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新入社員・田中君と新藤さん(短編連作)  作者: 遠藤 世羅須


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11/11

第10話(新藤美咲)「レモンの一言が、重すぎる」

歓迎会も後半です。

皆がお酒がまわってきて、宴もたけなわです。

歓迎会の終盤。


席替えが起きて、美咲は課長と先輩数人に挟まれる形になった。

逃げ場がない。会話の“回し方”が見える距離だ。



課長が笑いながら言う。

「新藤さん、飲み会とか慣れてる? こういう場、苦手?」


美咲は反射で、感じよく答えようとした。

“無難に、でも愛想よく”。それだけでいい。


「いえ、大丈夫です。むしろ、こういう場……好きです」


言った瞬間、美咲は自分の舌を疑った。

初日で。歓迎会で。上司の前で。


“好きです”は、新入社員の行く末を決める。


先輩がにやっとする。

「お、頼もしい。じゃあ新藤さん、どんどん行こう。次、何いく?」

「えっ、あ、いや……」


美咲が戸惑っている間にも、


ゴロウ先輩が「今日はビール割引だよ」とか、


他の先輩たちも「ハイボール?」「梅酒とか好きそう!」

と楽しげに盛り上がり始める。


挿絵(By みてみん)


美咲は焦った。

ここで“好き”を訂正したら、さらに恥ずかしい。

だから、別方向に逃げるしかない。

美咲は視線を泳がせ、机の端にあったものを見つけた。

揚げ物の横に、輪切りのレモン。


(そうだ。飲み会が好きなんじゃない。レモンが好きなんだ)


美咲はレモンをつまみ、勢いで言った。

「私、レモンが好きなんです」




空気が一拍、止まった。


課長がゆっくりレモンを見る。


「……レモン?」


「はい。レモンって、こう……場をさっぱりさせるじゃないですか」


自分でも何を言っているのかさっぱり分からない。




ゴロウ先輩が吹き出した。

「飲み会のコンセプトを果実で説明するの初めてだよ」


美咲の頬が熱くなる。

だが、笑いが起きたのは救いだった。

笑いは、沈黙より優しい。


そこへ、田中が別席から声をかけてきた。

「新藤さん、レモン、好きなんですね。僕、ライム派です」


なぜそこで対抗軸を出すのか。

美咲は視線だけで田中を止めようとしたが、遅い。



課長が楽しそうに言った。

「じゃあ次から、歓迎会は“柑橘系”にするか」


ゴロウ先輩が乗る。

「新藤さんはレモン係ね。田中くんはライム係」




美咲は笑うしかなかった。

笑いながら、耳まで赤くなった。

たった一言の“好きです”を回避したくて、

果実に逃げた結果、役職が増えた。


帰り際、課長がぽつりと言った。

「新藤さん、場をさっぱりさせるのは大事。いいセンス」


美咲は小さく頷いた。


美咲のグラスには、最後までレモンが浮いていた。




(つづく)

新藤さん、防御魔法が滑ったようです。

後悔先に立たずですかね。

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