騎士たちも決闘(プロポーズ)に興味がある
レオンハルトが悶々と考えているあいだ、これ以上はセレスティーヌと稽古はしないと決めたのか、バルドーは紺の袖をまくり直し、剣を鞘に納めた。
「そうだ。なあなあセレスちゃん、俺にもおじいさまの剣を見せてよ〜」
伝説の騎士団長の肖像画が飾られている騎士団長執務室に頻繁に出入りしているバルドーも、絵の中の剣、その実物を見てみたいらしい。
「バルドー。勝手に私情を持ち込むな」
「でも団長は見せてもらったんスよね?」
たしかに拝ませてもらったが。ぐぬ、とレオンハルトが顎を引く。
「あれは……決闘の場だったからだ」
「ンなこと言って、団長もまた見たいっしょ?」
「それはもちろんお目にかかりたいが」
レオンハルトは即答した。あのような名剣、何度も拝見できるだけで三ヶ月は仕事が捗るというものだ。「私情じゃん」というバルドーの指摘は聞かなかったことにした。
「次の決闘でもお持ちいたしますわね」
「いいな〜。俺、見に行こっかな〜」
バルドーは腕を組みながらセレスティーヌとレオンハルトをちらちら見ている。もちろん口角を上げながら。
「来るな」
レオンハルトは溜め息まじりに返した。
「なんで?」
バルドーがニヤニヤと首をかしげる。
「……私的な決闘だからだ」
「私情私情。団長こそ私情だ私情!」
「決闘は騎士の業務外だバルドー」
鞘に納めた剣を肩に回しながらバルドーはブーイングを続ける。
「バルドー様、わたくしの私情による決闘でしてよ」
「……そだね。そういやセレスちゃんの私的な決闘だったわ」
ブーイングが鳴りやんだ。
「でも俺ら、セレスちゃんと団長が戦ってるとこ見たことないんよ」
「待て、バルドー。『俺ら』とはどういう意味だ」
「俺ら王立騎士団の団員どもですけど」
嫌な予感がする。レオンハルトはこめかみを掻く。
「見たいな〜、俺らも。お二人の決闘!」
やっぱり。バルドーの二の句にレオンハルトは目を伏せた。
「バルドー。野次馬になるつもりなら来るな」
「お二人の決闘でメモを取りつつ座学に励むんならいいんですね?」
「全員は無理だぞ」
レオンハルトは拒絶することを諦めた。「それくらいわかってますって」とバルドーの満面の笑みが小憎たらしい。座学という言葉を出せばこちらが折れると理解していた顔だ。レオンハルトは「見学者のリストは作れよ」と念押しした。
「セレスティーヌさん。そういうことなので……恐れ入りますが、次の決闘は数名の騎士が見学に来ると思います」
「向上心のある騎士の皆さまなのですわね。亡くなった先祖も泣いて喜んでいるに違いありませんわ」
向上心だろうか。セレスティーヌの歓迎の言葉に、レオンハルトの眼は遠くを見つめた。
「あ、そうだ。セレスティーヌさん」
「どうなさいまして、レオンハルト様?」
「次の決闘は、僕は盾を携帯してもよろしいでしょうか」
セレスティーヌは自分が手にしている剣とレオンハルトが腰に携えている紺色の鞘の剣を一瞥し、こくりと頷く。
「剣だけで実戦に臨む騎士は少ないですものね」
「はい。見学させるからには、部下でも応用しやすい形にしたいという僕の我儘ではありますが……」
「構いませんことよ。むしろ普段と違う装備のレオンハルト様だと思えば、戦い甲斐がありますわ!」
「感謝いたします。セレスティーヌさんも自由な装備で戦ってください」
こうして、次の決闘には騎士たちが見学することになった。「戦い甲斐……」とバルドーが苦笑していたのは、レオンハルトもセレスティーヌも気にしていなかった。
夜明け前、王立騎士団本部の宿舎一階にある副騎士団長専用の私室。まだ暗い中でのランニングを済ませて戻ってきたバルドーは、片手にタオルを持って汗を拭いつつ、そのまた片手ではリンゴを丸かじりしていた。
今日は団長とセレスちゃんの決闘かあ。バルドーはタオルで髪をがしがしと拭く。
タオルを首にかけ、リンゴ片手にベッドへ座ったバルドーは、ベッド下床の木材を一つ剥がし、床に埋まった金庫から小さな手帳を取った。慣れた手つきで金庫と床を元に戻し、右足を左膝に乗せたバルドーは、その上で手帳のページを開く。そしてレオンハルトに提出したリストとは別にメモしていた決闘見学予定の騎士たちの名前を読み上げた。
どいつもこいつもセレスちゃん狙いじゃねぇか。それがバルドーの最初の感想だった。うん、今見ても同じ感想だ。バルドーは手帳を閉じた。
