第26話(新藤美咲)「静かな朝ほど、油断できない」
通勤時間が落ち着かなくなった二人。
それでも社会人としては、平静でいなければ。
もう本当に心臓に悪い。
朝の駅で、階段を上がる後ろ姿でわかってしまった。
電車の車両は分けた。
でも、向こうも気づいていた気がする。
妙に避けるのも不自然なので、
電車を降りて駅から出たところで、
初めて会った風に挨拶した。
駅から会社までの時間が、妙に長かった。
うどんの話は最低だし、
その後、エレベータの中で無言だった。
これから通勤時間まで緊張するなんて、気が重い。
そうは言っても、同期との距離感がふんわりしている今が、
あまり窮屈ではないかな?と感じ始めていた。
そんなこと思っていて、会社に着いて、
PCメールをチェックしていたら、
先週の退勤直後に、課長からメールが来ていた。
しかも、【至急】のヘッダーがある。
一瞬で仕事の現実がやってきて、
別の緊張が走る。
慌ててメールを開く。
【宛先】新藤美咲さん
【件名】自己申告シート再提出について
【期限】至急
送信時刻は、先週金曜の18時半。
田中君とコンビニに寄り道して、
スイーツの「正解」がどうとか言っていた、
まさにあの時間だ……!
絶望しかけるが、急いで本文に目を通す。
「新藤美咲さん
添付で頂きました、自己申告シートですが、
記入提出されたのは、
私(課長)が評価を入力するシートでしたので、
お手数ですが、シート下の「一般社員用」タブを開き、
そちらに再度記入して提出をお願いします。」
終わった…
エクセルの『課長用評価シート』のタブに、
自分の長所と反省点を大真面目に書き込んで送っていた。
初日に続いて、また「上司」の座を奪ってしまった。
大至急、「一般社員用」シートを埋め、
急いでメールを返信する。
カタカタとキーボードを叩く音が、
自分の心臓の鼓動の動悸と同期する。
その張り詰めたオーラに気づいたのか、
隣の田中君が小さく聞いてきた。
「大丈夫ですか?」
引きつった顔のままなのは自覚していたけれど、
美咲は姿勢を正して、キーボードから手を離した。
「……何の問題もありません。健全です」
問題は、あった。かなりあった。
今日わかったことがある。
社会は、静かな朝ほど油断できない。
本当にまずいときほど、
周囲が残酷なほど平静なのだ。
(つづく)
私が上長だった時に、
部下の女性がこれやりました。
優しく声がけして再提出して頂きました。
暫く笑いの種になっていましたwww




