狩れちゃった、猪
「セレスティーヌさん。無用なご心配かとは思いますが、まだ暗い森林ですので、足元にご注意くださいね」
「ええ、承知しておりましてよ、レオンハルト様。『埃一つとて油断するべからず』ですもの」
あ、バルドーのほうが先に知っていたローデンベルク家の家訓だ。
できるだけ物音を立てずに森林へと足を踏み入れながら、レオンハルトは数日前の稽古場での会話を思い出した。今思えば、あれも、ローデンベルク家の家訓を先に教えてもらったバルドーへの嫉妬だったのだろう。あの時はずいぶん冷たい返しをしてしまったな、とレオンハルトは反省した。
地図を頼りに、落ち葉や雑草、枝が散らばる不安定な地面を、サク、ザク、と歩いていく。先頭はレオンハルトだ。「少し止まります」と小さく言ってレオンハルトが歩みを止めると、二、三歩ほど距離を置いて歩いていたセレスティーヌのわずかな足音も止まった。
レオンハルトは後ろを振り返る。すると、周囲を警戒しつつも「何かしら……」といった表情のセレスティーヌと目が合った。
「……セレスティーヌさん、もしよろしければ、足音を小さくして歩くコツを教えてくれませんか」
先ほどから、セレスティーヌの足音はレオンハルトのものよりもずいぶん微少だ。体格、体重、装備の重量などの違いはあれど、それを差し引いても差がありすぎる。もし技法があるのなら、修得すれば今後に活かせるのではないか。そう思い、レオンハルトは素直に教えを請うのだった。
セレスティーヌはしばし足元を見つめる。
「わたくしの両足は今、まっすぐなニンジンですわ」
セレスティーヌが小声で、しかし確実にレオンハルトの耳に届く音量で言った。
「そして今、わたくしが歩くのは、わたくしが埋まっていた柔らかい土だと思い込みますの」
「それから?」
「柔らかな土を一切崩すことなく、またニンジンをまっすぐ、綺麗に植え直しますのよ」
「なるほど。それの繰り返しということですね。ありがとうございます」
だいたいわかった。
レオンハルトは「進みます」と言い、そっとニンジンを植え直してみる。後ろから「その調子ですわ」とセレスティーヌの声が聞こえてきた。レオンハルトは「いえ、僕はまだまだです」と答えた。少々難しいが、地面の状態と、想定し得るトラブル、あとはコツさえわかれば身につけられそうではある。
「――あそこに見えるのが、地図ではまだ使われていない罠です」
罠を仕掛けた一つのポイントに到着した。レオンハルトとセレスティーヌは腰を屈めて雑木に身を隠し、同時に双眼鏡を取り出す。そして一度、「ん?」と二人は顔を見合わせる。
「一応、セレスティーヌさんの分の双眼鏡もお持ちしていたのですが……さすがですね」
「レオンハルト様こそ。お気遣い、痛み入りますわ。わたくしは一瞬だけ罠を確認したあと、周囲の様子を見ていますわね」
「助かります。何かあればすぐに肩を叩いてください」
「わかりましたわ」
宣言通り、セレスティーヌが双眼鏡で罠を見たのは一、二秒だけのことだった。その後は双眼鏡を使わず、前方と後方を見ているようだ。そのかわり、レオンハルトがくまなく罠を確認する。
ほんの少し皮がついた毛が落ちている。血痕のようなものも――暴れたような、地面の散らかりも見受けられる。足を挟むことはできなかったか。だが、猪が通ったルートの方角は一箇所だけだ。罠の住処を往復した可能性が高い。
レオンハルトは顔から双眼鏡を離し、地図を見る。猪が往復したであろう方角の先には、住処がある最有力候補のポイントではなく、二番目に可能性が高いポイントがある。
――どうしたものか。
とはいえ、ある程度、レオンハルトの中では推測できているが、ここはセレスティーヌからも意見をもらいたい。
「セレスティーヌさん。役割交代しましょう」
「ええ」
