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新入社員・田中君と新藤さん(短編連作)  作者: 遠藤 世羅須


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18/19

第17話(田中厚太)「感染する“今度こそ”」

「人の不幸は蜜の味」という言葉があります。

怖い言葉ですね。他人事。

対岸の火事で済んでいれば良いのですが…

電話を切った新藤美咲は、受話器を置いたまま固まっていた。

背筋だけがまっすぐで、顔だけが赤い。


隣の席の田中厚太は、ちらりと様子を見た。

新藤さんが、

「……今度こそ、って言っちゃいました」

言ったあと、自分で耐えきれなくなって、目を伏せた。


田中は、つい、口角が上がっていた。


「新藤さん、“今度こそ”は、電話じゃなくて勝負ですよ」

「やめてください……田中くんも、今笑いましたよね」

「笑ってません。再発防止の観点で心配しました」


田中は咳払いで誤魔化し、ペンを持った手だけを忙しく動かした。


新藤さんが田中を睨もうとした、しかし赤い顔のままだから迫力がない。


田中は一瞬勝った気になった。

同期の失敗は、少しだけ自分を楽にする。

そういう悪い感情が、ほんの少しだけ出た。


その直後、課長からの指示。

「田中くん、次、△△社に折り返し電話お願い。

 担当は□□さんね」

田中の勝利が、秒速で消えた。


「はい」

田中は受話器を取り、呼吸を整えた。

(見てろ。ここで新人の正解を見せる)


プルルル。コール。

出た。


「はい、△△社でございます」

田中は、練習通りに言った。

「お世話になっております。〇〇社の田中と申します。

 先ほどお電話いただいた件で——」


よし、噛まない。丁寧さも適正。

田中は心の中でガッツポーズをした。


田中は続ける。

「恐れ入ります。日程調整の件で、来週水曜の——」


会話は順調に進んだ。

田中は、完全に“勝ち確”だと思った。


最後の締めに入る。

「では、来週水曜の10時で承りました。よろしくお願いいたします」

相手が返す。

「はい、よろしくお願いします」


ここだ。最後だ。


……なのに、口から出たのは別の言葉だった。


「それでは、――今度こそ、失礼し…」


沈黙が一拍、電話線の向こうで生まれた。

田中の全身の血が、顔に集まった。


相手が、少しだけ笑って言った。

「……今度こそ、ですね」

「……はい。今度こそです」


田中は意味不明な返事をしてしまった。

意味不明なまま、切った。


受話器を置いた瞬間、田中は机に手をついた。

呼吸が浅い。心臓が騒がしい。


隣で新藤さんが、ゆっくりと顔を上げた。

さっきまで赤かったのに、今は少し落ち着いた顔をしている。

代わりに、田中が赤い。


新藤さんは、冷ややかな目で淡々と言った。

「勝負、でしたね」


田中は視線を上げられない。

「……今度こそ、って、感染するんですか」

「します。同期ですから」

「同期って便利な言葉ですね」

「はい。健全に便利です。再発防止のために」

新藤さんは、冷めた目のまま言った。


課長が遠くから言った。

「二人とも、電話は“普通に”ね」

普通が一番難しい。


田中は思った。

自分の口が安全な日は、たぶん来ない。


挿絵(By みてみん)


(つづく)

同期や仲間の失敗って”伝染”しますね。

人のミスを笑ってると、脳内に残ってしまうようで、

知らずにトレースしているという。

同様なミスを繰り返すのは「経験学習」不足があり、

「リスク認識が低い」という事らしいです。

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