僕と行きませんか、猪狩り
舞踏会とはこれほど時間が遅く感じられるものだっただろうか。今日だけで二十名弱のご令嬢と踊った気がする。だが幸い、楽団の曲はまだ続くようだ。さすがは王都随一の実業家である侯爵家だ、楽団も給仕も交代制らしい。
一緒に踊ると口約束をしたご令嬢とは踊り終えた。レオンハルトは壁沿いの――相変わらずソファに座っているセレスティーヌの元へ向かう。その付近には誰の姿もない。
「セレスティーヌさん。こんばんは」
「ごきげんよう、レオンハルト様。ダンスの足捌きもお見事でしたわ」
「……もしかして、ずっと見ていらしたんですか?」
二十名弱のご令嬢方と踊る自分を。いや、まあ、セレスティーヌの視線には感付いていたが、こうして改めて言葉にするとなぜだか後ろめたい気持ちになる。「はい」と頷いたセレスティーヌに、レオンハルトは苦笑した。
「わたくしが幼い頃、決して獲物から目を離すなとおじいさまから教わりましたの」
「伝説の騎士団長から……」
伝説の騎士団長、セレスティーヌの祖父ジークフリートは狩りの名人でもあったとレオンハルトは聞いている。だからなのだろうか、セレスティーヌがやたら猪狩りに行きたがる理由は。
「おじいさまのお話については今度詳しく聞かせてください。それより、セレスティーヌさん、僕と一曲、踊っていただけませんか?」
「あら、もうパーティーも終盤でしてよ」
だからである。横からバルドーに茶々を入れられず、きちんと「猪狩りは諦めてください」と伝えるには、ダンスしかないだろう。レオンハルトは「あと数曲は演奏が続くはずです」と食い下がる。
「……それとも……その……他に踊るお相手が?」
おずおずと尋ねたレオンハルトに、セレスティーヌはきっぱりと首を横に振る。
「いいえ。わたくしは皆さまのダンスを眺めるのが好きなんですの」
「なぜですか?」
「皆さまの身のこなしで学べることもあるかと思いまして」
ああ、そういうことか。たしかにダンス中の呼吸や足の動かし方はレオンハルトも戦闘に応用している。
「あれ〜? 団長だ〜」
座らないんですか団長、と言いながらバルドーが両手にグラスを一つずつ持って現れた。そして当然のように片方のグラスをセレスティーヌの前に差し出す。
「はい、セレッちゃん。お待ちかねのジュース」
「わざわざありがとうございます、バルドー様」
セレスティーヌと一緒にいた辺境伯家のご令嬢は今、フロアで踊っている。それはレオンハルトも知っていた。そのご令嬢と入れ替わるようにバルドーがセレスティーヌの隣にいたことも。
「……ずっと一緒にいたな」
レオンハルトは自分の声の低さに自分でも驚いた。バルドーは少し意外そうに眉を一瞬上下させたが、特に気にしていないようだ。
「俺ですか? はい。いました。セレッちゃんと。ずっと。一緒に」
その一言一言で胸を刺された思いだった。レオンハルトは「そうか」と短く済ませ、改めてセレスティーヌへ片手を伸ばす。
「セレスティーヌさん、僕とダンスはご一緒できませんか?」
セレスティーヌの右手が伸びかけたものの、その視線はちらちらと周囲を確認している。「よろしいのかしら」と遠慮がちにセレスティーヌが言う。
「あちらで他の女性の皆さまが目をギラギラさせていらっしゃいますけれど」
まだ放たれようとしている矢がいるのか。レオンハルトは奥歯を一度噛み締めた。
「……一緒に踊ることで、戦いに活かせることもあるかと」
そしてそう付け足したのだった。
「ぜひご一緒させてくださいませ!」
セレスティーヌの目がぱっと輝いた。あっさり重ねられた手に、レオンハルトのほうが驚いたくらいだ。お互い手袋越しとはいえ、セレスティーヌの手の感触は初めてだ。今日踊った、どの女性の手とも違う。やや肉厚で、鍛えられてはいるが、思いのほか小さな手なんだな。レオンハルトはまじまじとセレスティーヌの片手を見る。
「ヒューヒュー」
「なんだバルドー、何か文句でも?」
「いや団長、なんでそうなるんです?」