今度はセレスティーヌが双眼鏡で罠をじっくり観察し、レオンハルトが周囲の様子を観察する役目を担った。
――住処を変えたか。
レオンハルトは地図を小脇に挟み、セレスティーヌの判断を待つ。「レオンハルト様」とセレスティーヌから声がかかったので、レオンハルトは地図を差し出した。セレスティーヌは「ありがとうございます」と礼を述べながら地図を広げる。
おや、森林の向こうで影が動いた。音はカサカサという小さなものだった。距離があるのか。
「レオンハルト様はどうお考えでして?」
しばらく周囲を観察していると、セレスティーヌが小声で尋ねてきた。
「僕は住処を変えた可能性が高いかと」
「わたくしも同じ意見ですわ」
レオンハルトはセレスティーヌから地図を受け取る。
「それと、セレスティーヌさん。つい先ほど、二番目のポイントの方角に動く影が見えました。同じ場所から少しだけ物音も」
「あら……わたくしが見た時は音は聞こえなかったのですけれど……」
「空腹状態なんでしょうか」
「そうだと思いますわ。罠に掛かった個体だとしたら、このまま畑に直行されてしまいますわね」
二人はまた顔を見合わせて、こくりと同時に頷いた。
「僕は剣を抜いたまま先頭を歩きます。セレスティーヌさんも、いつでも射撃してください」
「わかりましたわ」
こうしてレオンハルトとセレスティーヌは、猪の住処がある可能性が二番目に高いポイントを目指すことにした。
ドッという音とともに猪の片目が矢で射抜かれたのは、その姿が見え、レオンハルトが盾を構えた時だった。レオンハルトは反射的に駆け出し、片目を潰されて四方八方に暴れ出す猪の喉元を一突きする。これで一頭目。
息をつく暇もなく奥から二頭目が出てきた。また重い音とともに二頭目も視界を奪われた。レオンハルトは、真正面から猪の眉間を剣で貫いた。
三頭目は――レオンハルトが剣を下ろした時には、すでにセレスティーヌの放った矢が仕留めていた。崩れ落ちる三頭目の猪の姿に、おおっ、とレオンハルトの肩が上がる。
「想像以上のお手並みです、セレスティーヌさん。さすがですね」
ここが夜明け間近の森林でなければ、レオンハルトは大声でそう言っていたはずだ。
「光栄ですわ。『その手に持ちうるものすべてを武器とせよ』が我が家の家訓の一つですの」
「すべて」
「おじいさまが追加なさった家訓ですわ」
伝説の騎士団長ジークフリート・ローデンベルクが追加した家訓。ぴく、とレオンハルトの肩がわずかに跳ねた。
「レオンハルト様こそ、的確に急所を突く、無駄のない動きでしたわ」
セレスティーヌの声は小さいながらも弾んでいる。そのままセレスティーヌはクロスボウを左手に、レオンハルトは剣を左手に持ち、空になった右手同士で静かにハイタッチした。
レオンハルトとセレスティーヌが仕留めた三頭の猪はもう痙攣すらしていない。「ありがとうございます」とレオンハルトは素直に喜んだ。
「クロスボウの使い方もおじいさまから?」
レオンハルトはジークフリート自慢のものだというクロスボウを興奮した表情で眺める。「ええ、基礎は」とセレスティーヌが頷いた。
「あとは家中の技法書を片っ端から読み漁りましたのよ」
「いいなあ……ローデンベルク家の図書室は、きっと僕にとっては王立アカデミーの図書館以上に価値があると思います」
「今度お持ちいたしましょうか?」
「いえ、文化財レベルの技法書です。お屋敷の外に持ち出すべきものではないかと」
「……何冊か王立図書館に寄贈いたしましたわ」
貴重な文化財が、か。これも『使われぬ武具に価値など無し』の家訓のような考え方なのだろうか。レオンハルトが拳を握り、自分の眉間を押さえる。
「『読まれぬ技法書に意味など無し』が我が家の家訓の一つでしてよ」
やはり家訓だった。
