クレームブリュレの日(四)
レオンハルトは行き道と同様、セレスティーヌとともにグランツシュタイン家の馬車と並走してきた。どうせ走るのであればもう一皿くらい食べてもよかったか。そんなことを考えつつ、ローデンベルク邸の正門に到着した。
ローデンベルク邸の堅く閉ざされた門の前には、数時間前と同じ、身長二メートルを優に超える守衛が立っていた。今からでも伸ばせるだろうか、身長。レオンハルトは守衛に一礼する。守衛は丸太のような腕で敬礼し、セレスティーヌに「おかえりなさいませ、セレスティーヌお嬢様」と挨拶した。
「お嬢様。先ほど、奥様も山林からお戻りになられました」
「まあ、お母様も?」
奥様。お母様。ローデンベルク伯爵夫人――ローデンベルク流砂かけ術師範。レオンハルトの耳と指がぴくりと動く。そして「セレスティーヌさん」と、レオンハルト自身、無意識のうちに口にしていた。
「ローデンベルク夫人にご挨拶と……ローデンベルク流砂かけ術への入門を、僕から直接、願い出たいのですが」
セレスティーヌと外出したことについて挨拶するのは当然だ。そしてローデンベルク流砂かけ術へ入門したい件も、この機を逃せば直接お願いすることはできないだろう。
しかし、直接の願い出は、本来はセレスティーヌから尋ねてもらうはずだった予定をレオンハルト自ら狂わせてしまうという意味だ。レオンハルトはセレスティーヌの温情を無下にするとわかりつつも、「いかがでしょうか」と切実な目でセレスティーヌの様子を窺った。
「これも天の思し召しですのね……わたくしは構いませんことよ」
セレスティーヌがゆっくりと目を閉じた。
「グレッグ。お母様はどこ?」
そして守衛にそう尋ねたのだった。
「裏庭にいらっしゃいます」
グレッグと呼ばれた守衛はただならぬ空気に身震いしつつ、そう答えた。
レオンハルトは、グレッグが開けた門をセレスティーヌに続いて通る際、内側にしかと深く突き刺さったままのフォークを一瞥する。
今朝、ローデンベルク卿が出勤する際にローデンベルク夫人が投げたというフォーク。大地と平行に刺さったフォーク。門の内側に刺さるともなれば強い衝撃を受けただろうに、それもものともせず真っ直ぐなまま、カトラリーとしての姿を失っていないフォーク。
レオンハルトは、屋敷へ続く煉瓦道を見た。フォークが頬を掠めてしまい流血したものの、そのまま王宮へ出勤したというローデンベルク卿が残した血痕。これは両者の栄誉ある痕跡だ。決して踏んでなるものか。レオンハルトの足は、煉瓦に付着してまだ一日も経っていない血痕を見事に躱し、裏庭へと向かった。
セレスティーヌに案内されるまま、屋敷の外壁を曲がると、広い庭へ伸びる道があった。レオンハルトの右足が疼く。
――いる。猛者が。
ガーデンアーチを潜るまでもなくわかる。未知の脅威にこれほど全身が疼くのはいつぶりだろうか。レオンハルトは記憶を辿る。
先代から無茶な任務を受けて国境沿いの紛争地帯に向かった時か。騎士になった初日に荒くれ者――もとい野蛮な先輩たちから一対十以上の喧嘩を売られた時か。国王陛下に随伴して他国へ行った際、突如襲来してきた巨大な熊と相対した時か。闇社会の違法な組織を壊滅させるために針一本を仕込んで単身で潜入した時か。炎に包まれた民家に取り残された子どもを救出しに火の中へ飛び込んだ時か。国外で初めて海なるものを目にして『これは斬れそうにないかな』と剣を掲げてみた時か。
いや、どれも違う。
あえて例えるならば――レオンハルトが騎士になって一年目、わざわざ王国内で抗争を起こした隣国同士のならず者の集まりを制圧すべく、戦地に足を踏み入れた時である。
