第1話(田中厚太)「挨拶が“立派すぎる”」
新入社員の田中君と新藤さん、敬語と距離感やPC業務で毎日赤面。新入社員ふたりの会社あるある。始まります。
入社初日。田中厚太は、家を出る前に鏡の前で挨拶を三回練習した。
「本日より配属となりました田中厚太と申します。
何卒よろしくお願いいたします」
角度三十度、声は明るく、語尾は落とさない。完璧だ。
今日は既にやらかしている。
エレベーターを”一つ前のフロアー”で降りてしまったことだ。
作りが似ていたこともあり、受付で「本日入社になりました田中と申します」
と大きな声で言ってしまった。
受付の女性はにっこりと上を指した。
田中の頬が熱くなる、手が震える。
配属先フロアに通され、人事が言った。
「では皆さん、お忙しいところすみません。
今年の新入社員、田中さんと新藤さんです」
隣に同じく新入社員の新藤美咲が緊張した面持ちで並んでいる。
拍手が起きる。視線が集まる。
田中は一歩前に出て、深く頭を下げた。
問題は、その次だった。
先輩たちの顔を見た瞬間、田中は肩に力が入り、
初日で軽く見られたくない。頼りないと思われたくない。
その思いから、勝手に言葉が滑り出した。
「本日より配属となりました田中厚太と申します。
至らぬ点ばかりではございますが、
一日も早く戦力となれるよう、誠心誠意、職務に邁進し、
組織の発展に貢献できるよう努めてまいります。
——何卒ご指導ど…お…ご鞭撻のほど頂きまして
よろしくで…あっ…お願いします」
言ってから、田中は絶望した。
長い。いくらなんでも長すぎる。
しかも、見事に噛んだ。
一瞬、静寂。
次の瞬間、笑いが漏れた。拍手がもう一度起きてしまう。
田中の頬が一気に熱くなる。
課長は軽く咳払いして、肩の力を抜いたように笑った。
「田中くん、熱意は伝わった」
隣にいた新藤美咲が、視線を逸らしながら肩を震わせている。
同じ新入社員に笑われるのが、一番恥ずかしい。
田中は頭を下げ直し、短く言い直した。
「……田中です。よろしくお願いします」
短く言うと、急に人間味が出る。
先輩がにこっとして言った。
「うん、そのくらいでいいよ。まず席つこう」
田中は席に向かいながら、名札をぎこちなく直した。
深呼吸を一つしてから、心の中で反省会を始めた。
立派さは挨拶ではなく仕事で示す。
――それだけは、今日のうちに覚えておこう。
(第二話に続く)
田中君、元気が空回りしてしまいました。新人あるあるはまだ続きます。次回は新藤さん編です。




