第7話(田中厚太)「“お疲れさま”の宛先事故」
今回は田中君、一日の業務を終えて、終業時間が近づいてきました。
脳が少し疲労ぎみです。
最後まできを抜かないようにしないと……
退勤間際、田中厚太はスマホで、
大学の後輩に送るつもりでメッセージを打っていた。
後輩の前でだけは背伸びして、先輩としてカッコつけている。
直前まで会社のチャットアプリで
業務連絡を見ていたのが運の尽きだった。
アプリを切り替えたつもりで、
「いつもかわいいよ。お疲れ。無理しないでね」
送信ボタンを押した瞬間、画面上部の宛先が赤く点滅した。
『部署全体』
――その文字が心臓を一回殴ったように響いた。
――背筋が凍る。
沈黙のあと、スタンプが一つ、二つ。
そして先輩の高瀬さんが、淡々と打ってきた。
「誰宛てですか」
田中は立ち上がりかけて、中腰になり、
視線だけで周囲を見回す。
にこやかな顔の”皆さま”と目が会う。
震え気味の、声にならない小声で言った。
「……えっと、あの、誤送信で……」
ぎこちなく椅子に腰かけ、
ボールペンをカチカチと無意味にノックを繰り返す。
課長が追撃。
「“いつもかわいいよ”は消えないね」
頬が熱く、指先が震えてスマホを握り直した。
田中は最終手段を選んだ。
昼間、給湯室で新藤さんが使っていた苦しい言い訳にすがるしかない。
「皆さん宛てです。日頃の働きに対する……モチベーション施策です」
「施策なら、もう少し全員に平等に」
高瀬さんから容赦のない返答。
色々面倒見てくれるゴロウ先輩がフォローしてくれる。
「新入社員の事は割り引いてあげましょう」
(フォローになっているのか?)
隣の新藤さんが真顔で言ってきた。
「私にまで飛び火させないでください」
チャットが笑いで流れ始める。
田中は静かに席に座り、人生の反省をした。
帰りづらい……。
その夜、後輩から返信。
「“いつも”って、先輩あんまり褒めて無いです」
田中はスマホを置く。
画面の冷たさが、今日一日の熱を一気に冷ます。
社会は、思ったより優しくない。
(つづく)
私もよくやるのが、「下書き」のまま送信してしまう事です。相手により、結構な誤爆になります。気を付けなければ。




