第10話(新藤美咲)「レモンの一言が、重すぎる」
歓迎会も後半です。
皆がお酒がまわってきて、宴もたけなわです。
歓迎会の終盤。
席替えが起きて、美咲は課長と先輩数人に挟まれる形になった。
逃げ場がない。会話の“回し方”が見える距離だ。
課長が笑いながら言う。
「新藤さん、飲み会とか慣れてる? こういう場、苦手?」
美咲は反射で、感じよく答えようとした。
“無難に、でも愛想よく”。それだけでいい。
「いえ、大丈夫です。むしろ、こういう場……好きです」
言った瞬間、美咲は自分の舌を疑った。
初日で。歓迎会で。上司の前で。
“好きです”は、新入社員の行く末を決める。
先輩がにやっとする。
「お、頼もしい。じゃあ新藤さん、どんどん行こう。次、何いく?」
「えっ、あ、いや……」
美咲が戸惑っている間にも、
ゴロウ先輩が「今日はビール割引だよ」とか、
他の先輩たちも「ハイボール?」「梅酒とか好きそう!」
と楽しげに盛り上がり始める。
美咲は焦った。
ここで“好き”を訂正したら、さらに恥ずかしい。
だから、別方向に逃げるしかない。
美咲は視線を泳がせ、机の端にあったものを見つけた。
揚げ物の横に、輪切りのレモン。
(そうだ。飲み会が好きなんじゃない。レモンが好きなんだ)
美咲はレモンをつまみ、勢いで言った。
「私、レモンが好きなんです」
空気が一拍、止まった。
課長がゆっくりレモンを見る。
「……レモン?」
「はい。レモンって、こう……場をさっぱりさせるじゃないですか」
自分でも何を言っているのかさっぱり分からない。
ゴロウ先輩が吹き出した。
「飲み会のコンセプトを果実で説明するの初めてだよ」
美咲の頬が熱くなる。
だが、笑いが起きたのは救いだった。
笑いは、沈黙より優しい。
そこへ、田中が別席から声をかけてきた。
「新藤さん、レモン、好きなんですね。僕、ライム派です」
なぜそこで対抗軸を出すのか。
美咲は視線だけで田中を止めようとしたが、遅い。
課長が楽しそうに言った。
「じゃあ次から、歓迎会は“柑橘系”にするか」
ゴロウ先輩が乗る。
「新藤さんはレモン係ね。田中くんはライム係」
美咲は笑うしかなかった。
笑いながら、耳まで赤くなった。
たった一言の“好きです”を回避したくて、
果実に逃げた結果、役職が増えた。
帰り際、課長がぽつりと言った。
「新藤さん、場をさっぱりさせるのは大事。いいセンス」
美咲は小さく頷いた。
美咲のグラスには、最後までレモンが浮いていた。
(つづく)
新藤さん、防御魔法が滑ったようです。
後悔先に立たずですかね。




