まあ野次馬にはなりますよね
はえー、セレスちゃん、決闘でもいつもの服なんだ。すげえなあ。
午前の仕事を終えたバルドーは、見学希望の騎士を引率して王立決闘場に到着した。レオンハルトは先に来ている。こっちも、まあ、いつもの――というより先ほどまで見ていたままの騎士団長の装いだ。いつもと違うのは盾を引っ提げていることくらいか。騎士のくせに盾似合わね〜、とバルドーは思った。
「……セレスちゃん、いつもの服なんだ……」
バルドーとは少々異なる調子で同じことを述べた騎士がいた。バルドーはそっと聞き耳を立てる。
「……てっきりここまではスカートで来るのかと……」
だろうな。バルドーは騎士の感想が予想通りだったことに片眉を上げた。これは今後、少し気を付けるべきか。
「お前ら、二人の邪魔すんなよ」
バルドーが部下たちに注意する。
「見慣れた顔でも、ここでは今から決闘する戦士なんだからな」
わざと低めの声で言ってやると、やはり部下たちは肩を竦めて萎縮した。せっかくだ。バルドーはそのまま部下たちを観客席に連れて行くことにした。素直に従う部下と名残惜しそうに後方をちらちらと見る部下、反応はそれぞれだった。
あれが伝説の騎士団長の愛剣か。
バルドーは今から決闘を始める二人を観客席から眺める。セレスティーヌの祖父、伝説の騎士団長ことジークフリート・ローデンベルクが騎士団から完全に引退したのはもう十年は前のことだが、あの愛剣が鍛造されたのはそこからさらに四十年ほど前だと聞いている。
五十年前の剣がまだ現役ねえ。
二人が立つアリーナの中央から、高さのある観客席までは距離があるが、席から見ても頻繁に手入れのされている剣だとわかる。
バルドーは頬をやや引き攣らせながらも、さすがだ、と思った。
「セレスちゃん頑張れー! 団長にぶちかませー!」
バルドーの前に座る部下の一人が叫んだ。
「団長のこともちゃんと応援しろ」
とバルドーが半笑いで指摘したが、結局レオンハルトを応援する声は挙がらなかった。一応、手帳とペンを取り出す部下もいたのがバルドーの救いだ。
「レオンハルト様、対戦よろしくお願いいたしますわね。今日こそ勝って、プロポーズさせていただきますわよ!」
はたして騎士の声援は届いているのやら。そうバルドーが疑いたくなるほど、セレスティーヌはレオンハルトだけをまっすぐに見ている。
「もうちょっと普通にプロポーズしてもいいのでは?」
おっ、プロポーズには慣れたのか。バルドーはレオンハルトの意外な反応に眉を上げた。「もうちょっと普通に」と言うと、レオンハルトが普段から苦手としている縁談話やレディからの直接的なアプローチになると思うのだが。
バルドーは口元を緩ませながら、左膝に乗せた右足に頬杖をついた。
「これが我が家の普通でしてよ?」
例の『剣をもって求愛すべし』か。セレスティーヌの家訓を思い出し、バルドーは笑う。
「そうでした……はい。では、対戦よろしくお願いいたします」
はい、で済ませられるのはおかしいが、さすがに空気が変わったな。剣を抜いたレオンハルトの背筋がわずかに張りつめたのを見て、バルドーは安心した。
いや、全部は安心できねぇか。前席を見たバルドーは、騎士団長が纏う雰囲気の変化を察知できた者とできていない者がいることを確認し、後者にどう理解させるかを思案した。
騎士団長自らこの戦いで理解させられるか、だろうか。「今は戦士である」「今は戦う空気である」ということを。できなければ――まあ、その時は副団長の出番である。
一礼を終えた両者の武器がぶつかる音に、バルドーは目を眇めた。
おお。あれだけ騎士団流の剣技を覚えたってのに、今日は使わないのか。
セレスティーヌの動きを見たバルドーには一目でわかった。ひょっとして、レオンハルトの部下が観戦しているからか。それとも今日はレオンハルトに盾があるから、本来の得意な型で攻めるつもりだろうか。
