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駿河の風  作者: 双花 芯
15/17

討伐


うまく行っても、手下たちに切られるかもしれない。

ここで昔の通り名を言おうとも思ったが、

女郎蜘蛛のお紋として死ぬよりは、お艶として死にたかった。


それに仁吉を刺せば、何かしら山岸様へお役に立つかもしれない。

お艶はそう思って、わざと愛想笑いを浮かべた。


「実は、私も親分みたいな男は嫌いじゃないんだ。話の前に、一汗掻くかい?」

思わせぶりな言葉で、仁吉の手を取った。


「へへっ、そう来なくっちゃ。野郎ども、覗くんじゃねえぞ。」

仁吉はそう言うと、お艶に手を取られて立ち上がる。


二人は揃って、須弥壇の後ろへ回った。其処は闇の中だった。

須弥壇で蝋燭の灯りが届かない。

それでもかすかな灯りが、壁に反射して漂っている。


仁吉は床に座ると、お艶の手を取り引き寄せた。

お艶は懐に忍ばせていた短刀を、祭壇を回る時に懐から帯の後ろへと移しておいた。


仁吉が直ぐに、お艶のその懐へ手を入れて体の上にのし上がって来る。

手を着物の裾から挿し込んで、お艶の足を開かせようとして来た。


「おや、いきなりかい。親分も風情が無いねえ。」

お艶はそう言うと、仁吉の帯を解きに掛かった。仁吉は卑猥な笑い顔になる。


「へ、へ、へ」

と言いながら、舌なめずりする。お艶に気を許したようだ。


仁吉の手が、お艶の帯を解きにかかった。

その時に、緩んだ帯から短刀が床に落ちて「カラン」という乾いた音がした。


仁吉も親分と言われる身だ。その音が鞘に入った短刀が落ちたと、暗闇の中でも直ぐに分かった。


ハッとして、その音の方へ眼をやる。

お艶は、急いで短刀を拾うと、逆手で短刀を鞘から抜いて身構えた。


「このアマぁー、俺の玉を取りに来たのか。」

目を向いて叫んだ。


すると、須弥壇の前でニヤニヤしながら酒を飲んでいた子分たちが、

その声を聞いて一斉に立ち上がる気配がした。


お艶は短刀を顔の前に水平に身構えながら、じりじりと後ずさりする。

その後方には、子分の内の何人かが立ちはだかった。


それでも男たちは、相手が女だとまだ高を括っている。仁吉が叫んだ。

「殺すんじゃねえぞ、このアマは俺が頂くんだ。」


男たちは少しずつ、間合いを詰めていく。

一人がお艶の背後から飛び掛かった。


手に得物は持っていない。力ずくで抑え込もうとしていたようだ。

お艶はその気配を察知して、短刀を構えたままくるりと反転して、短刀を右から左へと水平に払った。


解けかけた帯が一緒に回る。

「ギャー!」

お艶を押さえようと前に出していた腕に、鮮血が走った。


一瞬であったが男たちが後ずさりする。

直ぐに、床の上に無造作に放り投げてあった刀を拾うと、

鞘から刀を抜いて一人の男が身構えた。


それに倣って、他の男たちも刀を抜く。

「野郎ども、殺すなよ。」

仁吉はまだ言っている。


仁吉の姿はというと帯が解け着物の前が開けて、下帯が露になっている。

次の男が、刀を振りかざしてお艶に襲いかかった。


艶は、その刀を掻い潜る。

それでもまだ、たかが女と侮っているのだろう、しかも殺すな、

と命令されている。


男たちは、刀を下へ向けてゆっくりと艶を取り囲んでいく。

その中の一人が、艶の構える短刀を振り落とそうと、

その手を狙って刀で切りつけた。


しかし、いかにせん力が伴っていない。

間違って殺してはいけないと、慎重になり過ぎていた。


艶はその隙をついて、その太腿辺りに短刀で切りつけた。

男の腿の、切り口から血がにじみ出る。


切られた男は、思わずその場に蹲ってしまった。

それを見た男たちは、本気になったようだ。


仁吉の制止も聞かず、勢い切りつけて来た。

その時、堂の中と外とを隔てている戸板が、ドーンと蹴破られる音がした。


一斉にそのほうを振り向く。其処には捕り物支度を終えた山岸凛三郎、

川辺辰之進ら同心の姿や、源蔵、仁助、辰三達の岡っ引きや下っ引き、

それに取り方たちが手に提灯をかざし、捕り物武具を手に手に

堂の中へなだれ込んで来た。


「捕り押さえろー!」

川辺辰之進の激が飛ぶ。


お艶といえば、寸でのところで男の刀から身を(かわ)し、床へ肩から落ちたのちに一回転してその場で立ち上がろうとしている。


改めて見上げると、既に男の何人かは絡められている。

閻魔の仁吉は、はだけた着物をバタバタさせて、必死に抵抗していた。


「お艶!大事無いか!」

山岸凛三郎が叫ぶ。


「山岸様、どうして此処が!」

「仔細は後だ。」


山岸凛三郎は、閻魔の仁吉の手下どもに挑みかかり、これを捕縛している。

その閻魔の仁吉は、川辺辰之進と対峙していた。


