第9話(田中厚太)「翌朝の封筒」
今日は新入社員歓迎会。
歓迎される側なんですけど、妙に居心地の悪い場所……
新入社員歓迎会。
田中厚太は、席に着いた時点で汗ばんでいた。
上座下座、乾杯のタイミング、店員さんへの声の掛け方。
すべてが試験に見える。
課長がグラスを持ち上げた。
「じゃあ、新入社員二人の歓迎ということで。乾杯の前に、一言ずつ自己紹介ね」
田中の心臓が跳ねた。
“一言”。この「一言」が一番難しい。短く、失礼なく、印象よく。
田中は立ち上がり、深く頭を下げた。
「配属となりました、田中厚太と申します。至らぬ点ばかりですが——」
ここで止める予定だったのに、口が勝手に続く。
「——皆さまのお力添えをいただき、末永く、御社に貢献できる人材に……」
一瞬、沈黙。
誰かが小さく笑った。
田中は気づいた。
“御社”と言った。
いま自分がいるのは、まさにその“御社”だ。
しかも「末永く」。重い。
隣で新藤美咲が、ビールを飲むふりをして肩を震わせている。
課長が笑いを咳払いで隠しながら言った。
「田中くん、うちは“弊社”ね」
田中は顔が一気に熱くなった。
「……はい。弊社に、貢献……します。ほどほどに」
一番言ってはいけないトーンで、後ろ向きな宣言をしてしまった。
終わった、と田中が目を閉じた瞬間、
誰かが大声で笑った。
「いやー、場の盛り上げ方、わかってるねえ」
ゴロウ先輩が
「今日はビールが割引だから、乾杯しよう、乾杯!」
場が一気に和む。
救われたように乾杯が始まった。
田中はグラスを口に運びながら、赤面をビールで流そうとした。
流れない。
むしろ泡が、羞恥を膨らませる。
(ここはもう、飲むしかない。
飲んで、すべてを忘れるしかない……)
その夜、田中は己のキャパシティを超えるピッチで
グラスを空け続けた。
――翌朝、
始業前のオフィス。
青白い顔をした田中が、高瀬先輩に小さな封筒を両手で差し出し、
綺麗な九十度のお辞儀をしたまま固まっていた。
「……昨晩は、タクシーまで手配していただき、誠に……」
封筒の角が、妙にきっちりしている。
中身も、たぶんきっちりしている。
田中の胃は縮んだ。心はもっと縮んだ。
(つづく)
私も、歓迎会で、アレルギー体質で酒飲まなかったので、結構白けられたのを覚えています。
色んな意味でハードル高いですよね、歓迎会って。




