決闘(プロポーズ)への騎士の反応
バルドーは決着がついた――いや、セレスティーヌがレオンハルトに降参せざるを得ないと判断したばかりのアリーナ、そして前席に並んでいる部下を眺める。
「セレスちゃん……惜しかったのに」
セレスティーヌの敗北を惜しむやつ。
「あの、副団長」
こっちに疑問を呈してくる、いい目をしてるやつ。「ん?」とバルドーは応じる。
「副団長は、もしセレスティーヌさんがあそこまで攻めてなかったら、勝てたと思いますか?」
バルドーは手帳の名前に線を引いたばかりの部下をじっと見つめる。うーん、としばらく思考を巡らせながら。
「お前さ」
「はい」
「団長の強さを疑ったろ。あとで俺の執務室来い。説教な」
説教は他の騎士の目を掻い潜るための嘘である。しかし当の部下はバルドーの命令を本気のものとして受け止めたのだろう、みるみるうちに顔が青ざめていった。
こいつにもレオンハルト特製の、あの十対一の戦術資料を読ませてやろう。先日完成したばかりのとっておきの、あの辟易するほど分厚いものを。バルドーがニヤつけばニヤつくほど部下が血の気をなくしていく。「絶対だぞ」と念押しし、バルドーはニヤついた顔をアリーナに向けた。
「セレスティーヌさんも装備はご自由に、と申し上げたはずですが」
団長は特に消耗してなさそうだな。
バルドーはレオンハルトの呼吸を観察した。あまり乱れていない。俺だったら防戦一辺倒でもバテてたぞ。あの調子じゃ戦場で置いてかれるなぁ、ランニングの量を増やすか、とバルドーは反省した。
一方で、セレスティーヌは先ほどよりは落ち着いたらしいが、まだ剣を支えにしなければまともに立っていられないらしい。
「俺が担いでやりてぇ……」
部下の正直な欲求にバルドーはうんざりした。聞かなかったことにしたいが、そうもいかない。こいつの動向にも注意しとくか。色恋沙汰は面倒だなぁ。バルドーは引き続きアリーナを見る。
「ええ……いろんな装備を考えましたけれど……」
考えたんかい。バルドーは一つ失笑した。
「ですけれど……まずは剣だけでどこまで通用するかを知りたくって……!」
考えた結果が剣一本か。またバルドーが笑った。
「あなたなら、きっとそう来るだろうと思いました」
思ったんかい。バルドーの眉が歪む。わかっていて「自由な装備で」と言ったのか。俺がセレスちゃんだったらキレるなぁ、とバルドーは思った。
「剣と盾で、セレスティーヌさんとどう戦えるか楽しみでした」
「……やっぱり手強かったですわ」
「でも、楽しかったです」
「わたくしもでしてよ。次こそ勝ってプロポーズいたしますわ!」
回復、早いな〜。バルドーは目を丸めたが、驚いたのはセレスティーヌの回復だけではない。
団長、楽しかったんだぁ、へぇ〜。どう面白がろうかな、とバルドーは腕を組む。
「……プロポーズなしの決闘はできないのでしょうか?」
バルドーはとうとう声に出して笑った。レオンハルトが首をもたげて言ったのは、とんでもない正論だ。セレスティーヌ以外にとっては。
「なぜ目的もなく決闘をしなければなりませんの……?」
ほらな。
バルドーは笑いをこらえるのに必死だ。さあ団長、何と答えるんだ。バルドーは片手で口元を隠しつつレオンハルトの返答を待つ。
「ええと……その……自分の部下の前でもプロポーズされるというのは……」
「けれどレオンハルト様。法律で禁止はされていないはずでしてよ」
「たしかに違法ではありませんが。しかし、最近、あなたが稽古場にいらっしゃるのも……その……」
言え言え。しのごの言わずに続きを述べろ。バルドーはもはやただのゴシップ好きと化している。
「そうですわね、もし皆さまのお邪魔になっているのでしたら……」
あっ、セレスちゃんでも引くことあるんだ。
バルドーはやや驚いた。「あ、いえ、そういう意味では」と取り繕うレオンハルトがなんとも滑稽である。あいつは本当に苦手だよなぁ、こういうの、昔っからモテるくせに。バルドーは肩を揺らす。
「やはりわたくしも一度、国中を武者修行するのもいいかもしれませんわね」
「正気ですか!?」
レオンハルトとバルドーの反応が珍しく一致した。
「わたくしの父も母も武者修行として一人旅をなさったそうですの」
「二人旅じゃなく一人旅ですか」