騎士の隊列のように規則正しく植えられた高木と低木に囲まれた庭。白と青の花で揃えられた、ローデンベルク家に相応しい庭――その中心にある、エメラルドグリーンの長い髪。見覚えがある。レオンハルトより二歳上であり、先代騎士団長が直々に王立騎士団へ勧誘した男、ローデリヒ・ローデンベルクと同じ髪の色だ。
あの後ろ姿がローデンベルク夫人か。レオンハルトがそう確信したと同時に、前を歩くセレスティーヌの左耳近くの金髪が揺れた。
いや、〝何か〟がセレスティーヌの金髪を〝揺らした〟。
レオンハルトが反射的に左手の指で挟み取ったのは、やや色あせた緑の葉だった。
「――中々の腕前とお見受けました。レオンハルト・グランツシュタイン騎士団長」
エメラルドグリーンの長い髪が優雅に振り向く。落ち着いた水色のドレスは、山林から帰ってきたにしてはちっとも汚れていない。その隣には籠いっぱいに積まれた落ち葉がある。なるほど、落ち葉を拾いに山林へ行っていたのか。レオンハルトは納得した。
「お母様。せっかくレオンハルト様がいらっしゃったのに、ご挨拶が過ぎますわよ!」
セレスティーヌはお母様――ローデンベルク夫人のもとへ駆け寄っていった。レオンハルトはその場から動けない。ただ左手に落ち葉を掲げたままである。
「あら」
ローデンベルク夫人は愛娘から指摘を受けたにもかかわらず、不思議そうに前髪を掻き上げる。
「グランツシュタイン公爵夫人とは何度かお話させていただいたことがあるわ。『目には目を、歯には歯を』がグランツシュタイン公爵家の教えだと伺ったのよ」
「お母様。だからって、いきなり落ち葉を投げるのはレオンハルト様に無礼でしてよ」
似た面立ちの母娘が言い合っている。その渦中の人物であるレオンハルトは、ようやく我に返り、「セレスティーヌさん」と口を挟んだ。
「構いません。この落ち葉は……目には目を、歯には歯を、武には武を。僕はそう受け取りましたので」
そう言い終わると、レオンハルトは母娘の前に進み出た。
「ご挨拶が遅れました。僕はレオンハルト・グランツシュタインと申します。本日はお嬢様のセレスティーヌさんを――デ、デートにお連れさせていただきました」
デッ、とセレスティーヌが後ろを向いた。しかしレオンハルトは――大事なところを噛みはしたが――堂々と、さして自分と身長が変わらないローデンベルク夫人を見据えて一礼する。
ほう、とローデンベルク夫人の金色の目が細くなった。
「私はローデンベルク伯爵家当主の妻、マチルダ・ローデンベルクと申します。騎士団長としてではなく一個人として挨拶してみせたその心意気、高く買わせていただきます、レオンハルト様」
「いいえ、僕はしょせん未熟者。様付けなど不要です、ローデンベルク夫人。どうか敬語もおやめください」
「……よかろう。レオンハルト、私のこともマチルダと呼べ」
「痛み入ります、マチルダさん」
ただ微笑まれているだけなのに、なんだこの悪寒は。レオンハルトはローデンベルク夫人――マチルダに気圧されている。
「私が落ち葉を投げたのは、たしかにそなたの武を試すつもりだったからだ。しかしセレスティーヌの言い分も正しい。とんだ無礼を働いてしまったこと、心からお詫び申し上げる」
普段から飲酒しているのだろうか。マチルダの声質はセレスティーヌと似ているが、少し酒焼けしているようだ。
「いいえ。むしろ試されて光栄でした」
レオンハルトは自分の左手にある落ち葉と、マチルダの横に鎮座する籠いっぱいの落ち葉、そしてその周囲を見比べる。
「先ほど山林からご帰宅されたと伺いましたが、そのわりにはお庭に落ち葉の欠片一つこぼれていません。さらに、こちらを見ることなく、セレスティーヌさんを避けて落ち葉を投げる熟練の技……感服いたしました」
レオンハルトの言う通り、拾い庭のどこにも落ち葉は見当たらない。籠の縁を大幅に超えて詰め込まれた落ち葉を、マチルダが山林から運んできたにもかかわらず、だ。おそらくマチルダもローデンベルク流歩法の達人なのだろう。