囃し立てただけじゃん、とバルドーがぶつぶつ言っている。――少し頭を冷やすべきか。ここに来てから、調子が思い通りにいかない。レオンハルトはそう思ったが、セレスティーヌの手を取った以上、今さら撤退などできない。
「バルドー、お前は飲み物ちゃんと見てろ」
「あーい」
我ながら雑な指示だったと思う。こういう時の、バルドーの寛大な心が羨ましいし、それに甘んじてしまう自分の如何に情けないことか。レオンハルトは背中に目に見えない重たいものを感じながら、セレスティーヌをエスコートしてフロアへ向かった。
シャンデリアに照らされ、スローテンポで踊るレオンハルト。その両手はセレスティーヌの手と背中に回されている。
あ、楽団の指揮者、その道五十年というベテランの老紳士だ。姿勢はちっとも歪んでおらず、肩、腕、指先に至るまで繊細にコントロールしている。きっと日頃から身体を鍛えているのだろう。さすがである。
あの給仕係は新人だろうか、この侯爵家では初めて見る顔だ。だがさすが侯爵家、新人であろうとも基礎スキルの高い人材を採用しているようだ。自由に動くゲストの中を縫うような身のこなし、見習うべきだ。
お、あそこにいるのはうちの騎士だ。来ていたのか。しまった、こちらから挨拶するべきだっただろうか。地位に傲慢になっていてはいけない。
「レオンハルト様、いけませんわよ」
「はいっ」
それまで無言で踊っていた二人だが、セレスティーヌから突然のダメ出しを受け、レオンハルトの声が裏返った。
「視線が泳いでいらしてよ」
ごもっともだ。レオンハルトは思わずセレスティーヌから目を背けようとしたが「レオンハルト様」という鋭い声によって妨げられる。
「戦場の状況を把握する目の動かし方ではございませんわ」
「はい」
レオンハルトは力なく頷いた。たしかに注意力が散漫していることはレオンハルト自身、わかっている。「猪狩りは諦めてください」、それを伝えるだけだというのに、なぜこうも気が散るのだろうか。
「レオンハルト様の、パートナーの体に添える手も、いつもよりぎこちなくってよ」
「そ、そうでしょうか?」
「はい。いつもであれば女性がバランスを崩さぬようお支えなさっていますもの」
いつもであれば。レオンハルトはセレスティーヌの言葉に引っかかる。
「もしかして、今までの舞踏会、毎回僕を見てたんですか?」
まだビギナーランクとしても未熟だというのに、そんな姿を見られていたというのか。恥ずかしいにも程がある。せめてランクアップした姿を見てほしい。レオンハルトは首の後ろが熱くなるのを感じた。
「観察していたのはレオンハルト様だけではございませんわ」
「そうですか……」
首の後ろの熱はすぐ冷めた。
「けれど、いつも踊りの技術が抜きん出ていらしたのはレオンハルト様でしたわね」
「踊りの技術」
「周囲に目を配らせながらも、つねにパートナーに顔を向け、パートナーの首や肩の動き、そして体に添えた手で動きを先読みなさる技術。さらにご自身の体幹は決してブレることなく、パートナーのドレスの裾が誰にも当たらぬよう距離をとる勘。あっぱれでございます」
レオンハルトはまるで戦評を聞いている気分だった。
「……僕と一緒に踊ろうとは思わなかったのですか?」
レオンハルトはそう尋ねた。
何度もプロポー――いや、決闘を申し込んでくるセレスティーヌだ。一度踊れば、こちらの体の癖や索敵のタイミングくらい少しはわかりそうなものだが。
「ご一緒するより、観察するほうが学びが多いと思いましたの。学年はわたくしが二つ下でしたけれど、王立アカデミー時代から拝見しておりましたわ」
「長いですね」
「その頃から、いつか手合わせしてみたいと思っておりましたの」
王立アカデミーは文官クラスと士官クラスに分かれている。違う学年の生徒同士の交流は基本的に少ないが、年に数回、全学年、全クラス合同で舞踏会が開催されるのだ。
その頃から見られていたのか。ちっとも知らなかった。知っていれば、学生時代のセレスティーヌと剣を交えることができたかもしれなかったのに。
