セレスちゃん、告白されたってよ
「あっ、団長〜!」
もう昼休憩に稽古場に来るのはやめたほうがいいのだろうか。セレスティーヌとの最後の決闘から三日経ち、レオンハルトは己の行動を見直すべきかどうか、稽古場でぶんぶんと腕を振るバルドーの姿を見ながら思った。
そして当然ながら、白と青の礼装姿のセレスティーヌもいる。つい今しがたまでバルドーと手合わせしていたのか、それとも技を教わっていたのか、セレスティーヌはハンカチで額や首を拭いつつレオンハルトへと目を向けた。
「わたくしとしたことが、せっかくレオンハルト様がお越しになったのに気付きませんでしたわ」
プロポーズ相手なのにか。
ここでレオンハルトの肩が落ちそうになったが、セレスティーヌが金髪を整える横で茶色頭が顔をニヤけさせたのを見て、どうにか持ちこたえることができた。
「ごきげんよう、レオンハルト様」
「……こんにちは、セレスティーヌさん。バルドーが何かご迷惑をおかけしていませんか?」
「とんでもございませんわ。バルドー様、剣を躱すのがお得意なんですのね。おかげさまでよい訓練になっておりますわ」
レオンハルトの視線がバルドーの赤茶色の瞳とかち合う。完全にこちらの様子を面白がっている目だ。何も言わないで立ち去ろう、レオンハルトがそう決めた時だった。
「団長、聞いてくださいよ〜」
バルドーが引き止めた。出遅れた。レオンハルトは観念して会話に加わることにした。
「……じつは、うちの騎士がセレスちゃんに告白したらしいんです」
「は!?」
告白。告白。告白というと、あれか、プロポーズの前段階の、いわゆる「私の恋人になってください」という交渉か。レオンハルトはぐるぐると思考を巡らせる。
うちの騎士がセレスティーヌさんに「恋人になってください」と交渉したというのか。
「わたくしは秘密にしておくつもりだったのですけれど……」
セレスティーヌが遠慮がちに言った。「あ〜、無理無理」とバルドーが笑う。
「セレスちゃんの話題は勝手に広まってっから」
勝手に広まる話があるか。おおかた拡散行為にはバルドーも加担しているだろう。レオンハルトが王立騎士団内の情報を把握するため、あえてバルドーにそういう役割も任せているからだ。
ということは自分も拡散の片棒を担いだことになる。レオンハルトは反省する。
「セレスティーヌさん。この度は僕の部下がご迷惑をおかけしました。心よりお詫び申し上げます」
「あら、迷惑ではございませんことよ」
レオンハルトの想像とは裏腹に、セレスティーヌはあっけらかんとしている。
「いい試合でしたもの!」
そして朗らかに笑うのだった。
恋人になってほしいという交渉の場で試合。試合。レオンハルトは、まさか、と質問することにした。
「セレスティーヌさん。その騎士とも対戦を?」
「はい。我が家の家訓が広まっているらしく……」
セレスティーヌがそう答えたので、レオンハルトは念のため自分の副官を見る。
「俺じゃないッスよ、広めたの」
バルドーは否定した。
無意識のうちに部下に伝えてしまったことがあっただろうか。レオンハルトは頭を抱えながらも、その疑念はひとまず横に置くことにした。
「お怪我はありませんでしたか?」
必要であれば医務部へお越しください、とレオンハルトは付け足した。
「わたくしは、怪我はどこにも。どちらかというとお相手のほうが傷だらけかと思いますわ」
「あなたにお怪我がないのならいいのですが……」
ここで嘘はついてほしくない。レオンハルトはもう一度確認したが、セレスティーヌは「掠り傷一つ負っておりませんことよ」と平気そうにしている。
「ま、セレスちゃんがそうそう怪我するこたぁないわな〜」
「そんな問題ではないだろう、バルドー」
「いいえ、レオンハルト様。わたくしは丈夫さが取り柄でしてよ」
あなたまで。レオンハルトは一度眉間を押さえた。
