第8話(新藤美咲)「受付で“弊社”が迷子」
今回は新藤さんです。
初めての取引先訪問。敬語の壁が立ちふさがります。
外出先。ビルの受付で、訪問カードに記入する。
社外の空気は、文字まで固く感じる。
受付の方が丁寧に言った。
『ご社名とご担当者さまをお願いします』。
美咲はうなずき、ペンを握った。
会社名欄:自社名。
担当者欄:先方の名前。
ここで美咲の脳内で、敬語が暴走する。
(自社=弊社、相手=御社。繰り返すと、頭の中で入れ替わる)
受付にカードを出す瞬間、美咲は口で言ってしまった。
「御社の新藤です」
受付の方が一瞬だけ目を丸くする。
“御社”は社内・メールの癖。目の前の相手に自己紹介するなら会社名でいい。
美咲は即、言い直そうとしてさらに混乱した。
「失礼しました、弊社の……違う、当社の……新藤です」
受付は優しく笑って『大丈夫ですよ』と言うが、
その笑顔が余計に恥ずかしい。
入館証の会社名欄を見て、美咲はもう一度だけ赤くなった。
そこには、自分がさっき言えなかった“会社名”が、
何の迷いもなく印字されていた。
美咲は頬が熱くなり、会社名を噛まずに言うことだけに全力を注いだ。
社外では、敬語以前に呼吸が試される。
帰社後、美咲は同期の田中に
「社外って、“御社”と“弊社”が混ざりますね」と漏らす。
田中が真顔で
「わかります。僕もたぶん、近いうちにやります」
(つづく)
最初は、わかっているつもりでも混乱しますね、敬語。
私も、しばらくおかしな使い方していた覚えがあります。
メールとも微妙に違ったり……
経験積むしかないですね。