「それに、レオンハルト様はいつも入れ代わり立ち代わりさまざまな女性と踊っていらっしゃいますし、助かっておりますわ」
「い、入れ代わり立ち代わり……」
あまり聞こえがよくない。そうか、セレスティーヌにはそう見えていたのか。レオンハルトは苦笑する。
「女性によって癖が違いますものね」
セレスティーヌは悪気があって言っているわけではない。それはレオンハルトにも理解できる。だが、言い訳したい。そう思った。
「僕は、好きでさまざまな女性と踊っているわけではないです」
「そうなんですの!?」
レオンハルトの目の前にある、深い青の瞳が大きく見開かれた。「そんなに驚きますか?」とレオンハルトは戸惑う。
「わたくし、てっきり……レオンハルト様の訓練の一環かと」
たしかに訓練にはなるが。
「では、わたくしとのダンスも訓練にはならないのですわね」
「訓練のつもりじゃないです!」
つい即座に否定してしまった。「あ、いや」とレオンハルトは口を動かす。
「たしかにあなたとのダンスは学べることもありますが……」
「まあ、レオンハルト様。本当でして?」
「はい。こちらが先読みしていたステップをさらに先読みされているので」
非常に踊りやすい。
絶対に踏みたくない綺麗な青一色のドレスの裾も、セレスティーヌ自身が踏まれないようコントロールしてくれている。それに、いつもであればリードに徹するレオンハルトが時にはうまく誘導されることもある。そしてその誘導された先はすべて、レオンハルトも最適解だと思えるルートだった。
レオンハルトが確認できない後方をセレスティーヌが確認し、セレスティーヌの後方をレオンハルトが確認する。
「とっても踊りやすいですわよ、レオンハルト様とのダンス」
「はい。僕も同感です」
「勉強した甲斐がありましたわ」
こんなに楽しいダンスは初めてだ。こちらが気にしなければならないドレスの広がりや、それに必要なスペースも、セレスティーヌが把握してくれる。いつもならそちらに割いていた勘を他のことに使えるのだ。
だから、ステップの難易度を少し上げてみても――ああ、やはりセレスティーヌはそつなく合わせてくれる。一曲だけで終えるのが惜しい。
そうだ、違う。今はダンスを楽しんでいる場合ではない。レオンハルトは本来の目的をようやく思い出す。
「セレスティーヌさん、猪狩りはおやめください」
それは騎士の役目です、とレオンハルトは改めて言った。「あら」とセレスティーヌがレオンハルトを見上げる。
「農家から頼まれた一般人という体でしてよ」
「それは言っちゃったら元も子もないです、セレスティーヌさん」
まさかバルドーがせっかく吹き込んでくれた抜け道をセレスティーヌ自ら塞いでしまうとは。いや、彼女らしいと言えば彼女らしいのか。レオンハルトはこれまで戦ってきたセレスティーヌの姿を思い出す。
「セレスティーヌさん、駆け引きは苦手ですよね」
こちらの無言の挑発にも、挑発とわかりながら乗ってきた。セレスティーヌの体力を削ぐためにも技を使わせようとしたら、レオンハルトの意図通りに技を披露してくれた。レオンハルトが盾で防御に徹した時も、防がれるのはお構いなしに全力の一撃を連続で叩き込んできた。
セレスティーヌはおそらく、戦闘以外でも駆け引きは苦手なのだろう、とレオンハルトは思い至ったのだった。
「おじいさまからも『お前が猪だ』と言われてましたわ……」
伝説の騎士団長は孫娘にどんな暴言を吐いていたのだ。レオンハルトもさすがに崇拝する先達に苦言を呈したかったが、レオンハルト自身、セレスティーヌを獣扱いしかけた前科がある。そして、セレスティーヌが猪、わからなくもない。むぐむぐと唇を動かしつつ、レオンハルトは猪扱いについては触れないことにした。
「セレスティーヌさんはいつも全力なので、決闘でスタミナ切れをなさっていると思います」
「自覚はありますわ……」
「スタミナ切れになると集中力も欠けてしまっているようなので、いつも戦闘の終盤になると隙が増えています」
「はい……」
今度はレオンハルトが戦評を述べる番だった。