そういや、ローデンベルク卿は家督相続前、一時期行方知れずになってたらしいな。バルドーは昔聞いた噂話を思い出した。しかし母親も武者修行とは。それはレオンハルトも驚くはずである。
「お兄様も『国内の獣は伸した。次は国外だ』と仰って武者修行しに国外へ行ってしまわれましたし」
「ローデンベルク卿のご嫡男が王立騎士団の勧誘を蹴って姿を消したとは伺っていますが、そんな理由だったんですね」
「はい。すでに五年が経ちましたわ」
何してるんだあいつ。かつての王立アカデミーで同級生であり、当時すでに〝獣狩り〟という異名を馳せていた男の姿を思い出し、バルドーは思わず天を仰いだ。
「やはりわたくしもそういう時期を迎えたということですのね」
「いやっ、セレスティーヌさん、たぶん違うと思います! そういうわけではなく……」
「ですが、この王国内にもまだ見ぬ猛者がいらっしゃるかもしれませんわ」
「まだ見ぬ猛者……仮に、もしいたら、その相手とも決闘を……?」
「手合わせ願いますわ。血が騒ぎますもの」
「願うんですか……」
おうおう、セレスちゃんが猛者に手合わせを願ったら悪いのか。だったら次は何を言うんだ。バルドーの視線がレオンハルトに戻る。
「あの、セレスティーヌさん。その、僕はてっきり、騎士団本部でもプロポーズされてしまうのではないかと思って……」
「まあ、だからですのね。先日、バルドー様も、レオンハルト様は逃げたのかと心配なさっていましたわ」
あ、やべ。
レオンハルトのあの水色の瞳は時に怖い。バルドーは危険を察知して顔を背けた。
だが会話相手が目の前にいる以上、長時間は睨まれないだろう。バルドーはもう安全だろうと予測し、またアリーナを見た。よし、予測は当たった。
「逃げっ……たしかに、僕はあなたを避けてはいました。大変失礼いたしました」
「いいえ、レオンハルト様がそう思うのも無理はありませんわ。ですけれど、これだけはわかってくださいませ。わたくしは決闘以外でプロポーズはいたしませんことよ」
それもどうなんだろう。バルドーはつい真顔になる。
「本当に決闘以外でプロポーズはなさらないんですね?」
レオンハルトが食い下がる。
「ええ。国の旗に誓いますわ」
重いな。
だが、なるほど、だからセレスちゃんはいつも国の象徴である青が入った礼装姿なのか。バルドーは納得する。
「であれば、引き続き騎士団本部にお越しください」
折れた!
レオンハルトが折れたのが、今日の一番の収穫かもしれない。バルドーは大満足で喜んだ。
「あ、セレスティーヌさん、それから」
おおっ、団長、次は何だ。バルドーはもうニヤついた顔を隠すことをやめた。
「その……そちらの、あなたのおじいさまの剣。どうか騎士団本部にお持ちになるのはおやめください。あ、いえ、決闘の場なら大歓迎なのですが……」
ここなら歓迎すんのかよ。
「そうでしたわ。レオンハルト様、本日もご覧になりますかしら」
「いえ、滅相もないです。対戦中、しっかり拝見させていただきました。そちらは家宝として大切になさってください。僕は、お恥ずかしながら、騎士団本部にその剣があると思うと……業務に集中できない性格のようでして……」
そんな特殊な独占欲のある性格してんのは、世界広しといえどお前くらいのもんだわ。あー、色気のねぇ会話。バルドーからニヤけが消えた。
「ずりぃ〜、団長」
こっちは少し穏やかじゃないな。バルドーは前席の部下を見た。アリーナで礼を交わす二人を見ながら、不満げな言葉を漏らす騎士もちらほらいる。
「俺も決闘申し込まれてぇな」
「だよな〜……負けても告白できるしな」
部下の情けない声に、バルドーは溜め息をついた。
「こら。そういうのはせめて俺より強くなってから言え」
「だって副団長、闘技場で二人きりっすよ?」
「お前なあ。団長だからセレスちゃんと戦ってもああして平気で立っていられるんだぞ。俺だったら今頃、地面に這いつくばってて、好きだの惚れただのどころじゃねえよ」
お前らも稽古場で這いつくばってんだろ、とバルドーは部下にそれぞれの実力を思い出させる。大いに納得できるやつと、渋々納得するやつ。それでも納得できないやつ。
これはセレスちゃんに決闘の申し込みは断るよう言っとくべきか。良くも悪くもお堅い団長はまだしも、他のやつと二人きりになる状況は避けさせたい。バルドーは一礼してアリーナから去っていく二人を見て思うのだった。