其処へ取り方たちが(さす)(また)袖絡(そでがらみ)を手に、仁吉を取り囲み前から後ろから、右から左からそれらを押し出す。


仁吉は刀を前後左右に振りながら、それから逃れようとするが、

多勢に無勢動きが取れなくなって来た。


「それ、縄を打て!」

川辺の号令で、源蔵や辰三たちは取り縄を投げつける。


捕り縄は仁吉の首や腕や足に絡みつき、とうとう仁吉は押さえつけられてしまった。

閻魔の仁吉を含めて総勢八人の盗賊は、此処に全員縛(ばく)に付いた。


捕り物の喧騒が過ぎた後、お艶は山岸凛三郎の前にひざま付き頭を下げた。

「山岸様、危ないところを有難うございました。でもどうして此処がお分かりになったのでございますか?」


「怪我は無いか、お艶。全ては蒲生様の御指図が有ったのだ。お艶に閻魔の仁吉の探索を命じた後で、蒲生様は私を呼び寄せて『お艶から目を離すな。』と私にお命じになられたのだ。


今まではそなた一人での探索であったが、『どうしても身に危険が迫る。

一人ではその時に身を守れない、だから陰からお艶を見守り、

お艶を守ると同時に仁吉たちの動静も探れ。』とな。」


「それで、私の回りには、何時も影のように付きまとっていた者が居たのですね。私はそれが、閻魔の仲間だと思っていました。」


「それはその通りなのだよ、お艶。私たちは、その者どもをつけていた。

それにお艶の大浜にあるあばら家の近くに、一軒漁師小屋があるだろう、

其処にも身を潜めていた配下が居ったのだ。


今夜、お艶の家に男が一人訪ねて来た。しかも途中四人になった。

それで直ぐにその後をつけさせ、蒲生様にもご注進してこのような仔細となった訳だ。」


「そうでしたか、そんな事とは露知らず、私は仁吉と刺し違えようと覚悟していました。浅はかでございました。本当に申し訳ありません。」

お艶が涙を浮かべて言う。


「いやいや、今夜の事は全てお艶の手柄だ。身を囮にして仁吉を誘い出すなど、私達には到底できない事だ。


本当にご苦労であった。それにしても、蒲生様の眼力には恐れ入った。

このように事が運ぶと、見越されておいでになったのであろう。」


暗闇の中、一頭の蹄の音が聞こえて来る。

それに何人かの足音も混じっている。


「ご苦労でした。」

馬上から蒲生新之助の声がした。


新之助は馬から降りると、朽ち果てた堂の前へと歩み寄っている。

それを見つけて川辺辰之進、山岸凛三郎、お艶や源蔵、辰三達が出迎えた。


閻魔の仁吉一党は、その後方で後ろ手に縄で縛られ、

地べたへ取り方たちによって押さえつけられている。


境内は、取り方の提灯で明るくなっている。

山岸凛三郎が新之助に報告をしようと、一歩前へ歩み寄った。


「蒲生様、手筈通り閻魔の仁吉一党を取り押さえる事が出来ました。」

「おお、山岸殿、川辺殿、皆に怪我はありませんか。お艶はどうしました?」


「おかげをもちまして、我らに手傷を負った者は居りませぬ。お艶も自らの手で、一人を捕縛してございます。この度の第一の手柄はお艶でございます。

なにとぞ、お褒めの言葉を掛けてやって下さいませ。」


山岸は片膝を着いて、新之助の前で頭を下げると、後方に控えていたお艶を近くに呼び寄せた。


お艶も頭を下げて新之助の傍まで寄って来ると、山岸の少し後方で地面の上に正座をして、両手を着くとその上に頭を擦り付けた。


「お艶、いい働きでした。そなたの働きにより閻魔の一党を捕縛でき、

駿府の町中で起こったかもしれない事件を、未然に防ぐ事が出来ました。


市中の人達も、安心して暮らせることだと思います。後で褒美を取らそうと思っていますから、山岸殿より受け取ってください。」


「このような身分の私に、そのような過分なお言葉を頂き、身に余るほどの(ほまれ)でございます。これ以上何も望むものは有りません。もう充分でございます。有難うございます。」


お艶は言葉に詰まっている。感激をしているのだろう。

傍に居る山岸もそれを聞いて、目を潤ませているようだ。


新之助は後方で控えていた川辺辰之進にもねぎらいの言葉を掛けて、

閻魔一党の八人を連行して行くように命じた。


「源蔵、辰三、今回も良く働いてくれました。礼を申します。取り方の御一同にも怪我はありませんか?一休みしたら拙宅へ集まってください。


庭に簡単ですが酒と肴、むすびなどを用意させました。

一口だけでも飲んで食べて、明日に備えて頂きたい。」


そう言うと、あちらこちらから感謝の言葉が漏れて来る。

こんな事は、今までにはない事だと言っている。


新之助は馬上の人となり、数人の取り方に囲まれて帰路へ着いた。

それを見送り、山岸とお艶、それに源蔵が並んで山道を降りて行く。


続きは明日 「目明し誕生」

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