しかしあんな型、見たことないぞ。バルドーは半ば呆れて笑う。近隣諸国のどこの主流でもない。いや、足捌きと身の躱し方、腕の動き一つ一つに異なる流派を取り入れているのだろうか。だとするのなら、とんでもないことだぞ。体の各部位それぞれに、図書館の本棚に並んだ膨大な図書からその時その時の適切な書籍、そしてさらにその中から最適な一ページを選んで取り入れているということだ。この目まぐるしい戦闘の最中に。
「おお……すげー、セレスちゃん」
ああ、そこは本当に同感だ。バルドーは部下の感嘆に共鳴した。
「団長は受け身だな」
部下の一人のその感想は正しい、とは思った。だが惜しすぎる。次の感想は出てくるだろうか、とバルドーは少し待ってみる。
「でも剣は動かしてるぞ?」
そうだな、それも正しい。バルドーが無言で小さく頷く。今指摘をした部下は、先ほどのレオンハルトの変化に察知できた者だ。
本来、セレスティーヌの、あの継ぎ接ぎの鋭い剣術を片手の剣でいなせているだけでもレオンハルトの技量は測れるのだが。バルドーがしばらく待っても、部下からそれ以上の感想は出てこない。
「団長の盾はどう見える?」
とバルドーが小石を投げてみた。
「盾……と言われましても……」
部下たちは困惑している。
おーい、騎士団長、もっと見せつけるように戦ってみやがれ。バルドーは心の中で悪態をついた。
「あんまり使ってないような?」
おっ、いい目の付け所だ。今の発言をした部下も、察知できた者である。
「じゃあ盾、無駄じゃね?」
お前は察知できなかった側だな。
レオンハルトが今日、わざわざ盾を使っている意義が失われかけつつあることにバルドーは冷や汗をかく。
「使わずに済んでるだけだ。今んとこはな」
「今のところは……?」
バルドーのヒントに首をかしげる部下もいた。
「セレスちゃんがめちゃくちゃな動きをしてきたら盾の出番だ」
バルドーがそう言ったと同時に、早速レオンハルトの盾が前に出た。ガン、と大きな衝撃音が響く。
どんだけ威力あんだよ、とバルドーはセレスティーヌの馬鹿力に引いた。
「今ので斬られてたら、団長、首飛んでましたね」
そうだと思う。部下の感想にバルドーも同意した。よかった、首が繋がってて。レオンハルトが一瞬の判断で防御したことに安堵もした。
「あれっ、団長が攻めた」
いいぞいいぞ。バルドーは部下の目の育ちに満足する。
「なんで攻めたと思う?」
ついでにもう一度小石も投げてみた。
「盾で防がれて……セレスちゃんに隙ができたから……?」
「たぶんそれで合ってる。あとで団長に正解を聞いてみな」
部下の回答にバルドーは頷いた。ここで正解と断言しないのは、バルドーは戦闘脳――もとい、レオンハルト本人ではないからだ。
攻めに入った団長は怖ぇな〜。バルドーはたった一回盾を用いただけで見事攻守を反転させたレオンハルトに堂々と恐怖した。
「お前ら、団長の盾の使い方もちゃんと見とけよ」
「え? でも今は攻めてますよね?」
「だからだよ。盾の位置を見ろ。攻撃するたびに急所をきっちりガードしてんだろ」
しかしそれなりに重量のある盾を片手にあれほど素早い足取りで剣を振るえるもんかねぇ。セレスティーヌが剣で防御するたびに舞う砂埃の多さも見ながら、団長の剣の使い方は参考にならねぇな、とバルドーは思った。
「なんか……団長、ちゃんと強いんですね……」
一人の部下が感心した。わかるわぁ、と内心では頷きつつも、バルドーは訂正する。
「じゃなきゃ歴代最強なんて言われねーだろ」
とはいえここ数ヶ月、レオンハルトが実戦で実力を披露する機会がないのも事実だ。レオンハルトとしては、最近連続しているセレスティーヌとの決闘が久しぶりの実戦なのだろう。
