第25話(田中厚太)「通勤中、同期に動悸する」
田中君からしても、同じ駅からの通勤。
緊張します。
ドキドキです。
月曜の朝。
いつものホームに、いつもの人波。
その中に、新藤さんがいた。
ホームには通勤客が大勢ひしめいている。
その中で、何故かすぐに気づいてしまった。
違う車両の列に並んでいる。
距離は離れているが、新藤さんは気付いているだろうか?
ここは気付かないふりをしてやり過ごすのが”健全”だ。
しかし、電車の中では落ち着かなかった。
スマホでニュースを見ながらも、隣の車両の方に何度も目線が動いた。
周囲の移り行く景色も、今日ばかりは心のざわめきが、
全てをかき消していた。
電車が到着し、大勢の乗客と共に吐き出される。
駅の喧騒に揉まれ、一時的に新藤さんのことが頭から離れた。
その瞬間だった。
「田中くん、おはよう」
何も悪い事はしていないのに、
驚いて、肩がピクッと跳ね上がってしまった。
振り向くと、
そこに笑顔の”同期”が立っていた。
「あ、おはよう、新藤さん。……今日も良い天気だね」
(上司か!)
返事のおかしさか、
新藤さんがクスッと笑った。
朝から心臓が跳ねている。
同期に動悸を乱されるなど、
オヤジギャグじゃないんだから。
田中は努めて冷静に、
「同じ電車だったんですね」
と取り繕う。
「そうみたいですね」
と新藤さん
「今週も頑張りましょう」
「はい。頑張りましょう」
一緒に会社に向かうが、
気まずい……
何か話題を。
社会人らしい、無難な話題を。
脳をフル回転させた結果、
田中の口から出たのは、
「昨日は……うどんでしたか?」
「は?」
一瞬の完全な沈黙があった。
言ってから後悔した。最悪のチョイスだ。
「いや、あの、栄養というか、タンパク質足りたかなって。
……あ、すみません、忘れて下さい」
新藤さんは、少し驚いた目をしたが、
すぐにクスッと笑いながら、
「秘密です。プライベートですから」
と言ったあとで、少しだけ早足になる。
「でも、糖分はしっかり取りました。
疲れとリラックスの為に」
「失礼しました。今後このような事は決して…」
田中が過剰に謝罪モードに入ると、
新藤さんは、小さく笑いながら、
「大丈夫ですよ。そんなに会社言葉使ってたら
週初めから疲れちゃいますよ」
田中は自分の口が災いの元と理解し、
「どうも」
と一言だけ返し、前を向いた。
会社のビルが見えた瞬間、田中はほんの少しだけ安心した。
この数分が終わる。
電車の中より、ホームの上より、
こうして並んで歩く数分のほうが、よほど落ち着かなかった。
月曜の朝にしては、心拍数が高すぎる。
同期という言葉は、やっぱり便利すぎて危険だった。
(つづく)
通勤電車で会社の人間と会う事は普通にありますけど、
同じ駅からだと緊張しますね。
ドアが同じ所になりがちなので、
出会う確率高いですよね。
私も気まずい思いした事あります。