「マチルダさん。この落ち葉、記念に持ち帰らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ほう」
マチルダが見定めするような視線を送ってくる。セレスティーヌが咎めようとしたが、マチルダは片手でそれを制した。
「レオンハルト。持ち帰るだけで満足するというのか?」
落ち葉ごと、レオンハルトの左手が跳ねた。
「……いいえ、前言撤回します。マチルダさん、お願いがあります」
「申してみよ」
「僕をローデンベルク流砂かけ術の弟子にしてください」
すう、とマチルダが静かに息を吸った。そして「おもしろい」と口角を上げる。
「入門希望者は滅多にいないのだが……」
「セレスティーヌさんもそう仰っていました」
「だがレオンハルト。滅多にいないからといって、入門テストは甘くせんぞ」
「元より手加減していただくつもりはありません」
よろしい、とマチルダはレオンハルトから五メートルほど距離をとった。
「そこから私の額にその落ち葉を投げてみよ」
投げろだと。
この落ち葉を。
「額に傷をつけることができれば合格。私の弟子として入門を認めよう」
傷だと。
落ち葉でか。
レオンハルトは左手の落ち葉をじっと見る。本来は砂で目潰しするための技術のはずだ。それともローデンベルク流砂かけ術の使い手ならば、落ち葉で怪我を負わせることも容易いというのか。
「どうした。遠慮はいらんぞ」
マチルダの鋭い声が飛んでくる。
「それとも、できぬと申すか?」
「いいえ」
レオンハルトはすぐに答えた。そして右手で落ち葉を持つ。
「レオンハルト様。わたくしは応援いたしますわ」
隣でセレスティーヌが神妙な顔で言った。「いえ」とレオンハルトは首を横に振る。
「セレスティーヌさんはマスターランク保持者として、入門希望者の腕を見極めていてください」
「……さすがでしてよ、レオンハルト様」
セレスティーヌの目つきが険しくなった。レオンハルトは改めて五メートル先のマチルダを見る。そして右手を構えた。人差し指と中指で落ち葉を挟んでいる。
音もなく、落ち葉が放たれた。マチルダのエメラルドグリーンの長い前髪がはらりと揺れた。
「――やはり、見事な腕前である」
マチルダがそう告げた時には、レオンハルトはすでに項垂れていた。セレスティーヌは眉を歪ませ、口元を手で覆っている。
「レオンハルト。そなたは千年に一度の逸材と言えよう」
だが、とマチルダが続ける。
「――〝不合格〟だ。額ではなく、鼻の頭に傷をつけるようではな」
鼻先に短い一本の血の線を滲ませながら、マチルダは笑った。
レオンハルトが投げた落ち葉はマチルダの右手が掴んでいた。五メートルの距離から戻ってきたマチルダは、うっすら血がついた落ち葉をレオンハルトに渡す。
「……また後日、再挑戦させてください」
レオンハルトはまだ落ち葉を受け取らない。顔を上げ、マチルダの金色の瞳を睨み返す。
「今日はもう騎士団の職務に戻らなければならず……大変申し訳ございません」
「構わん。それがそなたの務めだろう。騎士の本分を忘れた者の再挑戦など、私は受け付けんぞ」
「では……!」
「ああ。また来るがいい」
今度こそ、レオンハルトは落ち葉を受け取った。「ありがとうございます……!」と汗を流しながら。
「それでは、僕はこれで失礼いたします」
「セレスティーヌ。今日はあなたが門の外までお見送りなさい」
マチルダが母の顔になった。「はい」とセレスティーヌも素直に返事をする。
「いえ、お気遣いなさらず」
「レオンハルト。これは気遣いではない。騎士という重責ある務めに赴く者をしかと見届ける……ローデンベルク家の人間が欠いてはならぬ礼節だ」