「猪になるのも、猪狩りもおやめください」
よし、あらためて本題を言えた。
「レオンハルト様。猪狩りもダメですの?」
「どちらかというと猪狩りのほうをやめていただきたいです」
猪になる分には構わない。レオンハルト自身で対処のしようがあるからだ。セレスティーヌは、むう、と眉間を寄せ、残念そうな顔をする。
「バルドー様とご一緒する予定ですけれど」
フロアでの今の位置からは、セレスティーヌにはバルドーが座る壁沿いが見えているのだろう。セレスティーヌの視線がちらりと動いた。
またバルドーか。たしかにバルドーは腕も立つし、狩りにも長けている。剣や弓、ボウガン、槍だって一通り扱える。戦略を練るのも、相手に合わせてコミュニケーションや戦い方を変えるのも上手だ。
レオンハルトはセレスティーヌの体をリードし、大きくターンした。セレスティーヌからバルドーが一切見えないように。
「なら、僕と行きませんか、猪狩り」
この人は猪狩りを諦めない。そう、セレスティーヌは諦めが悪い。そんなこと、レオンハルトが一番よくわかっている。
不屈の精神を持つ相手を諦めさせようとした自分が間違っていた。レオンハルトは自分の意思を変えることにした。
「よろしいんですの!?」
セレスティーヌの声が弾んだ。深い青色の瞳に、今日は剣戟の火花ではなく、シャンデリアの華やかな光が散りばめられている。
「――ふはっ」
ステップを踏むたびにきらめく瞳を見て、レオンハルトはつられて笑ってしまった。レオンハルトの無邪気な笑い声がダンス中に――社交界に響いたのはこれが初めてだ。その瞬間に周囲が色めき立ったことなど、二人は気付いていない。
「そんなに……ふふっ」
自分はあんなに雑な指示を出してしまうほど、あんなに他人に甘えてしまうほど、あんなに情けないほど醜い姿になっていたというのに、セレスティーヌがただ見ていたのは猪狩りだけだったのか。
レオンハルトは拍子抜けした。
――この胸が空くような気持ちは、そうだ。
他の騎士が使えて自分は使えず悶々としていた時、思いがけず実戦で使えてしまったような、嫉妬が払拭された気持ちだ。
嫉妬か。嫉妬をしていたのだ自分は。
バルドーには本当に悪いことをした。やはり先代から次期騎士団長に任命されたのを決闘で固辞しようとしたのも、せめて副官にバルドーをつけてくれと頼んだのも、何一つ間違っていなかった。自分は未熟であり、長年支えてくれている友人がいなければ長など務まらない人間なのだ。
彼にはのちほどきちんと謝罪しよう。ただ今だけは、目の前の、弾んだ声色と高揚した表情の人との時間を楽しませてほしい。
「セレスティーヌさんは、そんなに猪狩りがしたかったんですか?」
「はい! 人間相手では味わえない、理性の通じない相手との戦いは格別でしてよ」
「ふっ……ははっ。そのお気持ちは僕もわかりますが、どうかこれだけは守ってくださいませんか」
「何でして?」
「僕かあなた、あるいは両方が命を落としかねないと判断したら、必ず撤退します」
「当然ですわ。その上で最善を尽くすのがローデンベルク家に生まれた者の使命でしてよ」
得意げにセレスティーヌが一段と難しいステップへとリードした。もちろん、レオンハルトが合わせられないわけがない。そちらがそう来るならば、このターンはどうだ、とレオンハルトが笑ってリードすれば、やはりセレスティーヌもついてくる。
さらに難しくしてもいいだろうか。そんなレオンハルトの無言の問いかけに、セレスティーヌもまた言葉もなく応じてくれる。時間を見つけて、ステップを練習しよう。彼女とまた踊りたい。
「猪狩り、僕は援護もできますが」
「あら、レオンハルト様。わたくしもできましてよ」
「では僕が前に出ましょう。セレスティーヌさんには援護をお願いします。弓かボウガンは嗜まれますか?」
「ええ、四歳から。多少の心得はありましてよ」
四歳から。レオンハルトはまた「ははっ」と笑った。
「ではぜひ僕にその腕前を見せてください」
「腕が鳴りますわ!」