鎧といい技法書といい、レオンハルトとローデンベルク家では価値観が異なるようだ。しかし一理ある。
「……今度……王立図書館に読みに行きます。絶対に」
セレスティーヌが今携帯している、ジークフリート自慢の盾も気になるが――それより、とレオンハルトは剣を鞘に納める。そして地図を広げ、携帯用のペンで三の字を書いたのだった。
「このまま他の猪を探してもいいのですが……もうすぐベックたちの不寝番が終わる時刻でして」
「でしたら一度、戻りますのね」
「はい。農家の方に許可をいただいて、血抜きするための区画を簡易的に設けていますので、この三頭はそこまで運びますね」
「まあ。レオンハルト様、さすがに三頭を一度で担ぐのは……」
レオンハルトが平然と猪を一頭ずつ重ねていると、セレスティーヌの手によって静止された。「僕はこれくらいなら」とレオンハルトが弁明する前に、セレスティーヌが口を開く。
「ずるいですわ。わたくしも五頭までなら一度に成猪を担げましてよ」
バルドーでも成猪を一度に担ぐことができるのは三頭までだ。だからセレスティーヌも担げるのは精々三頭前後かと思っていたが、なるほど、見くびっていたようだ。レオンハルトはセレスティーヌに対する認識をあらためた。
「では、セレスティーヌさん。ご相談させてください」
「ええ、構いませんことよ」
「先ほど猪と目が合った時、セレスティーヌさんは、僕が盾を構えるよりも速くクロスボウを発射されました」
「……あら? そうでしたかしら?」
セレスティーヌはまるで記憶にないと言うかのようにレオンハルトとクロスボウ、交互に視線を往復させる。レオンハルトは、ふふっ、と笑い声混じりに「そうですよ」と頷く。
「そのおかげで僕も猪に向かって動くことができたんですから。反応の速さはセレスティーヌさんのほうが上でした」
「そうでしたのね……レオンハルト様のほうが速かったとばかり……」
セレスティーヌは照れくさそうにクロスボウを背後に隠した。そのまま、ふむ、と顎に指を当てた。
「レオンハルト様のご相談というのは、つまり、レオンハルト様が三頭をすべて担ぐかわりに、有事の際はわたくしが真っ先にクロスボウで対処するのはどうか――ということでして?」
「はい。もし農園に戻る道中に他の猪と遭遇したら、反応の速いセレスティーヌさんが射撃する。僕はこの三頭をその場に投げて剣で応戦する。どうでしょうか」
「……任務が終わり次第、血抜きした猪はわたくしも運ばせていただいても?」
「もちろんです。あ、でも、僕も騎士団本部まで運びたいので、一緒に運ばせていただきたいです」
「わかりましたわ。そういたしましょう」
交渉成立だ。
よし、とレオンハルトは重ねた三頭をのっそりと肩に担いだ。
それからレオンハルトとセレスティーヌは農園と森林を何度も往復し、猪狩りは正午まで続いた。
ガチャッと小さく矢を番える音が後ろで聞こえるや否や、目の前の猪の眉間から鈍い音が響く。そしてレオンハルトが猪の鼻から脳天へと剣を突き刺す。いずれの猪もレオンハルトの盾にぶつかることはない。
これほどスムーズに、そして一頭一頭が一分もかからずに地に倒れる猪狩りは初めてだ。猪が積み重なれば積み重なるほど、レオンハルトはセレスティーヌのクロスボウの腕前に感嘆した。
ジークフリート自慢のクロスボウと言えど、優れた武具のおかげだけではないだろう、この速度は。『使われぬ武具に価値など無し』。しかし真なる価値が発揮されるかどうかは使い手の技量次第だ。
いい持ち主に受け継がれたものだ。レオンハルトはセレスティーヌの持つクロスボウを羨んだ。
セレスティーヌは猪が絶命したことを確認し、矢が抜けないかどうか、手で何度か揺らしている。
「猪の首や胴体を斬り落とさずにすべて仕留めるなんて、さすがですわね、レオンハルト様」
