騎士を山積みにするお嬢様がいてたまるか
今日は決闘の申し込みもない、じつに爽やかで清々しい夜明けだ。レオンハルトはフトゥウーノ王立騎士団本部内の執務室の窓を開け、早起きな小鳥のさえずりに目を細めた。じつに働き日和である。就任当初は緊張したが、就任後三年の月日が経ち、自室と呼べるほど馴染んだ騎士団長執務室。室内に飾られた鎧たちの埃を払いながら、騎士団長レオンハルトは一日の段取りを考える。
まもなく騎士たちも朝練を始める頃か。すでに朝練を終えているレオンハルトは、部下たちの鍛錬の様子を見ることにした。
「団長、おはようございます!」
「ああ、おはよう。お前の今の型、一週間前より無駄が少し減ったみたいだぞ」
「ほ、本当ですか?」
レオンハルトに朝練の成果を褒められ、新米である騎士は嬉しそうにその手の剣を見る。そこでレオンハルトはふと思い出し、ここ数日疑問だったことを目の前の新米騎士にぶつけることにした。
「お前は僕を倒すために、一週間でどこまで強くなれる?」
「すみません。自分の死が確約された無謀な挑戦をしようとは思えません」
そうだよなあ。レオンハルトは「いや、何でもない。素直に答えてくれてありがとう」と新米騎士に返しつつ、引き続き鍛錬に励んでもらうべく、的確な助言も残すのだった。
王都の郊外に広がる農園に出没が確認されている害獣。王都の中心地から少し外れた街の裏路地での盗難未遂事件。よくもまあ王立騎士団の精鋭が常駐する王都で盗みを働こうと思えたものだ。いや、これは市民が困窮してしまっているのだろうか。いやいや、とっくに終結した先の大戦の最中でもあるまいし、税収も不当ではないはずだ。では単に悪党か。
そんなことを思案しながら、レオンハルトは執務室で報告書を処理していた。時刻はまもなく正午である。
市街地の見回りに人員を割きそびれていたのだろうか。レオンハルトは昼休憩時間を迎えたにもかかわらず、直近の人員配置に関する書類を遡っていた。
人員は十分なはず。「盗めそうな革靴だったから盗もうとした」と正直に白状した犯人の靴はまだ新品の革靴だったと報告書にも記載されている。やはりただの悪党か。本来ならレオンハルト自ら性根を叩き直してあげたいところだが、「団長がそれをやると一周回って悪人に逆戻りするだけです」と副団長バルドーに止められたのがつい先ほどのことだった。
自分が王国全土を一時間で駆け回れたらいいのに。そうだ、脚力を鍛えよう。レオンハルトはちょうど人の少ない稽古場に向かうことにした。
「――なるほど。レオンハルト様の剣術にはこのような型があるんですのね」
ちょっと待て。稽古場に着いたばかりのレオンハルトの足がぴたりと止まった。そしてすぐさま近くの支柱の影に隠れるのだった。レオンハルトは支柱からそおっと顔を出す。
「勉強になりますわ」
そこには、まぎれもなくセレスティーヌ・ローデンベルクの姿があった。あの白を基調に青の差し色が入った男のような礼装姿、間違いない。
「基本は騎士団の流派ですよ」
他に人の気配が皆無の稽古場で、なぜかセレスティーヌに騎士団の剣術を教えているのは、レオンハルトの頼もしき副官――フトゥウーノ王立騎士団副騎士団長バルドーである。
彼も稽古していたのだろう。バルドーは乱れた茶髪を片手で整えながら、いかにも女慣れした笑顔をセレスティーヌに向けている。何をしているんだお前。レオンハルトはそう怒鳴りたい気持ちを堪え、様子を見ることにした。幸い、二人はレオンハルトに気付いていない。
「ですが同じ流派でも、騎士の皆さまもそれぞれ少しずつ差異があるようですわ」
騎士の皆さま。それぞれ少しずつ。差異がある。騎士の皆さま、差異がある。レオンハルトはセレスティーヌの発言に違和感を抱き、騎士団本部建物の横に広がる稽古場全体を確認した。
そしてレオンハルトは自分の目を疑った。――どうりで。いくら休憩時間であることを加味しても、人の気配が皆無だと思った。
レオンハルトが目にしたのは、セレスティーヌとバルドーの横で無惨にも山積みにされている騎士たちの姿だった。ざっと数えても五十人は積まれている。
「どうしても癖が出るものですからね〜。そのへん、うちはわりと自由なんですよ」
自由なのはお前だバルドー。何をのんきに山積みにされた部下を放って伯爵家のご令嬢と会話を楽しんでいるんだ。だが、バルドーが悠長にしているということは、少なくとも致命傷や重傷を負った騎士はいないのだろう。何人か気絶はしているようだが。
レオンハルトはしていいのかわからない安心をしつつ、ひとまず観察に徹することにした。
「レオンハルト様はいつも一切の隙がありませんわ」
「そりゃあそうでしょ。なんてったって歴代最強との声もある騎士団長ですから」
その歴代最強の騎士団長が脚力を鍛えるべく稽古場に到着したとも露知らず、二人はしばらく談笑を続けていた。バルドーがたまにセレスティーヌにウインクをしているのが腹立たしい。
このような不甲斐ない人間が騎士団長に就任してしまい大変申し訳ございません、先代、そして歴代の騎士団長。レオンハルトは心の中で涙ぐましい謝罪の言葉を述べつつ、食堂に逃げることにした。
その時の稽古場から食堂まで歩く道のりは、レオンハルトの人生で最も速い記録を叩き出した。道中、医務部に寄って応急処置の手配と指示を済ませたとは思えぬほどの速さだった。