あの薄い水色の目が燦々としているのは、久しぶりの実戦に浮かれているから――という理由だけではなさそうだが。バルドーは、これをどう茶化してやろうかと画策する。
「頑張れセレスちゃーん! 団長をぶっ飛ばせー!」
こいつ。
バルドーは後方から部下を睨む。こいつは「団長のどこがいいんだろ?」と言っていた騎士だ。帰ったら手帳のリストに赤線引いとこう。
おっ、団長、ここで守りに戻るのか。てっきり部下の一声に本気で攻める態勢になるかと思ったが、バルドーの読みは外れた。
なるほどなぁ、そういう形で勝ちにいくのか、まあ盾だしな。バルドーはまた右足に頬杖をつき直した。
「なんで防御態勢になったんだ?」
「え? 俺のセレスちゃんの応援が効いたんだろ?」
「それだけで団長が圧されるかぁ……?」
最後のやつ、お前はいい目をしている。バルドーは部下の意見交換に聞き耳を立てている。
「セレスティーヌさんも諦めないよな〜」
「何回も決闘してるし、当たり前じゃね?」
だが、諦めない精神はいいことばかりではない。バルドーはそれを気付かせるため、次の小石を投げることにした。
「ここからはセレスちゃんの動きを見てみろ」
「え、見てますよ」
「ならもっとちゃんと見て、さっきまでと比べてみろ」
はあ、と曖昧に部下たちが頷く。今は曖昧でもいい。なんとなくでも、盾の使い方を一つ知ることができるなら十分だ。それができれば、ひとまず部下を連れてきた甲斐はあったというもの。バルドーはそう思った。
「あれ? 盾で防がれてばっかりですね」
「なんでだと思う?」
バルドーがさらに投げかけた。
「盾で守ってばっかなの、卑怯じゃないですか?」
それを聞いたバルドーは、あのなぁ、と教える。
「盾で命を守るのは卑怯だと思うか?」
「でもセレスちゃんですよ、相手」
「団長は相手を選んでるんじゃねぇよ。自分が生き残ることを選んでんだよ」
これは断言できる。それに、とバルドーが続ける。
「戦場じゃいちいち相手の生い立ちなんか見てらんねぇよ。でなきゃすぐ自分が死んじまう」
少なくとも俺はな、と補足した。
レオンハルトは今、セレスティーヌと戦っているのではない。自分の命を脅かしてくる戦士と戦っているのだ。油断すれば死に至る負傷をしかねない。
そこんとこ、わかってほしいんだけどなぁ。バルドーはあえて皆まで言わず、部下の様子を見守ることにした。
「じゃあ団長は……今はわざと守ってて……」
うん、いいぞ。
「……なんで?」
疑問を持つのもいいことだ。
「わからないけど、セレスティーヌさんの攻撃が強そうなのはわかる」
そうだな。あれをまともに喰らったらひとたまりもないな。バルドーはあそこで盾を持っているのが自分じゃなくてよかったと心の底から思った。
「セレスティーヌさん、攻撃がワンパターンになってないか?」
お前は本当にいい目をしてるな。こいつにも手帳に線をつけとこう。
バルドーは懐から小さな手帳とペンを取り出し、先ほどとは別の意味の線を一本引いた。「副団長、何やってるんですか?」うお、こいつ、背後の物音にも敏感でいやがる。「セレスちゃんの攻撃パターンをメモしてた」バルドーは適当に誤魔化した。
「たぶんそろそろ決着つくぞ。たぶんな」
バルドーはそう言って部下の視線をアリーナに注目させる。
「頑張れセレスちゃん! あとちょっとだぞー!」
そうだな、セレスちゃんのスタミナがな。バルドーはまた異なる意味で頷いた。
「あ」
部下の一人が小さく呟いた。
それと同時に、セレスティーヌの攻撃が止んだ。
「ゲホッ、ゴホッ……また……負けましたわ……!」
砂埃を吸ってしまっていたのだろう。咳き込んだあと、喉奥から捻り出したようなセレスティーヌの声に、部下一同は息を飲んだようだった。