私は嫁いできた時にそう教わった、とマチルダの金色の瞳がレオンハルトに向けられる。レオンハルトは自然と背筋を正していた。
「そういうことであれば、甘んじてお受けいたします」
「それでよい。達者でな、レオンハルト」
「はい。マチルダさんも」
レオンハルトはマチルダに一礼した。
「ではお見送りいたしますわ、レオンハルト様」
「ありがとうございます、セレスティーヌさん」
レオンハルトは落ち葉を丁寧にハンカチで包み、ジャケットの胸ポケットに入れた。そしてセレスティーヌに先導され、門へと向かう。
「……わたくしがお母様に落ち葉で傷を負わせることができたのは、入門して半年が経った頃でしたわ」
前を歩くセレスティーヌから悔しげな声が届く。
「入門テストは必ずしも落ち葉ではないんですね」
セレスティーヌのことだ。求めている返事は慰めではないだろう。そう判断したレオンハルトは、そう応じた。「ええ」とセレスティーヌが言う。
「わたくしの時はミミズのフンでしたわ」
「ミミズのフン」
「ちょうどおじいさまと領内の畑を手伝っていましたの。わたくしが五歳の頃でしたわ」
どういう会話の流れで畑での入門テストとなったのだろうか。当時も傷をつければ合格だったのだろうか。だとすればミミズのフンで怪我を負わせることが可能なのだろうか。
レオンハルトは詳しく聞きたいが、質問を始めると業務に戻る時間を逃してしまう。よって、別の機会に聞こう、とレオンハルトは決めた。
「……レオンハルト様」
そろそろローデンベルク卿が今朝残した栄誉ある血痕のあたりだ。レオンハルトが足元に気を付けていると、前を歩いていたセレスティーヌがくるりと金髪と白いワンピースを舞わせて振り向いた。「はい」とレオンハルトの足も止まる。
「わ、わたくし、嘘は嫌いでしてよ」
「存じています」
何か嘘をついただろうか。レオンハルトは己の発言と行動を顧みる――あっ。
「きょ、今日のクレームブリュレはおじいさまの武具と技法書をお見せしたことへのお礼ではなかったんですの?」
レオンハルトは、ぐっ、と頬の内側を噛み締める。
「そ、そのお礼も兼ねていたんです、セレスティーヌさん」
嘘ではないはずだ。だがセレスティーヌがどう判断するかは別問題なのも事実。レオンハルトは肩をぴしっと上げ、セレスティーヌの顔色を見る。
「……デ、デ、デートというものは」
セレスティーヌは顔を真っ赤にしながらもレオンハルトを見上げている。
「こっ……恋人? という契約関係の者たちが、行う? ……儀式、だとか?」
「ぼっ、僕もその認識でしたが」
レオンハルトは頬を熱くさせつつ、今日、セレスティーヌを迎えに行く前に聞いた実家の使用人たちの言葉を思い出す。
「事情をすべて知っている我が家の執事は……僕が家を出る前、デ、『デート』だと……言っていました」
「……グランツシュタイン公爵家は、建国当初から王国のために奉仕なさっておられる由緒正しきお家柄……公爵閣下も国民のためにご尽力なさっている国務卿。その公爵閣下のお屋敷でお勤めの執事……」
「僕が一歳の頃から面倒を見てくれている爺やです」
「レオンハルト様の専属の……」
なるほど、とセレスティーヌが頷く。
「レオンハルト様からの信任が厚い御仁が、デ、デ、デートと仰ったのであれば……こっ、恋人、という契約関係ではない者が行う儀式であっても……」
「……ふ、不思議ではない、かと。詳細は未確認ですが」
ただ、とレオンハルトは咳払いする。
「最初にそう申し上げなかったのは僕の落ち度です。お詫び申し上げます」
「しゃ、謝罪などしていただかなくとも結構ですわ。わ、わたくしこそ、そうとは知らず……のうのうとクレームブリュレにありついてしまっていましたもの」
「いえ、それこそお気になさらず。お礼をしたかったのも本心ですので」