「荷物が増えるだけですからね。それに『さすが』は僕のセリフです。セレスティーヌさんは、僕が撃ってほしいと思ったところすべてに矢を命中させてくださいました」
戦いやすかったです、とレオンハルトが続けた。
セレスティーヌの実力を疑っていたわけではないが、先日の舞踏会で、援護ができると言っていたのは彼女の出任せなどではなかった。とレオンハルトはただただ驚く。
「あら。それはレオンハルト様が、わたくしが確実に狙い撃ちできるよう、隙間を残しつつ前衛で戦ってくださったからでしてよ」
「なるべく壁にならないよう気を付けてはいましたが……」
レオンハルトの口角が緩む。
「だんだん『セレスティーヌさんならこれくらいであれば撃ってくださるだろうな』と感覚が掴めてきたんです」
「わたくしも、ここに撃てばよいのかしらと少しずつわかってきましたわ」
そうしたらレオンハルト様はわたくしの矢を無駄にせず戦ってくださったんですの、とセレスティーヌがクロスボウを掲げる。
「わたくし、こんなに誰かと楽しい猪狩りができたのは生まれて初めてですわ!」
えっ、とレオンハルトが思わずたじろぐ。
「おじいさまとか……外交官のお父上や、今は国外にいらっしゃるというお兄様は?」
すると、セレスティーヌは宙を見つめながら、むう、と頬を歪ませる。
「おじいさまはわたくしが撃つ前に倒してしまっていましたのよ、いっつも」
たしかに倒しそうだ、とレオンハルトは執務室の肖像画の顔を思い出す。
「お兄様は素手で素早く猪を相手になさいますから、誤射が危なくて滅多に撃てませんわ。お父様は……狩りのたびに武器を変えますから、連携が難しいんですの」
「お母上は?」
「お兄様と同じでしてよ。たまに剣で前衛を担ってくださいますけれど、めちゃくちゃな動きで剣を使いますから……お兄様より厄介ですわ」
全員、見てみたい。ジークフリートだけがこの世を去っているのが悔やまれる。「そうですか」とレオンハルトは偉大な先達の不在に寂しくなった。
「ですからわたくし、人間と組んで猪狩りをするのがこんなに楽しいだなんて、知りませんでしたわ」
「任務なので、本来はこんなことを言うのも憚られますが……僕も楽しかったです、猪狩り」
誰にも言わないでくださいね、とレオンハルトが恥ずかしそうに補足すると、セレスティーヌは「内緒ですわね! 国の旗に誓って、絶対口外しませんわ!」と両手で拳を作りながら目を輝かせた。その姿がなんだか面白く、レオンハルトはつい地図で顔を隠して笑った。
「結局、事前に想定していた数より多く狩ったことになりますね」
レオンハルトは笑いの余韻が絶えないまま、セレスティーヌにも地図を見せる。
「五頭多いですわね」
「まあ、誤差の範囲……と呼べるでしょう」
二人の視線が地図の隅の数字をなぞる。
「もうこのあたりで新しく猪と遭遇する危険性は下がったと思いますが……セレスティーヌさん、農園まで担がれますか?」
レオンハルトとセレスティーヌの前には、倒したばかりの五頭の成猪が倒れている。
「よろしいんですの!?」
「僕が危ないと判断したら後ろから支えますが、それでもよければ」
「レオンハルト様が後ろを守ってくださいますのね。わかりましたわ、お願いいたします!」
レオンハルトが地図を折りたたむあいだ、セレスティーヌがひょいひょいと成猪を五頭、担ぎ上げていく。本当に楽しそうだな、とレオンハルトから笑みがこぼれる。
「安定しましたか? どこか微調整したほうがいいならお手伝いしますから、遠慮なく仰ってくださいね」
セレスティーヌがクロスボウごと後ろ背に担ぎ上げた猪の位置を確認しつつレオンハルトが言う。
「では、お言葉に甘えて……下から二頭目を少しだけ前に押してくださいますかしら」
「このくらいでしょうか?」
「バッチリですわ」
「では、いつでも出発してください。ペースは合わせます」