「ふふっ。セレスティーヌさんには後方からの射撃をお願いしますね」
「お任せくださいませ」
やはり駆け引きは苦手らしい。猪狩りでセレスティーヌを前方に出すまいとするレオンハルトの意図には気付いていないようだ。
「そうだ、セレスティーヌさん。盾もお持ちくださいね」
するとセレスティーヌの眉が歪む。
「盾は、わたくしには重いのですけれど……」
「なるほど。盾の扱いは僕には及ばない、と」
「必ず持ちますわ」
レオンハルトの肩が揺れた。これで猪狩りにおけるセレスティーヌの一定の安全性は確保されただろう。
曲がまた一区切りつきそうだ。ああ、この手をもう離してしまうのか。レオンハルトの脳裏に、初めて伝説の騎士団長の愛剣と対峙したあの日の決闘の余韻が過ぎる。レオンハルトは楽団を一瞥した。
――そうだ、ここは決闘場ではない。
「セレスティーヌさん。このまま、もう一曲、踊りませんか」
えっ、とセレスティーヌの指が跳ねる感触が伝わった。よほど意外だったのか、セレスティーヌの頬がわずかに赤みを帯びている。
「ですけれど、レオンハルト様、他の女性の皆さまがお待ちのようですわ」
「猪狩りの予行演習です」
「受けて立ちましょう。踊らせてくださいませ」
ふふ、と二人同時に不敵に笑う。
「レオンハルト様は夜もお似合いですのね」
このままレオンハルトとのダンスを続けることにしたセレスティーヌが、突然そんなことを言ってきた。
「よ、夜? も? 似合う? 僕が?」
「はい。昼間の決闘中、太陽に照らされたレオンハルトの白銀のお髪や、その淡い水色の瞳も血が滾りますけれど……舞踏会でお目にかかるレオンハルト様にも、また闘争心が湧いてしまいますの」
「ああ、それは僕もです。セレスティーヌさんは普段は白と青のお召し物ですが、今日は青一色で……僕も国への忠義をより高めなければ、と気が引き締まります」
「……わたくしもドレスソードを携帯したいですわ……」
「僕も、あなた用のものを持ってくればよかった、と先ほど考えていたところなんですよ」
レオンハルトがそう言うと、セレスティーヌがじっとレオンハルトの目を見た。え、とレオンハルトが疑問を口に出す前にセレスティーヌが「わたくし……」と続ける。
「父のドレスソードをお借りして、おじいさまと手合わせして……折ったことがありますの」
「やっぱり折れますか、この細さだと」
「はい。でも、嫌いではないんですのよ?」
「わかります。僕はどんな武器であっても、長所と短所含めて好きです」
「わかりますわ……! でもおじいさまは何でも使いこなせていらっしゃったんですのよ」
「こればかりは年季の違いかと。僕も先代の騎士団長と比べて、未熟なところがありますから」
二つ上のバルドーと比べてすら、自分はまだ至らない部分がある。レオンハルトの肩がやや下がった。それに気付いたのか、「どうなさいまして?」とセレスティーヌが見上げてくる。
レオンハルトは再びセレスティーヌの瞳に引き込まれる。いや、瞳だけではなく、金髪で縁取られたセレスティーヌの顔立ちを見つめた。
――普通に美人じゃないですか。バルドーがまだセレスティーヌを「セレスちゃん」と呼んでいた頃の言葉が頭に響く。美人。美人、美しい人。
「レオンハルト様、どうなさいましたの? わたくしばかり見ていらしては周囲の戦況把握ができませんことよ」
「あなたばかり見てましたか……!?」
「はい。見るべきは連携相手ではなく獲物でしてよ」
そうだった、これは猪狩りの予行演習だった。レオンハルトは周囲一通りに視線を回す。美人。美人。
「また目線が固まってますわよ、レオンハルト」
「あっ。はい」
また無意識のうちにセレスティーヌを凝視してしまっていたらしい。レオンハルトは〝美人〟の定義を探すことを諦めた。なぜなら、セレスティーヌはどう見ても、強者の顔つきだからである。だが、セレスティーヌの瞳に映る光は――火花ほどではないにしろ、綺麗だと思った。
レオンハルトは、今度こそ一礼するのだった。