「貴族のご令嬢に万が一があってはいけないでしょう」
「まあ! いくらレオンハルト様でも聞き捨てなりませんことよ」
「えっ?」
セレスティーヌの身を案じたつもりのレオンハルトだったが、当の本人が語気を荒らげて言い返してきた。レオンハルトは拍子抜けする。
「『我が家に生まれた者は総じて戦士である』。我が家の家訓の一つですわ」
レオンハルトはまた目元を押さえた。
「たしかにあなたのお父上も外交官でありながら剣の達人とは聞き及んでおりますが……」
「ええ。父が家にいるときは、毎朝、母と剣を交えておりますわ」
「お母上まで……!?」
一体どういう朝の過ごし方なんだ。レオンハルトは愕然とする。
「レオンハルト様ならご存知ではなくって? わたくしのひいひいおばあさまのことを」
「……もちろんです。あなたのひいひいおばあさまは、まだ王国の領土が狭かった頃、人質として敵国の要塞に捕らえられていた第二王子を救出なさるついでに要塞中に油を撒き、火矢を放って陥落させ、近隣の城も次々と落として領土拡大に貢献なさった偉大な騎士です」
「さすがレオンハルト様ですわね。そう、そんなひいひいおばあさまも鎧を脱げばローデンベルク家のご令嬢でしてよ」
これは心配は無用であることに納得していい理由になるのだろうか。レオンハルトは顎に手を当てて考える。
「こえ〜家系」
バルドーの感想は至って一般的な感覚だ。レオンハルトはそう思った。
「自慢の家族ですわ」
たしかにこのご令嬢ならばそんな家族を自慢したくもなるだろう。レオンハルトはそうも思った。
レオンハルトだって、元より、セレスティーヌのひいひいおばあさまのことを一人の騎士として尊敬している。女傑と一括りにしてしまうのも恐れ多いほど、性別の垣根を超えた功績を数多く残しているのだ。『我が家に生まれた者は総じて戦士である』、なるほど、それはこんな家訓があっても不思議ではない。
「じゃあもし団長がセレスちゃんと結婚したら毎朝対戦しなきゃなの?」
えっ。バルドーの問いかけにレオンハルトが固まった。
「もちろんですわ!」
セレスティーヌが興奮した様子で肩を弾ませる。
「私、レオンハルト様との結婚生活ではそれが一番の楽しみでしてよ!」
そうだったのか。レオンハルトはぽかんと口を開ける。
「わたくしの両親は毎朝、時には夕食後も庭で剣戟を繰り広げていますもの。たまに明け方まで剣の音が鳴り響く日もございますけれど……わたくしもそんな結婚生活に憧れてますの」
夕食後から明け方まで対戦。持久戦の訓練にはなるのだろうか。レオンハルトはぼんやり考える。
「おじいさまとおばあさまも同じだったそうですわ」
伝説の騎士団もか。今度試してみたいが、生憎、そこまで付き合える騎士はいそうにない。悔やまれるなあ。レオンハルトは眉を歪ませた。
「セレスちゃんセレスちゃん。それは夫婦喧嘩ではなく?」
「違いますわよ、バルドー様。対戦が終わったら普段通りに楽しくお喋りしていましてよ」
夫婦喧嘩でもなく、ただ戦いたいから戦っているだけなのか。興味深――いや、さすがは数々の高名な騎士を輩出したローデンベルク家である。レオンハルトは合点がいった。
「セレスちゃんと結婚したら毎朝剣の相手ね。おし、全員に言っとくわ」
「バルドー。言うな。騎士団に広めるな」
「何で? 他の告白してぇやつらも知っといて損はないでしょ」
一理ある、のか。いや、あるのか。ないのか。ないような気もする。バルドーの反論にさらに反論できる余地はないかとレオンハルトは考えるが、その材料になりそうな根拠は思いつかなかった。
だが、セレスティーヌがプロポーズのために決闘するのはともかく、他の騎士がセレスティーヌに告白するために試合するのは何か違うような。レオンハルトは霧がかった違和感を抱いた。