するとセレスティーヌの深青の瞳が、上、右、左、また右左へと動き、またレオンハルトに戻ってきた。
「……『も』?」
「あっ」
レオンハルトはつい片手で口を押さえた。しかしすでに言ってしまったことは覆せない。勇気。勇気と度胸だ。
「……デ、デデート、も、したかった……と言いますか……またお誘いっ、したいと思った、と言いますか」
「ええと……」
「……っ僕は楽しかったです!」
ごり押した。
「わ、わわたくしも楽しかったですわっ」
セレスティーヌが声を張り上げた。かと思えば、しおらしく続ける。
「……あの喫茶店、明日にでもお母様と二人で行ってもよろしいでしょうか」
「あっ、はい。僕もバルドーに教えてもらったお店なんです。ぜひ楽しんできてください」
「感謝いたしますわ。これでクレームブリュレの腕を鍛えられそうですわ」
セレスティーヌがミドルランクであるというローデンベルク流クレームブリュレの技術を磨こうというのか。さすがだ。レオンハルトはセレスティーヌの向上心に恐れ入った。
「……のちほど、お母様にもデートなる儀式について聞いてみますわ」
「は、はい……お願いします。僕もバルドーに聞いてみます」
セレスティーヌはまたくるりと身を翻した。レオンハルトの気のせい――ではなさそうだ、彼女の耳が赤いのは。とはいえ耳が熱いのはセレスティーヌだけではない。レオンハルトはこっそり自分の両耳を触った。
ローデンベルク卿の血痕を避け、レオンハルトは門の内側の、例のフォークを見る。あの投擲技術、超えてみたい。そう思うと同時に、レオンハルトは改めてローデンベルク家の底知れぬ強さと技量を垣間見た。
この落ち葉は超えたい目標の証だ。レオンハルトはハンカチで包んだ落ち葉を胸ポケットの上からそっと押さえる。
「レオンハルト様。お勤め、頑張ってくださいませ」
門の外でセレスティーヌに言われた。彼女の頬の赤みはすっかり引いており、真剣な表情だ。
「はい。騎士としての職務を全うします」
レオンハルトも至って平常だ。
「今日はお時間を割いてくださり、ありがとうございました、セレスティーヌさん」
セレスティーヌの頬がまたうっすら紅潮した。
「こ、こちらこそ。素敵な時間をありがとうございました」
素敵な時間。レオンハルトの頬にも熱が戻る。
「ク、クロスボウと盾、それから技法書は、また後日返却させてください。その……まだじっくり拝見できていないので」
「いつでも構いませんことよ。武具の予備はありますもの」
「あるんですか」
「予備も作るのがおじいさまの癖でしたの」
今自分が預かっているものと予備を比べたい。レオンハルトは喉を突いて出そうになった言葉をぐっと堪えた。
「……それでは、セレスティーヌさん。ご両親にもよろしくお伝えください」
「わかりましたわ。……お母様、きっとレオンハルト様の再挑戦を楽しみになさってますわ。またお挑みになってくださいませね」
「はい。必ず」
レオンハルトはセレスティーヌとグレッグ――守衛に一礼し、待たせていた御者に「僕は走る」と告げた。
「乗って行かれませんの?」
セレスティーヌに尋ねられた。
「あ、馬車と一緒に走るのが楽しかったので……また走ろうかと」
するとセレスティーヌは一拍置いて、両手を口に添えた。
「……そう仰ってくださったのは、レオンハルト様が初めてですわ」
「えっ、そうなんですか?」
「他の方は提案しただけで虚ろな目をなさいますもの……」
「もったいないですね」
ええ、とセレスティーヌがこくこくと頷いた。聞けば、家族との外出は元より徒歩が専ららしい。
「レオンハルト様。お、お気を付けて」
「はい。油断せず行ってまいります」
こうしてレオンハルトはセレスティーヌに見送られながら帰路に就くのだった。