レオンハルトは壁沿いのソファへとセレスティーヌをエスコートした。いつの間にかセレスティーヌの友人と雑談していたバルドーは、「おかえり〜」とニヤニヤしながら迎える。
「すまない、バルドー。少しいいか?」
「えー、団長、今じゃなきゃダメ?」
レオンハルトがまじまじとバルドー――と、その隣に座っているセレスティーヌの友人、辺境伯家のご令嬢とを見比べる。
相変わらず女性と仲良くなるのが早い男だ。「初めまして、レオンハルト・グランツシュタインと申します」とレオンハルトが挨拶すると、辺境伯家のご令嬢はカーキブラウンの髪を揺らしながら「マリーと申します」とカーテシーをした。
「お邪魔してしまいましたね。そういうことなら、バルドーを頼みます、マリーさん。セレスティーヌさんも、僕はこれで」
セレスティーヌにも会釈し、レオンハルトがにこやかに立ち去ろうとする。
「えっ、団長、ちょいちょいちょい」
「なんだ? どうしたバルドー」
「アンタがどうしたよ団長。急に素直になっちゃって」
腕を掴んできたバルドーの手を、レオンハルトは怪訝そうにあしらう。
「僕は今日中に話せればいいから」
「……ごめんね、マリーちゃん、セレッちゃん。俺、団長に連れてかれることにするね〜」
連れて行かれると言ったバルドー本人に背中を押されながら、レオンハルトはバルコニーに出た。
「――バルドー。僕は邪魔する気はなかったんだが」
「いや……うん。はい。そうなんでしょうけども。来たの俺だし、それはいいんですけども」
屋内から聞こえる楽団の演奏を背に、レオンハルトとバルドーは夜風に吹かれている。
「そんな楽しかったです? セレッちゃんとのダンス」
「………………………………楽しかった」
レオンハルトが小さくぽつりとこぼしたのを、バルドーは「ほぉ〜〜〜〜〜〜〜」とやたら大仰に掬い上げた。
「それと、猪狩りは僕が一緒に行くことにする」
「うん、それはどうでもいいんですけど」
「いいのか!?」
「だって団長も元々、行きたい側の人間じゃん」
それはそうだが。バルドーも行きたいわけではなかったのか、とレオンハルトは困惑する。
「マイナス五十点」
「マイナスになることもあるのか……!」
マイナスになってしまうなら、もはやビギナーランクとすら呼べないのではないか。バルドーに採点され、レオンハルトはバルコニーの手すりに体重を委ねた。
「セレッちゃんと踊ってた時だけはよかった。プラス五十点」
「結局三点か……」
首席で卒業した王立アカデミーの卒業試験よりも難しい。レオンハルトはそのまま夜空を仰いだ。
「んで、団長もなんか俺に話があったんですよね? 猪狩りの件だけなんだったら、俺、もう戻りますけど」
「あ、いや、それだけじゃない」
レオンハルトは姿勢を正し、バルドーに向き直る。
「すまない、バルドー。僕はお前に嫉妬していた。態度にも出ていたはずだ。許してくれとは言わない。ただこれだけは伝えさせてほしい。お前を不快にさせてしまって、本当に申し訳なかった」
「……おおっ!?」
深く頭を下げたレオンハルトに、バルドーは歓喜の声とともにたじろいだ。
「セレスティーヌさんと一緒に猪狩りに行くお前に嫉妬していた」
「セレッちゃんと一緒の俺に?」
「ああ。僕も一緒に猪を狩りたかった」
「そこ?」
え、とレオンハルトが顔を上げると、やたら冷たいバルドーの顰めっ面がそこにあった。
「団長。もう一回、何に嫉妬してたか教えてください」
「やたらセレスティーヌさんと一緒に猪狩りに行きたがるお前にだ。バルドー」
今度はバルドーが夜空を仰ぐ番だった。「なんでかなぁ」と腕を組みながら。
「まあ……うん……トータル十点で」
「今の謝罪で加点なのか?」
「はい。今の謝罪で、もっと高得点狙えました、本当は」
「……お前は厳しい道を歩んできたんだな」
「今もわりとね……」
そのまま、しばらく二人で夜空を眺めていた。「マスターランクのお前はこの星全部が得点なのか」「たぶんね」「月は一点なのか」「月はマスターランクの勲章ですね」「新月は」「新月込みで勲章です」などとぽつぽつ話しながら。




