされていくのを見ていなかったのか?」
「そりゃ見てましたけど」
じゃあ考えるべきだろう。レオンハルトはバルドーを睨みつけたが、当の茶髪頭の持ち主が白々しい態度を崩す気配はない。
「セレスティーヌさんを騎士団にスカウトすれば?」
「冗談じゃない!」
レオンハルトは肩を震わせた。
「めちゃくちゃ強いッスよ?」
「知っている」
「そしたら可能性が低すぎる〝セレスティーヌさんを生け捕りにする未来〟も防げますし、戦力強化にもなるし、一石二鳥じゃないですか」
「悪事を働くようには見えないから一石一鳥にしかならない」
バルドーの顔が途端にニヤついた。
「セレスティーヌさんのこと詳しいんだぁ、団長って」
レオンハルトが嫌いなものの一つには、この『おもしれーおもちゃ、見〜っけ』とでも言うかのようなバルドーの顔が含まれている。
「スカウトしましょうよぉ」
「貴族のお嬢様も騎士団生活は嫌に決まっているだろう」
「決めつけはよくないですよ」
「……嫌がる可能性がかなり高い」
この日、レオンハルトが業務中で最も苦労したのは、自分の副官の口を黙らせることだった。




