『剣をもって求愛すべし』
フトゥウーノ王国が誇る王立騎士団。近隣諸国において、その名が意味するものは〝死〟そのものである。なぜなら騎士団長以下、すべての騎士が言葉の通じぬ荒くれ者――もとい、不良――もとい、野蛮な精鋭揃いであるからだ。
そう語り継がれていたのは、先代騎士団長が率いた王立騎士団までである。
フトゥウーノ王国屈指の名家、グランツシュタイン公爵家の若き次男が騎士団長に就任して以降、王立騎士団内の粗暴傾向は鳴りを潜めた。「やんのかオラァ?」と朝から始まる騎士同士の喧嘩のかわりに必ず各自で基礎訓練。書類も「やっべ忘れてた」ではなく期限内にきちんと提出。市街地で火災が起きれば「ヒャッホーゥ!」と雑に消火するのではなく速やかな救助活動と的確な消火、そして避難誘導を徹底する。こうして野蛮な騎士どもは〝王立〟を冠するに相応しい騎士団へと変貌した。
――なぜ野蛮な騎士どもがたった一度の騎士団長の代替わりだけで見違えるほど更生できたのか。
理由はごくごくシンプルだ。
グランツシュタイン公爵家の次男坊が、歴代最強の騎士団長だからである。
野蛮ではあるが、それでも腕っ節は本物である騎士どもが束になっても掠り傷一つ負わせることのできない、たった一人の騎士。それがレオンハルト・グランツシュタインだ。
そのレオンハルト・グランツシュタインは今日、決闘場にて一人の伯爵令嬢を打ち負かしたばかりだった。
太陽が最も高く昇っている。空から光を受けて白銀にきらめく髪が砂埃とともに舞う。それは伯爵令嬢が最後に振るった剣の名残り風だった。カラン、と音を立てて一振の剣が地面を転がる。もちろんレオンハルトの剣ではない。
「……わたくしの、負け……?」
肩で切りそろえた金髪をだらりと垂らしながら、伯爵家のご令嬢――セレスティーヌ・ローデンベルクは己の敗北をようやく理解したようだった。
セレスティーヌは思わず尻餅をつく。あり得ない。深い青色の瞳がそう反論したげに揺れている。
「これにて決着といたします」
レオンハルトの涼しい声が決闘場に響いたと同時に、彼の剣は紺色の鞘に納められた。これ以上の戦闘は無意味だとでも言うかのようだった。彼の白い騎士装束は汚れすらついていない。
「対戦、ありがとうございました」
とても元野蛮人を率いる騎士団長とは思えぬ爽やかな声色である。
「ありがとう……ござい、ました……」
男が纏うような白と青の礼装姿のセレスティーヌは、弱々しい声でそう言い、地に腰をつけたまま一礼した。
「それでは、失礼いたします」
レオンハルトも深々と一礼し、一足先に決闘場を立ち去ろうと紺青色のマントを翻す。
「――お待ちになって!」
セレスティーヌの声に生気が戻った。「何か?」とレオンハルトが薄い水色の瞳で振り向く。
「わたくしと結婚してくださいませ!」
その名がすなわち〝死〟を意味していた、騎士全員が言葉の通じぬ荒くれ者――もとい、不良――もとい、野蛮な精鋭揃いのフトゥウーノ王立騎士団を、就任後たった三日で立派な騎士へと更生させた歴代最強騎士団長のレオンハルト・グランツシュタイン。
「は?」
そんな彼であっても、決闘場でのプロポーズは、遥か遠い異国の一部に古くから伝わる謎の怪異的かつデタラメな伝承もどきの文化か何かだと疑わずにはいられなかった。
「――また決闘の申し込みですか!?」
しかしレオンハルトの疑いは的外れだったらしい。
なぜなら一週間経った今日も、レオンハルトはこうしてまた、フトゥウーノ王国の法に基づいた正式な決闘手続きを済ませた上で決闘場に立っているからだ。
嫌なら申し込みから断ればいいのに。数時間前の今朝、レオンハルトの副官――王立騎士団副団長がそう呆れていたような気がするが、由緒正しき公爵家に生まれた性なのか、目には目を、歯には歯を、正式には正式をもって返してしまうのがレオンハルトだった。
「厳密に申し上げますなら、結婚の申し込みですことよ」
「僕にはどちらも同じことです!」
レオンハルトと決闘場で初めて出会ったばかり――一週間前の決闘開始時――の頃のように、はつらつとした表情で活き活きと剣を振るうセレスティーヌに、レオンハルトはうんざりしつつも剣で応戦している。
「あら、でしたら結婚の正式な手続きとはどのようなものですの?」
知るものか。レオンハルトは生まれてこのかた二十五年、色恋とは縁遠い環境で育ってきたのだから。しかし受けた質問にはきちんと答えなくては、元野蛮な部下たちに示しがつかないのも事実。
セレスティーヌの隙を見つけつつ、レオンハルトは思考を巡らせた。
「えっと……貴族なら……まずは書面で、とか……?」
おそらくは。レオンハルトは兄が縁談の申し込みを紙とペンで断った記憶をどうにか掘り起こせた。
「でしたら勝ったあと、お送りいたしますわね」
「結構です」
レオンハルトは強く弾き返したつもりだったが、セレスティーヌは意外にも足腰が強いのか、しぶとく粘る。
「我が家の家訓は『剣をもって求愛すべし』ですの。まずあなたに打ち勝つことこそ最優先事項なのです!」
「僕の知ったことではありません!」
とうとう本音が口をついて出た。なんてことだ。貴族としてあるまじき失態だ。レオンハルトは己の節度のなさを恥じたが、気にしているのはレオンハルトだけのようだ。
「あなたが知らないのは当然ですわ。わたくしが勝手に求婚しているのですもの!」
「しないでください! もう五回目ですよ!?」
そう。なんと、このセレスティーヌ・ローデンベルクは、この一週間のうちに計五回もレオンハルトに決闘を申し込んでいるのだ。
「たった五回目でしてよ!」
レオンハルトとセレスティーヌでは数字の数え方が違うらしい。レオンハルトはセレスティーヌの渾身の一撃を剣で受け止めた。
「では毎回、前より強くなっているのは何なんですか?」
レオンハルトは剣を払いながら質問した。おかしい。このお嬢様、王立騎士団の元野蛮な騎士どもより成長速度が凄まじい。羨ま――もとい、興味本位とは認めつつ、部下の鍛錬の参考になりそうな手段をどうにか聞き出したかった。
「強くなるのは普通のことですわ。私はあなたをぶっ倒さなくてはなりませんもの!」
まったく参考になりそうもなかった。では次の質問だ。レオンハルトは踏み込む。
「求婚に決闘が必要ですか!?」
「当たり前でしてよ!」
世の中、知らないことだらけである。レオンハルトは五回目の勝利を得た。