「お願いいたしますわね!」
セレスティーヌの足も弾んでいる。「お任せください」と言い、レオンハルトもそれに続いた。
「セレスティーヌさん。僕の足音、夜明け前と比べてどうですか?」
レオンハルトは四方、特に前方を注意している。
「段違いに小さくなりましたわ。さすがでしてよ、レオンハルト様。わたくしは、その領域に到達するまで三日ほどかかったんですもの」
セレスティーヌの後ろを歩いていてよかった。レオンハルトは片腕で口元を覆う。木陰だというのに今日も暑い。王宮に気温の急激な変動について意見をもらうべきだろうか。
「セ、セレスティーヌさんの教え方が効いたのだと思います。……ありがとうございます」
いつか彼女の前を無音で歩いてみせよう。騎士団本部の屋内通路は石畳だ。まずはそこで特訓するか。レオンハルトは練習場所になりそうな候補を探す。
「レオンハルト様、猪狩りはもう終わりですのよね?」
「はい。合計で二十一頭も狩れば、ひとまず安全かと」
「……もっと続けたかったですわ……」
後ろ背に積み上がった猪はちっとも揺らがないが、それを担いでいるセレスティーヌの声はしぼんでいった。
「これも誰にも言わないでいただきたいのですが、僕もです」
「ですわよね! もちろん国の旗に誓って口外いたしませんわ」
おっと、とレオンハルトが真ん中の猪に手を添えた。「あ、つい……失礼いたしましたわ」と気まずそうなセレスティーヌの声がすぐ耳に届いてきた。
「やっぱり猪狩りが好きなんですね」
何せ、あれほどお忍びで狩りに来ようとしていたくらいだ。レオンハルトは小さく笑いつつ、しみじみ思った。
「以前から一人で狩るのは好きでしたけれど、レオンハルト様との猪狩りがいっちばん好きになりましたわ!」
「あっ、えっ?」
一人で。
いや、セレスティーヌの実力ならば、一人で一日に二十頭は狩っていても不思議ではないのだが。レオンハルトは先ほどのセレスティーヌとの会話を思い出す。
「セレスティーヌさんのおじいさま……ご家族との猪狩りは?」
「ち〜っとも楽しくないですわ。わたくしはいつも、途中から別の獣を探しますもの」
「まあ……お話を聞く限り、皆さんが単独で狩りをされているご様子でしたが……」
「お夕飯は豪勢になりますけれど、それ以外はつまらないんですのよ。ですから、わたくしが狩りできちんと援護できるのは我が家のメイドやシェフだけでしたの。たまに状況を読んでわたくしが前衛へ回ることもありますから、後衛に専念する機会が少なくって……」
メイドやシェフとも狩りをするのか。
ものすごい量の肉が食卓に並ぶんだろうな、とレオンハルトはローデンベルク家の狩りを終えた日の夕食を想像する。使用人全員を満腹にさせても、まだ余りそうだ。
いやいや、そこではない。レオンハルトは首を振る。あの伝説の騎士団長との猪狩りよりも、自分との猪狩りのほうが、いっちばん。
――誰にも嫉妬しなくていい。
レオンハルトは額の汗を、片手でこっそり拭った。
「……またお誘いいただけませんこと? 猪狩り」
セレスティーヌはやや早口だった。
こうして前例を作ってしまった以上、レオンハルトが断れそうな口実は、今のところ思い当たらない。
「いずれ……また。立場上、あまり申し上げにくいことではありますが……また被害が出てしまったら、その時は」
そう返答するのが精一杯だった。
セレスティーヌも、うぐ、と珍しく言い淀む。
「わたくしも農園の作物に支えられておりますし、期待してはいけないことだと重々承知しているのですけれど……また、被害が出てしまいましたら、ぜひお声がけくださいませっ」
やはり少し早口だった。語尾は特に。
一拍置いて、二人同時に吹き出した。こうして猪狩りは、大小、二十一頭という十分すぎる成果を出したのだった。