一昨日、本部に常駐する騎士全員から希望者を募ったところ、手を挙げた顔ぶれは誰一人としてバルドーが来てほしいと思っていた面子ではなかった。
バルドーが望んでいたのは剣と盾での戦闘が得意、もしくは技術向上を図る騎士だった。あるいは剣兵。そしてレオンハルトと同じ流派の剣術の使い手。
しかしバルドーの想定通り、自身の期待はことごとく外れ、参加希望に意欲的だったのは日頃から「俺もセレスちゃんって呼びたい」「舞踏会のダンスは断られるんだよなぁ」「いつか告白したい」「セレスちゃん、どんな男が好きなんだろう」「付き合いたいな〜」「団長のどこがいいんだろ?」と語っている騎士ばかりだった。
最後のセリフを言っていた騎士にはバルドー直々に「バカタレ。そういうのは出世してから言え」と釘を刺しておいた。背信や背任に繋がりかねないからだ。
しかし全員の参加意思を聞いたのはよかった。
バルドーの中で、任務を優先する者、「興味はあるが専門武器が異なる」と言って断った武芸者、同じく「戦術としては気になるが特殊例すぎて参考になるかわからない」と言って断った軍略家タイプの者、ゴシップやレオンハルトとセレスティーヌのプライベートに興味がない者、そしてセレスティーヌ目当ての者を把握できたからだ。
――舞踏会のダンス。ああ、と合点がいったのはバルドーがリンゴを半分ほど胃に入れた時だった。
バルドーはレオンハルトと幼馴染であり、レオンハルト同様、貴族の出だ。王室や他の貴族主催の舞踏会、それから王立アカデミーの全学年合同のパーティーで、バルドーはセレスティーヌの顔だけは見知っていた。
しかしバルドーが他の女性と違ってセレスティーヌをダンスに誘おうとは思わなかったのは、伝説の騎士団長がさらにその印象を強めたセレスティーヌの家名ゆえである。
そしてバルドーの記憶にあるセレスティーヌは、誰かとダンスを踊ることは滅多になかった。
絹のように美しい金髪に、晴れ渡った空を映した湖面のような深い青色の瞳。陽に照らされれば透き通ってしまいそうな白い肌、そして整った顔立ち。あんなに見目麗しいのに、壁の花になってしまっているのかと当時のバルドーは思っていたが、セレスティーヌはきっと、その頃からレオンハルトか、あるいは他のペアを見ていたのではないだろうか。
何せ、あの観察眼だ。バルドーだって、セレスティーヌの戦闘勘のよさと、すぐに技を物にしてしまう目のよさくらいは――レオンハルトほどではないだろうが――知っている。
あの日。もうしばらく前のことか。
バルドーが昼休憩前、騎士団本部付近を見回っていたところに騎士の稽古場の物音を壁の外から聞いているセレスティーヌを見つけたあの日、失笑しつつも声をかけてみてよかった。あの伝説の騎士団長の孫娘が「レオンハルト様の流派を探ろうと思いまして」と正直に白状した時はつい本人の前で爆笑してしまったが。
おかげで騎士どもの性質を知ることができた。バルドーはすっかり肘にシワがついてしまった、騎士団長よりも紺地の面積が多い騎士装束に腕を通した。
そうそう、数時間ではあるが、昼間に王立騎士団のトップ二人が不在になれるのもいい。部下の動きや内部犯を調べるいい機会だ。内部犯なんていないというのが今のバルドーの見立てだが、先日の革靴盗難未遂事件の犯人を更生させるのはレオンハルトには無理というバルドー自身の予想は間違っていた。だから念のためだ。
バルドーは汗を拭いてボサボサになった髪に手櫛を通しながら、金庫入口の木材を左右逆にして床に戻した。木目の微妙な差がわかるのは、バルドーかレオンハルトくらいのものだ。それからベルトに差す前に、剣を鞘から取り出し、完食したリンゴの芯をあっという間に粉々にした。そしてそれを口に放り込んで剣を鞘ごとベルトに提げる。
今日はリンゴ。バルドーは左右逆にした床板を一瞥しながら手帳にそうメモし、騎士装束の懐に入れた。
あ、街を通るなら注目されてしまうか。退室前、バルドーは慌てて香油を手に薄く伸ばし、前髪を掻き上げつつセットする。
今日はどうやって団長を茶化そうかな〜。稽古場でやたらセレスちゃんを避けたがる団長、決闘場ではどんな感じなんだろうな〜。
バルドーは自分より二歳下のレオンハルトが微妙に嫌がりそうな言葉を探しつつ、態度がわかりやすい彼がもう仕事を始めているであろう騎士団長執務室へと向かった。




